第73話 闇一族の想い 2019.9
ある静かな夜、廃墟と化したビルの一角に、闇一族の使徒に従う者が集まっていた。そこは人間の目にはほとんど見えない闇に覆われ、まるで現実から切り離されたようなところだ。彼らは光を嫌う。彼らはもぞもぞと動いているだけだ。
クロシャは、認識阻害の魔法をかけて、さらに、肉体をはなれ、アストラル体だけで、地面を水のように進んでいる。いや、水に溶けて流れていく。ここが奴らの本拠地かもしれない。思考を極端に減らして、這っていく。闇の一族は魂の匂いに敏感だ。
やがて、彼らの意思が会話として感じられる距離になった。彼らは思考で会話していて音声はない。静かにクロシャは聞いていた。
アルド「この星もまた、収穫の時期を迎えているようだな。人間たちは争いに明け暮れ、魂の流出が増えている」
リナ「ええ、紛争が起きている地域では、清い魂が多数漂い始めています」
カルナ「最近送り込んだ影獣たちの報告では、北方の都市が特に有望だとか。あの場所での争いがピークを迎える頃、我々が動くのが賢明だろう」
リナ「でも、注意が必要ね。勇者ギルドと呼ばれる人間たちが、影獣の存在に気付き始めている。奴らは我々の邪魔をする」
アルド「勇者ギルドか、やつらは何も分かっていない。取るに足らない連中だ。だが、邪魔ばかりする。病原菌のような存在だ。干渉が過ぎれば、その魂も我々の収穫対象となるだけのこと」
カルナ「確かに。我らの目的は、使命を全うすることだわ。それにしても、ここにいる人間たちの魂は、清いものが増えている。のぞましいことだわ。清い魂の者はだましやすいから。闇の子になりそうな望ましい魂もたまにあるわ」
アルド「、、そうだな」
リナ「闇の子、あの子たちのような可愛いものを私はもっと増やしたい」
アルド「、、そうか。私にはわからない」
リナ「我々は、使命を果たすための種を育てているに過ぎないのだから、感傷を抱く必要はないわ。そもそも彼らが命を得たのも、私たちが蒔いた魂が繁殖した結果だもの」
アルド「、、だが、時折考えることがある。我々がなぜ、このような使命を繰り返しているのか。闇の神はその理由を決して語らない」
リナ「理由は必要ないわ。闇の神が命じるままに動く、それが私たちの存在意義。そのために我々は魂を収集し続けるのよ」
カルナ「その通りだ。使命に疑念を抱く必要などない。さあ、次の作戦を具体化しよう。この星の北方の都市を起点に、効率よく魂を集めるための準備を始める」
リナ「分かりました。影獣を増やしましょう。彼らの忠誠心と知恵があれば、きっと成功するはずよ」
アルド「では、それで決まりだ。我々の行いは、この宇宙全体の未来のためでもある。使命を全うしよう」
彼らの会話には感情的な動揺や迷いは少なく、ただ淡々と使命を遂行するための意志だけが響いていた。そして彼らは再び、静かに闇の中へと姿を消していった。
クロシャは、彼らが去って数時間立ってから、アストラル体の溶けた水をゆっくりと流して外にでていく。アストラル体になり、ようやく手に入れた貴重な情報だった。
彼らの会話は予想していたものと違ってっていた。理解に苦しむことだが、彼らに悪意はほとんど感じられなかった。
しかし、北方の都市で戦争が起こる。それを彼らは魂の狩場として、待っているようだ。リリィに伝えないといけない。
クロシャは、何日かぶりに、肉体に戻った。体力が限界に近い、回復のポーションを飲みながら、ゆっくりと起き上がる。這うように、転移陣に載る。ニューヨークの研究所に転移した。
・・・・・・・
ニューヨークの研究所に着いた。クロシャは疲労困憊の体を引きずりながら、研究室の奥にある作戦室へ向かった。リリィは机の上に地図や資料を広げ、部下たちと議論をしていたが、クロシャの姿を見るや、険しい表情を見せた。
リリィ「クロシャ、戻ったのね。大丈夫?見たところ、かなり消耗してるわ」
クロシャ「何とか帰ってきた。闇一族の本拠地に潜入した結果、重要な情報を手に入れた」
リリィ「本拠地!?無茶をするにも程があるわ。で、何が分かったの?」
リリィは、クロシャに回復魔法をかけ続けた。マモルはクロシャに水を手渡した。クロシャは椅子に座り込みながら、水を飲み、ゆっくり話し出す。
クロシャ
「北方の都市に戦争が起きるという。北方の都市がどこかは、分からない。そして闇一族は、それを利用して魂を集めようとしている」
リリィ「戦争、彼らが直接仕掛けるの?」
クロシャ「いや、直接的な仕掛けではない。彼らはただ、影獣を送り込み、情報をかく乱させて争いを煽っている。戦争そのものは人間同士が引き起こす形だ」
ニューヨーク拠点、作戦司令室。リリィは広げた地図を前に、鋭い目で北方の地域を見つめていた。外の喧騒から切り離されたその空間には、張り詰めた空気が漂っていた。
リリィは地図を指差しながら言う。
「北方の都市というと、ここかしらね。最近、あの地域での緊張が高まっているという報告を受けていたの。まさか裏に、闇一族が絡んでいたなんて」
隣に立つクロシャが静かに口を開いた。
「闇一族は直接的な悪意を持っているわけじゃない。ただ、彼らの目的は魂の収穫。そのために、最も効率的な方法を選ぶ。それが結果的に、人間の命を奪うことにつながる」
リリィは拳を握り、静かに言葉を紡いだ。
「彼らに悪意がなくても、私たちは人々を守る立場にいる。放置するわけにはいかないわ」
クロシャ「彼らの会話の中で、重要な手掛かりがあった。影獣……彼らが使う“手足”のような存在だ」
リリィは表情を引き締める。
「影獣、黒犬とは違うのね。なら、影獣を止められれば、闇一族の計画を妨害できる可能性がある」
クロシャは深く頷いた。
「ただし、影獣は見つけるのが難しい。認識阻害の魔法をまとっている。だが、ヒントはある。彼らの存在は周囲の自然に影響を及ぼす。枯れる植物、動物の異常行動、小さな変化を見逃すな」
リリィは地図を睨みながら考え込んだ。
「それなら、自然環境の変化を検知するセンサーを配置して、影獣の出現エリアを特定できる体制を整えましょう」
クロシャ「それに加えて、人間同士の戦争を防ぐ手も打たなければ。争いがあればあるほど、彼らの“狩場”は広がってしまう」
リリィは小さくため息をつき、決意の目でクロシャを見つめた。
「簡単じゃないわね。でも、時間がない。影獣の監視と同時に、私たち自身も北方都市へ向かう準備を進めるわ」
クロシャ「分かった。影獣の調査チームには俺も加わる」
リリィはクロシャの肩に手を添え、優しく微笑んだ。
「無理はしないで。あなたの情報がなければ、ここまで辿り着けなかったのよ。今は皆で解決策を探す時。ここで、美味しいものでも食べて、ジャグジーにでも浸かってきなさい」
クロシャは照れたように頷いた。
「ジャグジーか。いいな。あれは気持ちいい。しばらくは、体を回復するため滞在するよ」
そこへマモルが現れた。エプロン姿で笑顔を浮かべている。
マモル「クロシャさん、簡単なものですけど、食事を用意しました。残り物ですが、温かいスープもあります」
クロシャ「ありがとう、マモル、ああ、助かった」
クロシャはスープをゆっくりと啜り、柔らかいパンと共に静かに口に運んだ。
その後、浴室に向かい、ジャグジーに身を沈めた。
温かな泡が全身を包み、張り詰めていた神経がほどけていく。
心地よい振動が、深く深く、体の芯まで染み込んでくる。
湯の中でクロシャは、ぼんやりと過去の記憶を辿っていた。
あの夜、闇の一族が交わしていた会話。
戦争の話だけではない。何かが、引っかかっている。
部屋に戻ると、彼は割り当てられていたベッドに横になった。
『アストラル体が水に溶けていたせいで、記憶が曖昧だ。ああ、なんだったか……』
そう呟きながら、クロシャは静かに目を閉じた。
記憶の断片が霧のように揺れ、遠のいていく。
やがて眠りは、彼を深く包み込んでいった。




