第65話 バハマ ハリケーン対策 その4 2019.9
あの実験の成功から一か月。
バハマ・ナッソー港、その一角は、今やハリケーン対策の最前線となっていた。
整然と並ぶ三十隻の高速艇。その白い船体は朝日を受けて眩しく輝き、隣接する整備格納庫ではエンジンの唸りと整備士たちの掛け声が響いていた。
この一か月で、アーロン率いる開発部門はクジラ型ゴーレムの量産を完了し、すでにマジックバッグを利用してバハマ海域へ放たれていた。
クジラ型ゴーレムたちはトンガス海溝、プエルトリコ海溝、ケイマン海溝といった海域に分散し、任務開始を待っていた。
ナッソー港に新設された指令センターでは、壁一面の巨大モニターに、海洋データとクジラゴーレムの現在位置がリアルタイムで映し出されていた。
その隣ではAIゴーレムとオペレーターが、ひたすらデータを解析していた。
リリィはセンター中央の卓に立ち、全体を見渡していた。
そのとき、気象局から声が上がる。
気象観測官「熱帯低気圧が洋上で発生しました! 現在の進路だと、3日後にハリケーンへ発達し、バハマ本土に接近する可能性があります!」
リリィ「ついに来たわね。ハリケーン・ドリアン。」
ジャック「作戦の最終確認に入ろう。」
リリィたちは地図を囲んで立ち、コモンが指先を滑らせて、宙に映し出された海域マップを拡大する。
コモン「熱帯低気圧が形成された海域の海水温は28度。これはハリケーン形成に十分な数値です。」
リリィ「目標は26.5℃以下。泡の力で、強制的に温度を下げるわ。」
ジャック「確認だ。
① 人工衛星の気象データを基に、冷却に最適なポイントを算出。
② 高速艇でその座標付近に接近し、近くを回遊中のクジラゴーレムに指示を送る。
③ ゴーレム100体を座標に誘導、深海2000メートルへ潜らせて泡を放出。
我々は万が一の事態に備えて、現地で指揮を取る。」
ガルド「さあ、やるか!」
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作戦開始
ナッソー港から沖合へ、クジラゴーレムたちが次々に移動を開始。指定された海域の中心に配置されると、次々に深海へと潜っていった。
同時に、指令センターには焦りが走る。
AIゴーレム「周囲の海水温が高く、低気圧の勢力が維持されています」
リリィ「向こうの勢力が強すぎるわ。イルカゴーレムも投入しましょう。コンテナゴーレムによる泡も追加して!」
ジャック「了解。30隻、全艇出航準備完了!」
ナッソー港の桟橋から、三十隻の高速艇が次々に白波を蹴って出港していく。その中央、指揮船にはリリィたちの姿があった。
ジャック「目標ポイント到達。イルカゴーレム、放て!」
船体の側面から、イルカ型ゴーレムが滑るように海へ飛び出した。各艇から6体、総数180体のイルカたちは、指定された座標に向けて荒れる海を泳いでいく。
コモン「コンテナゴーレム、転移準備完了。沈降開始!」
数分後、ゴーレムたちは次々に深海2000メートルへ到達し、泡の放出を始めた。
波の間から、白い泡が次々と海面に浮上する。まるで、海が深く息を吐いているかのようだった。
コモン「指令センターから連絡。海水温の低下を確認。目標ポイントで26.2℃。成功です」
リリィ「よし。イルカゴーレムを撤収。全艇、寄港!」
高速艇三十隻が整然と隊列を組み、ナッソー港へと帰還していく。作戦は成功。誰もが、これでハリケーン・ドリアンの脅威が去ったと信じていた。
だが。
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3時間後 – 異常発生
ガルドが、突然コンソールに顔を寄せた。
「なんだ?熱帯低気圧が、3か所で新たに発生している!」
リリィ「そんな!」
海のデータが次々と更新され、モニターの上に新たな渦が赤く表示されていく。
ドリアンだけではなかった。次の脅威が、海の底から静かに育ち始めていたのだ。
ナッソー港では、作業を終えた漁師たちが空を見上げ、不安げに語り合っていた。
漁師A「今年もまた、あのハリケーンがやってきたのか」
漁師B「リリィたちが集まって対策してるらしいが、ハリケーンを抑えるって、本当に可能なのか?」
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浮島“ドーナツ”作戦
カリブの海に沈む夕陽は、血のように赤く、静かに波を染めていた。
だが、その美しさとは裏腹に、海の底では不穏な力がうねっていた。
熱帯低気圧の動きは異様なまでに鈍かった。発生してからすでに一週間が経過しようとしていたが、進路も速度も変わらず、じわじわとバハマ諸島の周囲を取り囲むように停滞していた。
その間もクジラゴーレムたちは、深海2000メートルに潜行し、泡を出し続けていた。
だが、限界が近づいていた。
リリィ「クジラゴーレムたちの魔石電池を入れ替えるわ。洋上で作業するわよ。メンテナンス船を出して」
ジャック「待て。海が荒れ始めている。これ以上、船員を疲弊させるのは危険すぎる。事故が発生する前に撤収させろ。クジラゴーレムたちは深海にいれば、嵐の影響は受けない」
リリィは数秒、視線を海に落としてからうなずいた。
「分かった。全高速艇、撤収」
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ナッソー港 拠点 会議室
会議室に集まったリリィたちは、静かに席についた。壁のスクリーンには、熱帯低気圧4つの渦が、バハマを取り囲むように映し出されていた。
ジャック「現状の確認をする。バハマ近郊で発生している4つの熱帯低気圧は、海水温の低下によって勢力の拡大をなんとか抑えている。しかし・・・」
ジャックは苦い表情を浮かべた。
「クジラゴーレムたちの魔石電池が、もう限界だ。」
コモン「荒海の中でメンテナンス船による電池交換は危険すぎる。作業員の命が危ない。」
ジャック「ゴーレムを安全な海域に一度集める案も検討したが、時間のロスが大きすぎる。熱帯低気圧の進行に間に合わない。」
会議室には沈黙が流れた。
そのとき、マモルが手を挙げた。
マモル「僕も、ひとつ思いついたんだけど・・・」
リリィ「言ってみて、マモル」
マモル「ドーナツ島を作ろう。カリフォルニア海盆でやったみたいに、ダンジョンコアで海上に浮島を展開するんだ」
ジャック「なるほど。臨時の洋上拠点を作って、そこでゴーレムの整備を行うというわけか」
コモン「だが、浮島は荒波と暴風の影響を受けるぞ。結局、体力は消耗する。」
マモル「たぶん大丈夫。浮島は、熱帯低気圧の“目”に設置するんだ。中心部は風も波も比較的穏やかだって、ニュースで言ってた」
リリィは瞬時に理解し、決断した。
「なるほど、それなら浮島の安全性も確保できる。いざとなれば物理結界も展開できるし、プランB、ドーナツ島作戦でいくわ!」
リリィはすぐに指示を出した。
「ガルド、コモン、ダンジョンコアの準備を。ジャックは指令室のメンバーに作戦の通達をお願い」
全員が力強く頷き、席を立った。
リリィ「いい案だわ、マモル」
マモルは少し照れながら、背筋を伸ばした。
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◆プランB ダンジョンコアの浮島展開
リリィたちはダンジョンコアを三基展開し、浮島型の拠点を次々に洋上へと出現させた。円形に配置されたそれらは、まるで海に浮かぶドーナツのように、それぞれが安定していた。
浮島の中心部には、修理用の施設と魔石電池の補充装置が備えられ、次々に浮上してきたクジラゴーレムたちが順番に整備を受けていった。
また、クジラゴーレムに浮島を曳かせることで、熱帯低気圧の移動に連動して、拠点自体も少しずつ位置をずらしていくことにした。
リリィ「これで持久戦に耐えられる。深海の泡、続けてちょうだい」
やがて。
深海2000メートルまで潜行したクジラゴーレムたちが、再び安定して白い泡を放出し始めた。
海面温度は、確実に下がり始めた。
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そして、さらに3日後
ガルド「見ろ! 海面温度が26.5度を下回ったぞ!」
指令センターのモニターに、表示が走る。
4つの熱帯低気圧が、次々に勢力を失い、自然消滅していく様子が描かれていた。
リリィ「作戦成功よ。ありがとう、みんな」
ナッソー港の指令センターは歓声に包まれ、リリィたち『虹色の風』の面々は静かに肩を叩き合った。
ハリケーン・ドリアンは、ついに未然に防がれた。
海は再び穏やかさを取り戻していた。
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◆祝賀会 バハマ・ナッソー港
数日後、
ナッソー港のハリケーン対策拠点に、やわらかな夕暮れの風が吹き込んでいた。
泡の力による対ハリケーン作戦は、見事に成功を収めた。
その偉業を称えるべく、地元住民とバハマ政府の主催で盛大な祝賀会が開かれることになった。
港の広場には、大きなテーブルが並べられ、色とりどりの料理が山盛りに並ぶ。
炭火で焼かれたジャークチキンの香ばしさが風に乗って広がり、炊き上げられたココナッツライスやカリブ海名物のロブスター、スパイス香るシーフードシチューが人々の食欲を刺激していた。
夜空にはランタンがふわりふわりと灯され、波の音に混じってカリプソの軽快なリズムが響き渡る。
ガルドはすでに皿を手に、豪快に料理を頬張っていた。
「これはすごいな!ロブスターにカリブ風シーフード、そしてこのジューシーなマンゴー!最高だ!」
マーガレットも耳をぴょこんと揺らして、目を輝かせる。
「ニャア〜!グリルされたマヒマヒもあるニャ!これ全部、私の分だニャ!」
ジャックは苦笑しながらグラスを傾けた。
「ほどほどにしろよ。あんまり食べすぎると動けなくなるぞ。」
その頃、バハマ政府の代表者たちが壇上に立ち、マイクを握った。
集まった人々が静かになり、照明がリリィたちのいるテーブルを照らす。
総督「リリィさん、『虹色の風』の皆さん。本当にありがとうございました。あなたたちのおかげで、私たちは多くの命が救われ、家を失わずに済みました。」
リリィは静かに立ち上がり、敬意をもって一礼する。
「今回の作戦は、皆さん一人ひとりの協力があってこそ成功しました。災害は人を試すもの。でも、支え合えば、きっと乗り越えられる。これからも一緒に、備えていきましょう」
大きな拍手が起こり、その中で陽気なカリプソのリズムが再び高まっていった。
すると、港の片隅から、煌びやかな衣装に身を包んだダンサーたちが登場し、色鮮やかな羽飾りを揺らしながらサルサやレゲエのステップを踏み始めた。
マモル「おおっ!これはまるで南米のカーニバルだ!」
興奮気味に周囲を見回すマモルに続いて、地元の人々が次々に手を取り合って踊り出す。
陽気なリズムが広場全体に満ちて、誰もが足を止められなくなっていた。
マーガレット「ニャニャッ!リズムに乗るしかないニャ!」
そう言うやいなや、マーガレットはくるりと華麗に跳ね、ダンサーたちに混ざってリズムに身を委ねた。
ガルドも酒をあおってから、腰に手を当てて一言。
「せっかくだし、俺も踊るか!」
気づけば、漁師たちと肩を組み、笑いながらステップを踏んでいた。
リリィはそんな光景を眺めながら、穏やかな手拍子を送っていた。
やがて、地元の子供たちがリリィの周囲に集まり、無邪気な瞳を輝かせて尋ねた。
子供「クジラゴーレムって本当にいるの?見たかった!」
リリィはしゃがんで、子供と目を合わせながら微笑む。
「ちゃんと、海の中で泳いでるわよ。今度、訓練のときに一緒に見に行きましょう」
子供たちは声をあげて喜び、未来の冒険者や研究者になる夢を、嬉しそうに語り合った。
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宴もたけなわとなった頃、空に大きな音が響き、夜空を彩る花火が打ち上げられた。
赤、青、金の光が弧を描き、ナッソーの海を明るく照らす。
ジャックは空を見上げながら呟いた。
「これで、一件落着だな」
リリィはグラスを手に、そっと頷いた。
「そうね。でも、次の災害に備えなきゃ。」
コモンが笑って尋ねる。
「次はどこのハリケーンを止めに行く?」
リリィはふと空を見上げた。
「もちろん、必要な所、全部、行きましょう。」
乾杯の声が響き、グラスが重なる音とともに、祝賀の夜は深く、温かく、静かに続いていった。




