第64話 バハマ ハリケーン対策 その3 2019.7
◆実験準備開始
ナッソー港には、朝から騒然とした熱気が漂っていた。
港の桟橋には、バハマ政府の大臣や港湾管理者、地元漁師、科学者、さらには各国の報道関係者たちが集まり、海の先を見つめていた。
リリィは静かに息を吐いて、顔を上げた。
「さあ、いよいよ本番ね。実験が成功すれば、ハリケーン対策の第一歩になるわ」
ジャックは片膝をついて装備を確認しながら、静かに言った。
「政府関係者や住民も見守っている。失敗は許されないな」
そこへ、管理者が手を上げて声をかけてきた。
港湾管理者「リリィさん、準備は整いました。港から二十キロ沖の深海で実験を行う予定ですが、どのように進めますか?」
リリィは頷き、指示を出す。
「高速艇で沖に出て、イルカ型ゴーレムを放ちます。その後、イルカたちが泡発生用のコンテナを展開し、深海二千メートルに沈めて泡を放出する計画よ」
ジャックがモニターを見ながら確認した。
「イルカゴーレム、問題なし。6体とも準備万端だ」
すると、スーツ姿の政府関係者が声を上げた。
バハマ大臣「これで本当に海の温度を下げることができるのですか?」
コモンが前に出て、端末を示しながら答えた。
「可能です。3月にはマダガスカル沖で実施済みです。成功例はすでにあります」
リリィが視線を前へ向ける。
「じゃあ、出ましょう。高速艇、出航!」
・・・・・・・・・・・・・
【ナッソー沖 – 実験海域】
エンジン音を轟かせて、高速艇がカリブの海を駆けた。青く輝く海を切り裂くように、白波が巻き上がる。
船上には、リリィ、ジャック、ガルド、コモン、そしてアメリカなど近隣諸国から招いた科学者たちの姿があった。
ジャック「沖まで約三十分。ゴーレムの最終チェックをしておこう」
コモンは指を滑らせながら端末を確認した。
「了解。イルカゴーレム六体、全機異常なし。魔法通信リンクも安定してる」
背後のディスプレイには、港に設置された大型モニターの映像が映る。港では市民たちが、食い入るように画面を見つめていた。
やがて、リリィが手を掲げた。
「よし、目標海域に到達! イルカゴーレム、発進!」
コモンが合図を送ると、高速艇の側面が開き、銀色に輝くイルカ型ゴーレムたちが勢いよく海へと跳ね飛んだ。
ガルド「速いな。まるで本物のイルカ。」
イルカゴーレムたちは素早く所定のポイントに到達し、水中で光を放ちながら転移魔法陣を展開。続けて泡発生用のコンテナゴーレムが転移で現れ、深海へと沈み始めた。
コモンは水圧計を見ながら告げる。
「水深2000メートル到達!」
ジャック「よし、転移魔法で空気を送れ!」
コモン「空気転移、泡の発生、開始!」
ゴウンという低い振動のあと、深海のコンテナから大量の泡が放出された。
三十分後。
ガルド「あっ! あそこだ!」
沖合、300メートルほど離れた海面に、白い泡が一気に湧き上がり、波間に広がっていった。
コモン「泡の近くの海水温を測定する!」
コモンは端末に映る数値を読み上げた。
「海面温度27度。泡の付近は10度。100メートル離れたところでも20度まで下がっています!」
ジャック「すごい…!深海の冷たい水が一気に持ち上がってる!」
リリィはしっかりと頷いた。
「成功ね。これでサイクロンを抑える力があると証明できるわ」
「次は、クジラゴーレムを使うわ。」
ジャックがマジックバッグから機体を取り出した。巨大な黒い影が海へ滑り出た。
水面を割って現れたのは、全長50メートルの巨体。樹脂製の人工皮膜に覆われた巨大なクジラ型ゴーレムだった。
港の大型モニターを見ていた関係者たちから、どよめきが起きた。
ジャック「クジラゴーレム、2000メートルまで潜航。泡の放出を開始してくれ。」
クジラゴーレムが身体を震わせ、大量の海水を吸い込む。そして、静かに潜航していった。
モニターに深度表示が映る。
コモン「現在、表層の水面温度は21度。深海2000メートルでは、4度です。」
さらに三十分後。
ゴォッという音とともに、大量の泡が再び海面に湧き上がった。
コモン「泡の周囲、7度。実験、成功です。」
ナッソー港の桟橋では、政府関係者と漁業関係者、報道陣たちが沸き立っていた。成功を示す数値に誰もが目を見張り、拍手が起き始めていた。
リリィは船上で仲間たちと拳を合わせ、静かに言った。
「これで一歩前進ね」
ガルド「この技術が広がれば、他の国も救えるだろうな」
・・・・・・・・・・・・・
実験結果と住民の反応
ナッソー港に戻ったリリィたちの前には、熱気とざわめきが渦巻いていた。港湾の桟橋には、大勢の地元住民や漁師たち、政府関係者が詰めかけており、皆が一様に興奮した様子でモニターを見上げていた。
泡の湧き上がる映像と、温度変化の記録。それは確かに、海を変える一歩だった。
漁師の一人が、驚いた表情でリリィに駆け寄った。
「本当に海水温が下がったのか? たった三十分で?」
リリィは微笑みを浮かべ、はっきりと頷いた。
「ええ、深海の冷たい水を泡の力で海面まで引き上げたの。これを継続すれば、ハリケーンの発生を抑えることができるはずです」
それを聞いた大臣が、目を見開いて感嘆した。
「素晴らしい! これは画期的な技術だ! それにしてもクジラゴーレム、あれは見事だった。あの大きさであれほど素早く動くとは…」
港湾管理者が一歩前に出て、冷静に問いかける。
「しかし、これを本格的に運用するとなると、コストはどれほどかかるのか? 海上燃料、通信設備、ゴーレムのメンテナンス、かなりの負担になるのでは?」
ジャックが一歩前に出て、落ち着いた声で答えた。
「コストは、私たちの側で負担します。バハマの人々には、安全と安定を得てもらいたい。ただ、運用には政府の協力と港の提供が不可欠です」
その言葉に、政府の大臣たちがうなずき合った。そして、大統領自身が前に出て、はっきりと宣言した。
大統領「政府としても、この技術を導入する方向で進めましょう。次のステップは、本格的な運用試験ですね」
リリィは静かに、力強く答えた。
「はい。次は、ハリケーン・ドリアンが発生すると予測される時期に合わせて、大規模な泡発生作戦を展開します」
その言葉に、集まった住民たちがどよめいた。
誰かが声を上げる。
漁師「もしこれでハリケーンが防げるなら、俺たちの生活は大きく変わるな!」
リリィは、真っすぐその目を見て応じた。
「もちろん、そうなるわ。私たちは、災害を未然に防ぐために来たの」
その場の空気が一変し、拍手と歓声が港に響きわたった。




