第62話 バハマ ハリケーン対策 その1 2019.7
【ニューヨーク拠点】
朝の光が差し込むリビングで、リリィたちは朝食を終え、ひと息ついていた。
だが、静けさは長く続かなかった。
マーガレットが猫耳をピンと立てて、厳しい顔で声を上げた。
「リーダー、また未来の私からメッセージが来たニャ。今度は2カ月先からニャ」
リリィは表情を引き締めた。
「了解。マーガレット。みんな、会議室に集まって」
ほどなくして、ジャック、ガルド、コモン、マモルが集まり、会議室のホログラムが起動された。
マーガレットは映像を指し示しながら語る。
「2019年9月、バハマ、アメリカのフロリダ、カナダ、カリブ海沿岸からアメリカ東海岸にかけて、カテゴリー5のハリケーン・ドリアンが襲うニャ。数百人が死亡、行方不明になるニャ」
「カテゴリー5、最大クラスの暴風だな」ジャックが厳しい顔になる。
「発生を防ぐのが最善ね」リリィは静かに言った。
「前と同じく、海水温を下げればいいんじゃないか?」ジャックが地図を拡大しながら言う。
「コンテナゴーレムでまた冷水運搬か?」ガルドが声をあげた。
「今回は、クジラゴーレムの出番かもしれないわ。アーロンに確認する」リリィは魔法通信に手をかざし、アーロンに連絡を取った。
数秒後、通信がつながった。
「クジラゴーレムの完成度は99%。いま最終テスト中らしいわ」
「なら、現場投入で確認する方が早いな」ジャックは頷いた。
「コンテナゴーレムも念のため併用しましょう」リリィも賛意を示す。
「じゃあ、国連に行って、正式にプロジェクトを立ち上げましょう」リリィが指示を出し、光の転移陣が作動した。
マモルはその光の中でふと自分に気づく。
(なんだか、もうこの流れにも慣れてきたな)
・・・・・
【ニューヨーク 国連本部】
国連ビルの最上階。アンサ事務総長が資料を手に、いつものようにリリィたちを迎えた。
「リリィさん、また厄介な事態かい?」
「はい。今年9月、カテゴリー5の大型ハリケーンがバハマから東海岸を直撃し、数百人が死亡・行方不明になるという予知が届きました」
「それは、深刻だ」アンサは思わず言葉を失った。
「今回は、発生源であるカリブ海の海水温を根本から下げて、発生そのものを抑える計画です」
「前回のサイクロン封じの応用だね?」
「はい。ただ、今回はより大規模で迅速な対応が求められます」
アンサは腕を組み、数秒黙考したあと言った。
「わかった。この計画を国連の公式事業にしよう。資金は・・」
「すべて私たちが負担します。時間との勝負です。残り2カ月しかありません」
「了解した。各国に呼びかけて協力体制を整える。急ごう」
リリィたちは再び光の中へと転移した。
・・・・・
【翌日 アーロンの工場】
巨大な格納倉庫の扉が開くと、そこに現れたのは、50メートルにも及ぶ金属の巨体。
「どうだい。これがクジラロボットの完成形だよ」
アーロンは満足げに言った。
「まるでジャンボジェットのようですね」リリィが目を見張る。
「実際、構造はそれに近い。翼とエンジンをつければ、空も飛べるだろうね」
「中に人を入れる必要はない。すべて遠隔操作で済む構造だな」ジャックがタブレットで制御回路を確認する。
「君たちのマジックバッグの規格を聞いて、ぎりぎり収まるサイズにしたんだ」アーロンが笑った。
「なるほど、標準サイズにぴったりです」リリィが頷いた。
「それより大きなバッグもあるのかい?」アーロンが訊くと、リリィはあっさり言った。
「私のは10倍サイズも入りますよ。もっと大きなものが入るものも、探せばあるでしょうね」
アーロンは、明らかに引きつった顔で沈黙した。
「コホン。その話は今度にして、クジラゴーレムの実地投入の件を進めよう」ジャックが空気を変えるように言った。
「今回は、カテゴリー5クラスが相手です。場所はカリブ海沿岸とアメリカ東海岸」リリィが真剣な目で言う。
「強敵だ。だが、挑む価値はある」アーロンが真剣に頷いた。
「完成度が高ければ、量産もお願いすることになります」リリィが最後に言った。
「了解した。カリフォルニア海盆で実地テストだな。出撃準備を整えよう」
・・・・・
クジラゴーレム作戦始動 2019.7
【カリフォルニア海盆 ロサンゼルス沖】
青く静かな太平洋の海面に、巨大なドーナツ型の浮島がゆったりと浮かんでいた。直径300メートルの構造体は、物理結界が張られており、外からは認識阻害魔法によってその存在すら感じ取れない。
その中央、浮島のデッキにはリリィたち『虹色の風』の面々と、クジラロボットの開発者アーロンの姿があった。
リリィは真剣な面持ちで海を見つめながら言った。
「まずは、海に入れてみましょう」
ジャックが頷き、マジックバッグから手をかざすと、空間が歪み、そこからゆっくりと全長50メートルのクジラロボットが姿を現した。
そのフォルムはまさに本物のクジラそっくりで、樹脂のなめらかな外殻が太陽の光を受けて煌めいていた。
アーロンが手元のリモコンを操作すると、クジラロボットは滑るように海へと進み、静かに浮かんだ。
リモコン信号は音波によって水中で伝えられる構造だったが、やはり距離の制限は大きい。目視範囲を超えたあたりで反応が鈍くなった。
「よし、次だ」ジャックが魔力を込めて手を掲げた。
空中に幾何学的な光の紋様、ゴーレム化の魔法陣が現れ、光の糸がクジラロボットへと降り注ぐ。
数秒後、海中のクジラロボットの動きが明らかに変わった。まるで命を得たかのように、滑らかな尾びれの動作で優雅に泳ぎ始める。
「自律制御、正常だ」ジャックが確認しながら命じた。
「クジラゴーレム、潜航。水深2000メートルまで沈み、泡を発生させてくれ」
クジラゴーレムは静かに海水を体内へと吸い込み、深海へ向かって潜っていった。
コモンは、透明な操作パネルを指先で素早く操作し、モニターに海中の温度データを映し出す。
「現在、海面温度は21℃」
30分後――
「水深2000メートル、温度は4℃を記録。クジラゴーレムが泡を放出開始」
海面に、無数の細かな泡が浮かび上がり、まるで海が湧き立つような光景が広がった。
「泡の周囲の温度、7℃効果ありだ」コモンが声を上げる。
「成功だな」アーロンが大きく息を吐いた。
ジャックが指示の全体像を説明し始める。
「クジラゴーレムによるハリケーン対策の流れはこうだ。
①ハリケーン発生域にクジラゴーレム達を回遊させる。
②人工衛星で海水温を常時監視し、26.5℃を超えたら警報を発する。
③回遊中のクジラゴーレムに該当地域へ移動するよう指示を送る。
④現場に到達後、自動で水深2000メートルに潜航し、冷水を泡として上昇させる。
⑤海水温が下がると同時に作戦を終了し、回遊モードへ戻す」
リリィは静かに頷いた。
「かなりシンプルで、効率も良いわ。わかりやすい構造」
アーロンが補足するように言う。
「泡は、転移魔法によって地上の空気を直接深海に送り、放出してる。電力源は魔石電池。理論上は数カ月は保つ。メンテナンス用の専用船も、もうすぐ完成する」
「8月末までに、何体用意できますか?」リリィが訊いた。
「100体は確保できる。最終チェックは同時進行でやる」
「了解。それでは、量産化をお願いします」
アーロンが深く頷いた。
「任せてくれ。世界の暴風対策が変わる第一歩になるだろう」
浮島に立つリリィは、遠くに沈みゆく太陽の光を受けながら、静かに海を見つめていた。
ハリケーンが消え去った未来。その光景を思い描きながら。
こうして、ロサンゼルス沖でのテストは成功し、ハリケーン対策は本格的な実行段階へと突入した。




