閑話 イワオの憂鬱 その2 国際警察官になろう
新聞の端に、妙に目を引く広告が載っていた。
──『国際警察官に君もなろう』──
イワオは思わず読み返した。どうやら、国連が世界中で警察官を募集しているらしい。
「軍人じゃない…逮捕するのが仕事…人助け…。それに“国際”ってついてるけど、日本希望なら、国内勤務も可能って書いてあるじゃないか。」
声に出してつぶやきながら、彼はそのままソファに深く座り込んだ。
「これだ。これなら、俺は悩まなくていい。PKOで海外派遣される不安もないし、給料も悪くない。それに、あの制服…けっこうカッコいいぞ」
その夜、彼は妻のサクラに切り出した。
「なあ、ちょっと相談なんだけど…俺、国際警察官になってみようかと思うんだ。給料も今より良くなるかもしれないし」
サクラは少し驚いた顔を見せた後、ふっと微笑んだ。
「いいと思うよ。あなた、警察官の制服似合うと思うし。国際警察官なら、殺し合いじゃなくて人助けでしょ?あなたらしいじゃない」
「ああ、まったくその通りだ」
イワオはすぐに申込みを行った。申請先が“総務省”なのは意外だったが、採用されると“国連の職員”になるらしい。つまり、給料は国連から出る。
「へぇ、なんか本格的だな」
【1週間後・東京 採用試験会場】
面接は意外にも簡素だった。筆記も体力測定もない。ただ、面接室に呼ばれ、1~2問、定番の質問に答えるだけ。
「あなたはなぜ国際警察官になりたいのですか?」
イワオは正直に答えた。「人を助けたい。家族を守りたい。そして、誰も撃たなくていいなら、それが一番です」と。
その前に置かれた透明なガラス玉が、ふわりと白く光った。係員が“合格の色”だと噂していた光。
「やった!」
その瞬間、どこかで見覚えのある人物が視界に入った。猫耳のコスプレ少女。あれは、そうだ、マモルが買い物に付き合っていた時にいた少女じゃないか?
彼女が面接官に小声で何かを囁いた。すると、面接官は無表情に告げた。
「残念ながら、不採用とさせていただきます」
「えっ? 白く光ったじゃないですか?」
「合否を決めるのは私です。光の色は参考に過ぎません」
冷たく、揺るぎない口調だった。
イワオは、ぐっと感情をこらえた。騒いでも無駄だ。無言のまま、屈強な男性に肩を叩かれ、別室へと案内された。
だが、納得はいかなかった。
彼はすぐにスマホを取り出して電話をかけた。
「マモル、俺だ。今、国際警察官の試験会場にいる。落とされたんだ。でもな、玉は白く光ったんだよ。なあ、聞いてくれないか?」
マモルは少し沈黙した後、こう言った。
「調べてみる」
10分後。係員が彼を再び呼び出した。
猫耳の少女はいなかった。面接官が静かに言った。
「あなたはマモルさんのご友人ですか?」
「はい。」
「そうですか。ならいいでしょう。こちらの手違いでした。あなたは“採用”とします」
「え、えぇっ?」
驚いたが、ともかく合格は合格だ。礼を言って、合格者が集まる別室へと案内された。
【合格者説明会】
少人数の合格者が集まった部屋で、国際警察官としての概要と、装備品についての説明が始まった。
対応したのは、コモンと名乗る若い男性だった。
「貸与物は次の通りです。全てに魔法陣が組み込まれており、魔石が魔素を供給する限り、自動修復され、耐久性にも優れています。」
彼は淡々と説明を続けた。
1.ガス銃:魔法陣を飛ばし、相手を5分間放心状態にする。集団制圧も可能。本人以外使用不可。
2.手錠:拘束中、相手は真実しか話せず、放心状態が継続する。
3.手帳:相手の言葉が真実か否かを判別可能。
4.眼鏡:夜目が効く。
5.ベルト:解毒と緩やかな回復機能。
6.靴:ジャンプ力増加と着地ショック吸収。
7.マイク&イヤフォン:国際警察本部と常時連絡可能。
8.バッジ:提示すれば“警部相当”の権限が付与される。
にわかには信じがたい話だったが、他の合格者たちはうなずいていた。
イワオは黙って装備品を受け取った。だがその心の中は、まだ混乱していた。
説明が終わった後、再びマモルに電話をかけた。
「マモル、ありがとう。採用されたよ。でも、“手違い”って何だ?」
マモルは少し困ったように答えた。
「説明しても、たぶん分からないと思う。でも、猫耳の彼女は、悪くないんだ。ただ、彼女は本当に“正直”なだけだから」
イワオは、それ以上追及しなかった。
「分かったよ。マモル、本当にありがとう。助かったよ」
その帰り道、イワオは考えていた。
(マモルは、すごい力を持っている。あの厳しい面接官を、たった10分で変えさせるなんて)
そして気づいた。
(俺は、たしかに“勝ち組”になれたかもしれない。でも、マモルはその中でも、もっと別格だ。トップクラスだ)
でも、それでいい。自分は自分の立場で、自分の家族のために働こう。
(家族が一番だ。それを守るのが、俺の仕事だ)
イワオは、静かに夜の空を見上げた。
その胸には、初めて芽生えた使命感が、確かに灯っていた。
・・・・・・・・・・・・・・
ニューヨークの拠点
夜のニューヨークは、春の風がビルの谷間を優しく吹き抜けていた。
その夜、冒険者たちの拠点である白い石造りの屋敷では、広い応接室に静かな空気が流れていた。
部屋の中央、窓の外の月明かりが差し込むテーブルを挟み、マモルとリリィが向かい合っていた。
リリィは紅茶をゆっくりと啜り、マモルは手のひらにカップを包むようにして、話を切り出した。
「リリィさん、イワオを採用していただき、本当にありがとうございました。無理を言って、すみませんでした」
リリィはその言葉に、やんわりと微笑を返した。
「いいのよ、マモルさん。彼の魂、まぶしいくらい、白く光っていたわ。あれほど純粋な光を放つ魂、そう多くは見られないものよ。合格は、本来当然のはずだったのよ」
だが、リリィの表情には、ほんの少しだけ影が落ちていた。
マモルはそれに気づき、ためらいながら口を開く。
「でも、何かあったんですよね? 彼に何か、“見えない要素”があったとか」
リリィは小さく息を吐いた。
そして、テーブルの奥にいる小さな影に目をやった。
部屋の隅。ソファの上で丸くなっていた猫耳の少女、マーガレットが、ゆっくりと顔を上げた。
「マーガレットが言っていたの。未来の彼女が、“イワオさんは、私たちを困らせる”って」
「えっ、困らせる?」マモルは驚きと戸惑いが入り混じった声を上げた。「敵とか、裏切るとか、そういうんじゃないんですか?」
リリィは静かに首を横に振った。
「違うのよ。少なくとも、敵意とか危険性とか、そういうものは感じられない。“困らせる”というのも、曖昧な表現よね。でも…、マーガレットは、そう伝えてきたの」
「未来のマーガレットが・・」
マモルは黙って紅茶を一口含んだ。ぬるくなった液体の苦味が、今の心情に妙に合っていた。
「だから、最初は、リスク回避のために不採用にしたのよ。でも、みんな見てる。白く光った魂を。“合格”だって空気ができていた。それでも彼だけが不採用。それをイワオさんが納得できないのも、当然ね。」
そのとき、部屋の隅から、ぽそりと声がした。
「ごめんニャ・・」
耳がしょんぼりと垂れ、マーガレットは申し訳なさそうに身を縮めていた。
マモルは、ゆっくりと笑って、彼女に向かって言った。
「いやいや、マーガレットさん、謝ることないですよ。僕がお願いしたんですし。未来のメッセージなら、誰にも責任なんてないじゃないですか」
リリィも頷いた。
「そう、マーガレットはいつも正直で、誠実に伝えてくれてる。それが分かっているからこそ、私たちも迷いながら判断してるのよ」
マモルは、手元のカップを見つめながら、ゆっくりと目を伏せた。
“困らせる”とは何か。
もしかしたら、イワオは厄介ごとを持ち込むのかもしれない。
あるいは、彼の正義感や率直さが、結果として組織にとって“煩わしさ”をもたらすのかもしれない。
だが、それでも、
(イワオは、正直な人間だ。誰かのために動こうとしてる。だから、俺は信じたい)
そして、マモルは静かに決めた。
(イワオには、何も言わない。俺が知っていることは、俺の中に留めておこう)
部屋の中は、再び静寂に包まれた。
遠くで時計の針が、ひとつ音を刻んだ。




