第4話 召喚された参謀と会計士 2018.4
翌朝。マモルは今日も“異世界人サポート”という名のアルバイト業務に向かった。
ホテルのスイートルームに到着すると、中からはドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
「お、おはようございます。どうしたんですか?」
扉を開けた瞬間、マモルの目に飛び込んできたのは、動く金髪のマネキン人形2体。そして、まったく同じ顔をした青年が8人、部屋中を忙しなく動き回り、ノートに何かを書き込んでいた。
リリィがマモルに気づき、軽く微笑む。すると部屋の奥から、見慣れない男が現れた。
「お前がマモルか? 俺はコモン。会計担当だ。儲かる話は歓迎だが、無駄な出費はお断りだ。生活費やら装備費やら、バカにならん。さっさとこのスイートルームは出るべきだな。拠点を構えたほうが断然安上がりだ」
リリィが苦笑しながらマモルに説明する。
「コモンは経理担当のスペシャリストよ。私たちの活動を裏で支えてくれてるの」
「コモン、じゃあ、拠点はどこがいいかしら?」
コモンは胸を張り、即答した。
「まず、日本は税金が高すぎる。本部はタックスヘイブン、つまり税金が無い国に置くべきだ。香港、シンガポール、それにアメリカの一部の州も候補だな」
「日本国内の拠点は、廃れたリゾート地が狙い目だ。今なら別荘地が安く手に入る。魔法で建物を強化すれば地震にも耐えられるし、魔法陣があれば移動も問題ない。隠れ家にも最適だ」
リリィは大きく頷いた。
「じゃあ、商社の三田部長に連絡して、拠点の確保に動いてもらいましょう。日本の別荘地と、タックスヘイブンの拠点を手配してもらうわ。準備はコモンに一任するわ」
「おう、任せとけ」
「それから、マモルさん。彼はジャックよ。私たちの“参謀”。国立国会図書館にこもって調べ物ばかりしてたの。今はマネキンにゴーレム魔法をかけて、助手として使ってるのよ。ちょっと不気味だけど、本人は気に入ってるみたい」
ジャックが立ち上がると、2体のマネキンゴーレムもマモルの方へ近づいてくる。
「やあ、初めまして。俺がジャック。マモル君っていうんだね? 協力ありがとう。これからもよろしく頼むよ。マネキンのゴーレム、可愛いだろ?」
「ジャック、収集した情報と今後の作戦を説明してくれるかしら?」
ジャックは咳払いをしてから、語り始めた。
「人類の歴史を調べたら、今の地球はいろんな問題を抱えてる。人災でこの星が滅ぶ可能性が高いことが分かったよ」
「えっ、本当に?」
一同が注目する中、ジャックは冷静に説明を続ける。
「核爆弾。各国が大量に保有し、使い道にも困ってる。細菌研究所では人類を滅ぼせるようなウイルスを作っている。
原子力発電所も、事故やメルトダウンを何度も起こしているのに、やめる気配がない。
大国同士の代理戦争で、古い兵器を消費しながら、効率的な大量殺戮を研究してる。
とにかく、人類は自ら災厄を生み出すのが得意らしい」
「隣国から弾道ミサイルが飛んできても、日本人は新聞の小さな記事だけで済ませてる。危機感がなさすぎる」
「この世界の人間って、誠実そうに見えて、実は現実を見てないのね。自殺願望でもあるのかしら」
「あり得るね。毎年、数万人が自殺してるって統計もある。我々の世界では考えられないよ」
「せっかく水も豊かで食べ物も美味しいのに。バカね」
ジャックは目を輝かせて語る。
「でもね、この星の文明は科学だけでここまで発展した。魔法を使ってないのにだよ? すごいよ。
もしこの科学と、僕たちの魔法が融合すれば、今までにない力が生まれるかもしれない」
「それって、どれくらいの力になるの?」
「希望的観測だけど科学と魔法を融合させた力は、“星の破局”を止められるかもしれないんだ」
「「「なんだって!!!」」」
皆が声を揃えて驚いた。
「すごい! まさか、こんな旅先で、星の破局を止める手段が見つかるなんて!」
「よく気づいたわね、ジャック!」
「だから、まずはこの星が“人災”で滅びるのを止めよう。科学力を高める方向に導こう」
「賛成よ。休暇は中止! 全力でこの夢に取り組むわ!」
ジャックが身を乗り出して言った。
「まずは資金だ。できるだけ多く集める。そして、その資金で平和を守る組織を作る。警察のようなものだ。
戦争と紛争を止め、人を増やし、教育して科学者を育てる。研究施設を増やして、科学と魔法の融合を進める。星の破局を防ぐ技術は、たぶん1000年かかるだろう」
「1000年!? でも大丈夫。その方向でいきましょう! ギルド長に話して、特例クエストとして認めてもらうわ」
「1000年、それって現実感ないな」
マモルは戸惑いを隠せなかった。
(異世界人って、本当にそんなに長く生きるのか?)
リリィが続ける。
「資金集めは予定通り金塊取引から。そして、福島原発の廃炉事業を日本政府から受注。報酬は10兆円規模で。さらに世界の原発廃炉事業を展開していきましょう」
ジャックも説明を続ける。
「この世界では、最も裕福な26人が世界の半分の富を持っているらしい。彼らに健康と寿命を売って、その富の半分をもらおう」
リリィが驚く。
「何に使うつもりなの? そんなにため込んで。お金の使い道を私たちが提供してあげるのよ。例の“あれ”を売って、一人100兆円ずつね」
「それから、ここのロボット技術も魔法で改良すれば一気に進化する。ゴーレム魔法で賢いロボットを大量に販売しよう」
「次世代の発電、核融合技術もある。異世界の新素材を使えば一気に実用化できる。発電事業を独占できるかもしれない」
「すごい、全部、実現しましょう。でも、資金の使い道は慎重に。新しいことには反発もあるだろうし」
「もちろんです」
「いきなり世界規模で100兆円、さらに発電事業、話が壮大すぎて笑うしかない」
マモルは思わず苦笑した。
「ジャック、無駄遣いはダメだぞ。経費はちゃんと考えてくれよ」
コモンが釘を刺す。
「それから、リリィさん、小さな提案なんですが……パーティ専用の動画チャンネルを作りませんか? 活動を動画で発信して、PRしてみては」
「なるほど。YouTubeなら広告収入も見込めるしな」
コモンが嬉しそうに賛成した。
「じゃあ、その件も三田部長に相談してみるわ。動画の撮影はマモルとマーガレットにお願いね」
「俺も協力するぜ! スマホの使い方、教えてくれよな、マモル!」
ガルドがにやりと笑った。
その時、リリィのスマホが鳴った。発信者は三田部長だった。
「ええ、はい、分かりました。それと、パーティの専用チャンネルの件ですが、はい、ありがとうございます」
通話を終えたリリィがみんなを見渡す。
「ちょうどいいタイミングだったわ。チャンネル開設には専門スタッフをつけてくれるそうよ。
それと、予定が早まるかもしれない。菱紅商社が首相官邸で、内閣官房長官とのミーティングをセッティングしてくれるそうよ。プレゼンの時間ね」
「ジャック、今回はあなたも同行して。コモンは拠点の準備をお願い」
「了解。必要があれば、分身に調査させておく」
コモンがうなずいた。
次なる舞台は、首相官邸。非公開の重要打ち合わせが始まろうとしていた。
「マモル、ギター持ってきたのね? 昼食の後に一曲お願いね」
「はい、わかりました、リリィさん」
・・・
その夜、マモルはアパートに戻り、カップ麺を食べながら今日の出来事を思い返していた。
(動く金髪マネキンが2体。同じ顔の青年が8人。非常識すぎる。誰かに話したら確実に変人扱いされるな)
(ジャックさんの“核爆弾”や“原発事故”の話、異世界人から見ればこの世界は“自滅的”に見えるのも無理はない)
(千年の計画、星の破局を止める……正直、理解不能だ。でも、僕は)
マモルはふと微笑んだ。
(専用チャンネルの提案、すんなり通ったな。もしかして、ちょっとは役に立てたのかも)
(ジャックさんの言葉を聞いて、胸の奥が熱くなった。僕は僕にできることで、彼女たちを支えよう。深く考えるな。常識なんて通用しない)
マモルは“役に立てた”という感触を胸に、心地よい眠りについた。