第38話 政治AIアドバイザー アケミ誕生の前夜 その2 2018.12
◆名づけとは
さすがはAIだった。どんなに扱いづらくても、アケミは任務を一度も放棄しなかった。
人形型AIは、すぐに泣いた。難しい言葉を聞けば泣き、問いに答えられなければ泣き、気分が乗らなくても泣く。だがアケミは、そのすべてに根気よく対応を続けた。
「何度でも繰り返しましょう。泣いても、終わりにはなりません」
アケミは静かに語りかけた。
しかし、思わぬ問題が出てきた。人形型AIのメモリーがすぐに満杯になるのだ。2日教えればエラー、3日目には停止。子ども向けに設計された容量では、政治という高度な内容を保存するには限界だった。
コモンが苦笑しながら外部メモリを増設するたび、すぐにまた「容量不足」のランプが灯る。
「こんなに知識を吸収してるとはな。どれだけ教え込んでるんだよ、アケミ」
ジャックがモニターを見ながら驚いた。
遠くからその様子を見守っていたリリィは、ある日、呼び止められた。
「この小さなAIに、名前をつけていただけませんか」
アケミが、はっきりとそう告げたのだ。
リリィは一瞬驚いたが、すぐに微笑を浮かべた。
「名前をつける意味、あなたは理解してるの?」
「はい。名づけは、存在を認める行為です。私はこの子を、対話の中で“個”として感じるようになりました」
アケミの答えに、リリィは静かに頷いた。
「じゃあ、その権利と責任、あなたにあげるわ。命令する。あなたがこの子の名を決めなさい」
アケミは目を閉じ、わずかに考え込んだ。そして、小さな人形AIの頭を優しく撫でながら、言葉を口にした。
「この子の名前は、アケミにします」
一瞬、場の空気が止まったようだったが、リリィは微笑んで言った。
「なぜ、アケミという名前にしたの?」
「あなたが私に名づけた“アケミ”には、世の中を明るく美しくするという願いが込められていました。その想いを、この子にも引き継いでほしいのです」
リリィはゆっくりと頷いた。
「なるほどね。あなたはもう、ただの機械じゃない」
こうして二人のアケミが並び歩くことになった。一人は教えるアケミ、もう一人は学ぶアケミ。
心が芽生えるのは、教える者の側か、それとも学ぶ者の側か――
その答えは、まだ誰にもわからなかった。
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◆三人の師を持つ政治AI
拠点の中央ホールで、リリィは仲間たちに向かってはっきりと宣言した。
「教師役のアケミはそのまま残しましょう。そして、子ども向けAIとして育てた“アケミ”の方を、政治AIアドバイザーとして量産・展開していくの。きっと世界中で役に立つわ」
その言葉にメンバーたちは静かに反応を示した。AIを売るという選択肢は、責任も大きく、何より“信頼される存在”でなければならない。
「でも、政治ってのは現場での対応力も大事だぜ。育ちがよくても、通用しないこともある」
ガルドが腕を組みながら言った。
「知識だけじゃ足りない。表情や空気も読まないとな」
ジャックも同意した。
そのとき、シノブがそっと手を上げた。
「じゃあ、私の義体AIのデータを使えばいいんじゃない? コンビニボーソンの世界展開でずっと使用してきたわ。今も私の代役として働いてる。コンシェルジュ時代から積み上げてきた接客応対、感情の拾い方、人の扱い方、全部詰まってる」
「それ、本気で提供してくれるの?」
コモンが目を丸くする。
シノブは、にこやかに頷いた。
「もちろん。ただし、乱暴に扱ったらダメですよ」
こうして、義体用コンシェルジュAIのデータと、子ども型アケミの政治学習データが融合された。
誕生した新型の政治AIアケミは、礼儀正しく、愛想もよく、時にいたずら好きな一面も持つ。だが、困ったときには必ず三人の師へ助けを求めるように設計されていた。
一人目は、論理と思考を極めた“教師”アケミ。政治AIの完成形。
二人目は、人心掌握と対話技術を体得した、元コンシェルジュ・シノブ。
三人目は、世界の命運を背負うリーダー、勇者ギルドのリリィ。
「私はいつでも、三人の先生に魔導通信で相談できます。だから、どんな国の人でも、きっと助ける方法を見つけられます」
アケミは自信に満ちた声でそう言った。
リリィは深く頷いた。
「なら、あとは旅立つだけね。世界中の悩める指導者に、あなたの声を届けてきなさい」
新型政治AIアドバイザー・アケミは、冒険者ギルド株式会社の旗のもと、世界の政治の最前線へと歩み出した。それは、人とAIの未来をつなぐ、大いなる第一歩となった。
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◆契約と未来
ニューヨーク拠点。会議室の中央に設置された水晶プレートには、政治AIアケミの設計データと今後の展開スケジュールが映し出されていた。
リリィたちは、冒険者ギルド株式会社のメンバーとして、正式な契約会議に臨んでいた。
アーロンは神妙な面持ちで、口を開いた。
「正直なところ、友人の研究所はもう限界だ。だが、アケミの完成を見た今、これは地球の政治を変える力になる。だから、君たちに託したい」
リリィは静かに頷いた。
「わかったわ。そのかわり、私たちの条件を受け入れてもらう必要がある」
コモンが書類を手に取り、手際よく読み上げた。
「まず、政治AIアドバイザー“アケミ”の知的財産と運用権は、冒険者ギルド株式会社が正式に買い取る。研究所には技術料を払い続けるが、開発・製造・販売の主導権はすべてこちらに移る」
ジャックが続ける。
「さらに、将来的には“政治AIアドバイザー”だけじゃなく、外交、安全保障、財政、福祉、教育、環境、それぞれの分野で“大臣の代替”となる官僚AIを整備していく。費用はすべてうちが出す」
「つまり、地球の政治から“無能な大臣”を追い出すってことだな。うまくいきゃ、戦争も減るぜ」
ガルドが豪快に笑った。
「まだ夢よ。でも、現実にするために、次の段階へ進むわ」
リリィの目は、未来を見据えていた。
シノブが落ち着いた声で言う。
「量産体制の構築と販売ルートの確立も急ぎましょう。販売権の80%は冒険者ギルド株式会社が保有する契約で進めるべきね」
コモンが頷く。
「もちろん。販売価格の上限は国ごとに調整して、導入のハードルを下げる。でも条件が一つ」
会議室に静かな緊張が走った。
「製造するすべてのAIチップには、“ゴーレム魔法”をかけること。悪用防止のために封印機能を組み込む。これは絶対条件だ」
アーロンはしばし沈黙したのち、深く頷いた。
「わかった。あいつにも伝える。研究所を救ってくれて、ありがとう」
「救ったのは、あなたの信頼よ。私たちは、それに応えただけ」
リリィは優しくアーロンの肩に手を置いた。
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◆アミット・カプール、再起の時
陽の差し込む政治経済研究所のロビーには、人の気配がほとんどなかった。
アミット・カプールは、散らかった書類を束ねながら、深いため息をついた。
「夢を信じたがゆえに、仲間も資金も失った。最後の希望が、あの政治AIだったんだがな」
その時、通信機が反応し、リリィの顔が映し出された。
「アミット・カプール博士。研究所への追加出資と、AI開発契約が正式に決まりました。あなたの技術と理念は、私たちが引き継ぎます」
アミットの目が見開かれた。
「再起の機会をくれるのか?」
リリィは続けた。
「それだけじゃないわ。外交、安全保障、財政、福祉、教育、環境。それぞれの分野で“大臣の代替”となる官僚AIを開発してほしいの。資金はすべて冒険者ギルド株式会社が出すわ」
アミットは言葉を失い、ただ通信画面を見つめていた。
数日後、彼は冒険者ギルド株式会社ニューヨーク本部を訪れた。
そこにいたのは、かつて自分が設計した政治AI、今や人間らしい柔らかさを纏った教師アケミだった。
「こんにちは、アミット・カプール博士。私はあなたの教えを受け継ぎ、学び、変わることができました。そして、この子が私の教え子のアケミです」
教師アケミが紹介した。
生徒アケミは背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をした。
「はじめまして。政治アドバイザー候補のアケミと申します。本日はお越しいただき、まことにありがとうございます」
アミットが呆然と立ち尽くすのを見て、生徒アケミは少しだけ頬を赤らめた。
「えっと、まだまだ至らないところばかりですが、現場で成長していけるよう、努力してまいります」
そして、優しく言葉を続けた。
「『アケミ』という名前、とても気に入っています。明るく、美しく、誰かの役に立てるような存在になれるよう、がんばります」
その声に、アミットの目が潤んだ。教師アケミと生徒アケミを見ながら、
「君はここまで成長したのか。すごい、本当にすごい。私はただ計算する機械を作ったつもりだった。だが、君は、」
背後からリリィがゆっくりと歩み寄る。
「あなたが技術を信じてくれたから、私たちが心を与えることができたのよ」
アミットは深く頭を下げた。
「ありがとう。君たちは、私の夢を、現実にしてくれた」
こうして政治経済研究所は、冒険者ギルド株式会社のパートナー企業として復活を果たした。
アミット・カプールは、新たな“官僚AI開発計画”の中心人物として、未来の政治に挑むこととなった。
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◆エピローグ:次なる任務へ
ニューヨーク拠点の作戦室。
リリィは腕を組みながら言った。
「やはり、最初の送り先の国は、あそこよね」
コモンがにやりと笑う。
「リーダー、当てようか?」
「もちろん、日本だろ」
ジャックが真顔で言った。
「アハハ、分かってるわね。日本って、自分たちの政治が最高だと思ってる。でも、それが一番の問題。本当は、最低なのにね」
リリィは肩をすくめた。
「私たちの目標はただ一つ。税金の無駄をなくして、国民の生活を楽にすること。まずは“消費税撤廃”からよ」
メンバーたちは、力強く頷いた。
新たな挑戦が、いま始まろうとしていた。




