第36話 インドネシアのスンダ海峡津波の防止 その3 2018.12
インドネシア・ジャカルタ、大統領官邸の駐車場。
12月22日。リリィたちは転移魔法で現地へと到着した。
「対策をしてから、約2カ月。ついに今日ね」
リリィが空を見上げてつぶやく。
「アナク・クラカタウ火山に設置したダンジョンコアは、全部で30個。すべて順調に成長して火山に侵食し、山体を強化している」
コモンが見えないタッチパネルを操作しながら報告した。
「ダンジョン内に溜まった溶岩や水蒸気は転移魔法で海中の噴出孔に放出してるから、内部の圧力は安定している。今のところ、山体崩壊や爆発的噴火の兆候はない」
「つまり、内部圧力のコントロールは成功してるのね。今回の火山も、穏やかな噴火で収まってくれればいいけど」
リリィが頷く。
「火山ってのは、本来、外にマグマやガスを出して圧を逃がしてる。それが崩壊で一気に解放されると危ないが、今回はコントロールできてる」
コモンの顔には自信が浮かんでいた。
「このまま安定した状態が続けばいいけど」
リリィは視線を大統領官邸の建物に向ける。
「とにかく、大統領に今後の対応を伝えに行きましょう」
「リリィさん、ようこそお出でくださいました」
スジャナ内閣官房が玄関先で迎えたそのときだった。
ゴゴゴゴゴゴ
地面がかすかに震え、建物全体が低く唸る。
リリィたちは一斉に海の方へ目を向けた。
「こっ、これは、火山の噴火か?」
スジャナ内閣官房が言葉を詰まらせる。
「海の方へ移動しましょう!」
一行は海が見える高台へと移動した。
その先、水平線の向こうで、アナク・クラカタウ火山が灰色の煙を立ち上らせていた。
火口からは真っ赤な溶岩がゆっくりと噴き出し、空を焦がすように立ちのぼる。
ドォォォォン!
火口から火砕物が弾け、火山弾が海面に突き刺さる。
「始まったわね。コモン、ダンジョンの状態はどう?」
リリィの声にコモンが即座に答える。
「ダンジョンは安定してる。構造も保たれてるし、転移魔法も正常稼働中。破裂や損壊の心配は今のところない」
「ただし、溶岩が海に落ちれば、水蒸気爆発の危険はある」
ジャックが口を挟んだ。
「念のため、結界の準備をしておきましょう。ガルド、お願い」
「了解」
ガルドはマジックバッグから小型の金属球を次々と取り出す。
「起動、ドローンゴーレム20機、展開」
短く呟くと、球体が光を放ちながら宙に浮き、勢いよく飛翔した。
金属球たちは上空に散開し、火山の火口を囲むように配置されていく。
空中に展開されたフィールドが、光のドームを形成した。
「火口からスマトラ島とジャワ島方面に、物理結界を張った。溶岩石が飛んでも、結界に当たって海に落ちるようにした」
ガルドが確認するように言った。
「素晴らしい。あのドローンは、誰も操作しなくて大丈夫なのですか?」
スジャナ内閣官房が目を見開く。
「ええ、あれらはドローンゴーレム。AIロボットのように自律制御されています」
リリィが頷く。
「しかも、人間には攻撃できない仕様になってます。完全に防御専用ですよ」
ジャックが続けた。
「なんと、驚きました」
スジャナ内閣官房は呟き、しばし光に包まれた火山の方角を見つめ続けていた。
火山はゆっくりと噴火を続けていたが、噴煙は収束に向かい、大きな爆発は起こらなかった。
その様子に、皆が静かに胸をなで下ろした。
「このまま、何事も起こらず終わってくれれば・・」
リリィがそっと空を仰いだ。
火山の噴火が始まり、政府関係者とともに沿岸の住民たちも固唾を飲んで海を見つめていた。
遠く、アナク・クラカタウ火山の煙が灰色に立ち上り、時折、轟音とともに火山弾が吹き上がっている。
「また大津波が来るんじゃないか?」
漁師が仲間に向かって、声を潜めた。
「政府は対策があるって言ってたけど、本当に大丈夫なのか?」
農民も不安げにうつむく。
だが、やがて空気が変わった。
彼らの視線の先で、防波堤が、まるで意思を持つかのように次々と出現し始めたのだ。
高く、厚く、複雑な迷路のような構造を持った壁が波打ち際に沿って一斉に姿を現し、津波の進路を塞いでいく。
「うおっ、すげぇ、壁が勝手に出てきたぞ!」
若い漁師が思わず叫ぶ。
「リリィたちの言った通りだ! 本当にすごい技術だな!」
年配の商人が手を合わせるように胸元で祈る。
そのとき、小さな子どもたちがリリィのもとへ駆け寄ってきた。
「あんなにゴツい壁が、自動で出てきたよ! あれが僕たちを守ってくれるの?」
目を輝かせた子どもが問いかけた。
「そうよ。あの壁が、津波からみんなを守ってくれるの」
リリィは優しく頷き、子どもの頭をそっと撫でた。
◆祝賀会・文化の宴
噴火は次第に落ち着き、火山活動の危険が去ったことを確認した後、ジャヤ大統領はリリィたちを宮殿での夕食会へ招待した。
「今回も、本当にお世話になりました。火山の勢いも沈静化しました。どうぞ、我々の料理をゆっくり味わってください」
スジャナ内閣官房が笑顔で言う。
会場となった大広間には、ナシゴレン、サテ、ルンダン、ガドガド、デザートのエス・チェンドルまで、インドネシアの伝統料理がずらりと並んでいた。
「ニャッ! このナシゴレン、美味しいニャ!」
マーガレットが頬を膨らませて口いっぱいに頬張る。
「やれやれ、相変わらず食いしん坊だな」
ジャックが苦笑しながら見守る。
食卓には笑いがあふれ、リリィは立ち上がると、手をそっと掲げた。
「ジャヤ大統領、スジャナ内閣官房、ご期待に応えて、皆さん全員に回復魔法をかけましょう。SPの皆さんも、じっとしていてね」
手元から放たれた柔らかな光が、宴席の全員に広がっていった。
温かな魔力がじんわりと全身を包み込み、肩の疲れ、腰の痛み、目の重さがふっと軽くなる。
「おおお、疲れが取れる!」
ジャヤ大統領が感嘆の声を漏らす。
「気持ちがいいな。これは、本当に効く・・」
スジャナ内閣官房が、思わず椅子にもたれて笑顔を浮かべた。
スタッフたちからも驚きと喜びの声が上がり、会場の雰囲気はさらに和らいでいく。
その夜、リリィたち『虹色の風』の一行は、宮殿内の豪華な部屋に宿泊し、静かな夜を過ごした。
・・・・・・・・・
その夜遅く、マモルは自室のソファに腰を下ろし、ノートパソコンを開いた。
彼の手は、慣れた動作でSNS専用チャンネルの編集画面を操作していた。
「よし、今夜の分もアップ完了っと」
画面に映し出されたのは、火山噴火の記録映像と、自動で展開される防波堤に歓喜する人々の笑顔。
歓声、拍手、驚きの声、そしてリリィたちの穏やかな姿、全てが詰まった一本の動画。
他の動画も爆発的に視聴回数が増えていた。視聴者数も順調に伸びて、140万人を超えていた。
「すごいな。リリィさんたちの活動って、やっぱり人の心を動かす力がある」
マモルはゆっくり画面を閉じ、深く息を吐いた。




