第35話 インドネシアのスンダ海峡津波の防止 その2 2018.10
ニューヨーク拠点の作戦室。スンダ海峡での火山噴火と島の消失予知がもたらした衝撃は、パーティ全員を困惑させていた。
マーガレットの言葉により、津波の発生と火砕流の危険性が一週間以内に迫っていると知った今、時間との戦いが始まっていた。
「リリィさん、勇者ギルド星の拠点にいるホー博士に聞いてみませんか? 物理的な計算で原因がわかるかもしれないです」
マモルが不安げな声で提案する。
「なるほど、ホー博士なら、計算で原因を調べてくれそうね」
リリィが頷くと、すぐに転移陣の準備に入った。
一行は勇者ギルド星の科学技術拠点へと転移。
円形の研究棟に入ると、ホー博士が計測用の水晶板の前で振り返った。
「・・・という状況なのよ。ホー博士、数学的か物理的な計算で原因が何か分からないかしら」
リリィが詳細を伝え終えると、ホー博士は顎に手を当てて深くうなずいた。
「分かりました。少し概算で計算してみましょう。お待ちください」
博士はすぐに端末へ向かい、数式と魔力分布のデータを走らせる。
約1時間後。ホー博士は厳しい表情で口を開いた。
「原因は、ダンジョンコアによって火山の周りを硬く固めたことです。それが圧力の逃げ場を塞いでしまった。結果として火山のマグマ圧が急上昇し、山そのものを吹き飛ばしたと考えられます」
「山体を強化したことが原因・・・?」
リリィの声に、博士は静かにうなずいた。
「はい。マグマの圧力が通常より速く蓄積された結果、予定より早く噴火が起きたのです。しかも大爆発になってしまった」
「どうすれば防げるでしょうか」
リリィが前のめりに尋ねる。
「簡単です。マグマの圧力を逃がす穴をダンジョン内に設ければいい」
ホー博士は躊躇なく答えた。
「でも、硬く固めなければ、山体崩壊を防げないわ」
リリィが反論する。
「ですから、ダンジョン内部に“通気孔”のようなものを作るのです。自然な火山の噴出口のように、マグマや水蒸気が圧力を抜ける仕組みが必要です。圧力を逃がしながらも山体を支える構造です」
「なるほど、溶岩や水蒸気もダンジョンに流れ込んでいるのだから、それによってダンジョン内部の圧力が高まっていたのね」
リリィの表情に理解が広がる。
「ダンジョンに穴を開けるのは理解したけれど、その穴はどこに繋げる? そのまま大気中と海に放出するのか? 自然破壊にならない?」
ギルスが慎重に尋ねる。
「海の中でいいんじゃないですか。もともと海底火山は溶岩を噴出してますし、熱水孔なんてそこら中にあります。自然現象の範疇ですよ」
ホー博士がにこりと微笑んで言った。
「なるほど、そうか。ガルド、転移魔法でダンジョン内の溶岩を海に放出できるか? 海底火山の噴出口みたいな所に接続したい」
コモンが振り返る。
「放出場所さえ分かれば可能だ」
ガルドが即答する。
「早速やりましょう。ホー博士、ありがとうございました。助かりました」
リリィが深く頭を下げた。
「いえいえ、私もチームの一員ですから」
ホー博士が肩をすくめて笑う。
「じゃあ、みんな、インドネシアに帰るわよ。急いで対策しましょう。コモン、ついでにダンジョンコアを買い増ししといてね」
リリィの指示に、皆が頷く。
パーティは転移陣に乗り込み、スンダ海峡のあるインドネシア・大統領邸の駐車場へと再び降り立った。
火山の大爆発を防ぐ鍵は、ダンジョンの圧力調整だった。
リリィたちは火山島アナク・クラカタウの山体を固めるだけでなく、内部に通気孔を設けることで、マグマや水蒸気の圧力をダンジョン内に逃がす構造を完成させた。
転移魔法陣を使い、溶岩は海底の噴出口に繋がる場所へと排出されるように設定されていた。
これにより、ダンジョン内部の圧力は一定に保たれ、火山の暴走を防ぐ仕組みが整った。
「これで、火山の大爆発は起こらないはずニャ」
マーガレットが笑顔で報告した。
数週間にわたる過酷な作業の末、スマトラ島とジャワ島沿岸部の防波堤、そしてアナク・クラカタウ火山の山体強化プロジェクトはついに完了を迎えた。
作業終了後、コモンの分身体がダンジョン内に常駐し、火山の圧力を監視しながら溶岩の流れをコントロールする役目を担うことになった。
「これで、次に災害が起きても、被害は最小限に抑えられるはずですね」
スジャナ内閣官房が深く頷いた。
「とはいえ、油断は禁物です。火山は生きている。予想を超えることが起きるかもしれません」
ジャックの言葉には慎重さがにじんでいた。
◆文化の交流と感謝の晩餐会
プロジェクトの成功を祝し、インドネシア政府はリリィたちを公式の夕食会へと招待した。
場所はジャカルタ宮殿内。大理石の床と繊細な彫刻が彩る広間に、インドネシアの伝統料理がずらりと並ぶ。
ナシゴレン、サテ、ルンダン、ガドガド、・・・・香辛料の豊かな香りが漂っていた。
「これで安心して漁に出られる。家族が避難しなくても済むようになったよ。ありがとう」
年配の漁師がしみじみと語る。
「リリィさん、ありがとう! お母さんが『これで安心だ』って言ってた!」
小さな子どもが笑顔で駆け寄る。
「あなたたちの尽力に感謝します」
ジャヤ大統領が穏やかに言った。
「ぜひ、我々の文化を楽しんでください」
スジャナ内閣官房も柔らかな口調で続けた。
「ありがとうございます。インドネシアの料理はとても楽しみにしています!」
リリィが笑顔で応じると、テーブルに着いたメンバーたちも目を輝かせた。
「ニャッ! このナシゴレン、美味しいニャ!」
マーガレットが嬉しそうにフォークを動かす。
「やれやれ、相変わらず食いしん坊だな」
ジャックが苦笑しながら彼女の皿を覗き込んだ。
食事の途中、ジャヤ大統領とスジャナ内閣官房が揃ってリリィへ視線を送る。
リリィは一歩前に出て、笑顔を浮かべながら声を上げた。
「ジャヤ大統領、スジャナ内閣官房、ご期待にお応えして、今夜はお礼に、ここにいる皆さん全員に回復魔法をかけましょう。SPの皆さんも、じっとしていてくださいね」
リリィの手元から柔らかな光が広がり、宴席にいる全員を優しく包み込んでいく。
「おおお……体が軽くなる」
大統領が思わず声を漏らす。
「気持ちがいいな」
内閣官房が目を細めて頷いた。
周囲のスタッフたちも、次々に身体の変化を感じ取り、場の空気が一気に和やかになった。
誰もが笑顔で、健康という祝福を受け取っていた。
その夜、リリィたち『虹色の風』のメンバーは、宮殿内の豪華な客室に宿泊し、静かな眠りについた。
・・・・・・・・・
翌朝。日の光が宮殿の中庭を照らす頃、リリィはメンバーとともに出発の準備を終え、玄関ホールに立っていた。
「それでは、大統領、内閣官房、私たちはこれで失礼します。12月22日には、必ずまた参ります」
リリィが深く頭を下げる。
「そのときは、よろしくお願いします」
スジャナ内閣官房が丁寧に応じた。
ジャヤ大統領と握手を交わし、リリィは視線を仲間へと向けた。
頷き合ったメンバーたちは、宮殿内の駐車場へ移動し、転移魔法を発動。
まばゆい光に包まれて、その姿はニューヨーク拠点へと転移していった。




