第31話 インドネシア スラウェシ島地震とリリィたちの救援活動 2018.9
◆2018年9月28日
インドネシア中部スラウェシ島で、マグニチュード7・5の地震が発生した。震源に近い沿岸や海底では地すべりが起き、それが津波を引き起こし、巨大な波が沿岸部を襲おうとしていた。
パル市では最大11・3メートルの津波が観測されたが、リリィたちが事前に設置していた高さ20メートル、幅3メートルの迷路状の防波堤が、その進行を食い止めた。
津波のエネルギーは複雑な構造によって分散され、市街地への侵入は防がれ、住民たちは直接的な津波被害を免れることができた。
一方、軍施設周辺では液状化現象による泥流が広範囲に発生し、主要幹線道路が寸断。軍関係の建物が相次いで倒壊・半壊し、インフラも深刻な打撃を受けていた。発電所の停止により送電網が崩壊し、山間部の鉄塔も倒れて広範囲に停電が発生。
軍の飛行場では滑走路が沈下し、航空機の運用は不可能となった。軍港ではクレーンが倒れ、停泊していた輸送船にも損傷が見られた。
「軍施設を対象外にした影響が出てしまったな」
コモンが悔しげに言う。
「軍施設は関係ないわ。まずは民間のライフラインを最優先に、ゴーレムを展開して」
リリィが即座に指示を出した。
「ゴーレムを展開。倒れた鉄塔を修復して、電力網を復旧させるわよ」
リリィの言葉に、各メンバーが動き出す。
「了解。電力がなければ救助作業も遅れる。まずは幹線の送電を確保しよう」
ジャックがうなずいた。
「転移魔法を使えば、遠くの鉄塔の修復も短時間で対応できるな」
ガルドが空中に転移座標を描き始めた。
リリィたちは迅速にゴーレムを展開。倒壊した鉄塔を1本ずつ持ち上げ、損傷箇所を修復。電力は次第に復旧し、水道インフラも並行して整備が進んでいった。
軍港や軍施設への対応は限定的だったが、民間地域の安全確保を最優先に作業が続けられた。
「周辺の地盤を固定しましょう。ダンジョンコアを追加で設置して」
リリィが目を細めながら命じる。
「了解。被害の拡大を防ぐぞ」
コモンがすぐに応じ、追加のダンジョンコアを展開していった。
被災による家屋の倒壊は少なく抑えられていたが、負傷者の数は多かった。
リリィたちは仮設の医療施設を設置し、現地での応急処置と治療を開始する。
「負傷者が続々と運ばれてくるニャ。急がニャいと」
マーガレットが回復用の魔法陣を床に広げていく。
「ジャック、AIゴーレムを医療支援に回して」
リリィがテント内の状況を見渡しながら言った。
「了解。VRゴーグルで遠隔支援を依頼する」
ジャックが手早く端末を起動し、複数のゴーレムに指示を送る。
リリィは1人ずつ負傷者に回復魔法をかけ、ジャックとマーガレットがその補助を行った。VRゴーグルで遠隔支援した医療胃炎AIゴーレムたちが、応急処置や簡易手術などの医療作業をこなしていく。
現地医療スタッフの支援も入り、仮設医療施設は次第に機能を拡大していった。
インドネシア赤十字社も現地に入り、ボランティアを動員して救援物資を配布。
リリィたちの魔法による事前対策と緊急対応により、避難民の数は大幅に抑えられていた。
「あなたたちの活動は、我々にとって大きな助けになりました」
スジャナ内閣官房が深く頭を下げた。
「リリィたちの技術は、単なる一時的な支援ではない。今後のインフラ防災の鍵となるかもしれない。ぜひ、これからの協力についても話し合いたい」
ジャヤ大統領が真剣な表情で言葉を続ける。
「もちろんです。私たちは、災害発生時だけでなく、事前の対策にも力を入れていきます」
リリィは胸を張って答えた。
数日間におよぶ活動の末、スラウェシ島は復興への道を大きく前進させた。
・・・・・・・・・
ジャカルタ・政府公邸の広間。
スラウェシ島での災害対策が一段落したその晩、リリィたち『虹色の風』をねぎらうため、インドネシア政府は公式の食事会を開いた。
大理石の床、精緻な彫刻が施された天井、豪奢な内装に囲まれながらも、リリィたちは肩肘張らず、笑顔で料理を味わっていた。
「まずは、今回の救援活動への感謝を申し上げます。皆さんの協力がなければ、被害はもっと甚大なものになっていたでしょう」
スジャナ内閣官房が丁寧に頭を下げた。
「ぜひ、今日はインドネシアの料理を楽しんでください」
ジャヤ大統領が笑顔で勧める。
テーブルには、香り高いスパイスの効いた伝統料理が並んでいた。ナシゴレン、サテ、ルンダン、ガドガド、エス・チェンドル……。その味と香りは、リリィたちの心と体をやさしく包んでいった。
「ニャッ!? このナシゴレン、美味しすぎるニャ」
マーガレットが目を輝かせる。
「このルンダン、信じられないほど柔らかいな。スパイスの使い方が絶妙だ」
ジャックがうなずきながら肉を口に運ぶ。
「ピーナッツソースが、どの料理にもよく合うな。これは美味い」
コモンが唸った。
「インドネシアの料理を気に入ってもらえて何よりだ」
ジャヤ大統領の表情も満足げだった。
「ええ、似ている部分もありますね。私たちの世界の料理とも、きっと融合できます」
リリィがにっこりと返した。
食事が進む中、自然と話題は支援活動の振り返りへと移った。
「まず、成功した点から整理しよう。防波堤と地盤強化の効果は予想以上に大きかった。津波を完全に抑えられたのは、大きな成果だ」
ジャックが真剣に語る。
「ええ。でも、軍施設の液状化対策が不十分だったのは反省点ね。事前に話し合いができていれば、もっと包括的な防災策が取れたはず」
リリィが頷く。
「軍施設を対象外にするという決定は、当時の政治的な事情もあった。だが、結果的に送電網や港の崩壊は避けられなかったな」
コモンが顔をしかめた。
「送電の復旧は思ったよりも時間がかかった。鉄塔修復の効率化、考え直した方がいいかもな」
ガルドがつぶやく。
「それと、住民の対応ニャ。今回は政府を通して避難指示を出したけど、もし津波が急に来てたら、パニックになっていたニャ」
マーガレットが心配そうに言った。
「確かに、避難訓練や啓発活動も重要ね。行政にお願いして、今後は事前対策を強化してもらいましょう」
リリィが提案する。
「あと、インフラ復旧のスピードを上げるために、AIゴーレムの活用をもっと進めるべきかもな」
ジャックが真顔で言った。
「確かに。VRゴーグルによる遠隔操作で、医療用と復旧用ゴーレムを使い分けられれば、被害の縮小にもつながる」
コモンも賛同する。
「ええ。やっぱり、事前の備えが十分なら、地震災害だって防げる可能性が見えてきたわ。これからは、もっと準備段階に力を入れていきたい」
リリィは決意を込めて言った。
こうして、食事会兼反省会は、円満な雰囲気のうちに幕を閉じた。
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「最悪だ。軍の施設は、壊滅的な被害を受けた。これほど大きな地震だとは思わなかった」
ジャヤ大統領が静かに吐き出す。
「復旧に10年はかかるでしょう。費用面でも、また臨時国債を発行しなければなりません」
スジャナが資料を手に答える。
「だが、民間とインフラの被害が少なかったから、国会を通すのは難しいな」
「いえ、民間の被害が少なかったおかげで、税の徴収は抑えられます。いずれは、軍施設の復旧も可能です。慌てずに進めましょう」
「そのとおりだな。リリィさんたちには本当に感謝している。体も軽く感じる。あの魔法は本物だった」
「彼女たちは、まぎれもなく本当に異世界人でした」
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◆翌朝、ジャカルタ・大統領宮殿。
リリィたちは朝食を取りながら、のどかなひとときを過ごしていた。
「リーダー、また未来の私からメッセージが来たニャ。今度は3カ月先からニャ」
マーガレットが静かに言った。
「ええっ、続くわね……どこなの?」
リリィが身を乗り出す。
「それが、またインドネシアニャ」
マーガレットがスマホを操作しながら続けた。
「2018年12月22日、スマトラ島とジャワ島の間、スンダ海峡で津波が発生するニャ。火山島アナク・クラカタウの噴火と山体崩壊が原因で、大量の土砂が海中に流れ込み、津波が起こるニャ。死者・行方不明者は500人、家屋被害は1000棟、避難民は約4万人ニャ」
「今度の災害情報も詳しいわね。ありがとう、マーガレット」
「毎日、決まった時間に未来からのメッセージを確認するようにしたら、魔力の消費を抑えられるようになったニャ。その分、詳しい情報を受け取れるようになったニャ。マモルのアドバイスのおかげニャ」
「今度は火山活動による津波か。一度、熱海拠点に戻って対策を練ろう」
ジャックが提案する。
「そうね。国連での国際警察組織創設の準備もあるし、一度戻りましょう」
リリィが立ち上がった。
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「リリィさん、お元気で」
スジャナ内閣官房が手を差し出す。
「ありがとうございました。またすぐに来ます」
リリィが笑顔で握手を交わす。
ジャヤ大統領、スジャナ内閣官房と電話番号を交換し、再会を約束したリリィたちは、宮殿内の駐車場から転移魔法で熱海拠点へと戻っていった。
インドネシアの災害対策は、まだ終わらない。




