第30話 インドネシアのスラウェシ島地震 その3 2018.8
スラウェシ島。ジャカルタでの政府会談を経て、リリィたち『虹色の風』は、政府防災チームと技術者たちと共に、地震被害が想定される地域の現地視察を開始した。
まず訪れたのは、津波の直撃が予想される沿岸部。そして次に、液状化の危険がある内陸部へと足を運んだ。
「まずは、地盤の状態を正確に把握することが重要だな」
ジャックが足元を見ながらつぶやく。
「うむ。ダンジョン技術を応用して、地下の構造をスキャンしよう」
コモンが手を動かすと、空間に浮かぶ見えないタッチパネルが起動した。
地面が透けたように表示され、断層の走りや地下水の流れが立体映像として浮かび上がった。
「このエリアは地下水が多いわね。ここを補強しないと、地震時に液状化が進行してしまうわ」
リリィが眉をひそめて言った。
「驚いた。こんなに正確な地盤調査ができるとは。今の科学では到底不可能な精度だ」
視察に同行していたスジャナ内閣官房長が、目を見張った。
「これを基に、地盤強化の魔法陣を設置する計画を立てよう」
ジャックが静かに提案する。
こうして、液状化が懸念される地域に対し、リリィたちはダンジョンコアによる地盤強化の展開を決定した。
「この地域にダンジョンコアを設置し、地面を岩石に変えることで、岩盤に近い硬度にできる」
コモンが説明する。
「それじゃ、全員で順番にダンジョンコアを設置していくわよ」
リリィの指示で、ガルドが転移魔法を起動し、広範囲に高速移動を行いながら設置が進められていく。
岩のようなダンジョンコアが地中に埋められ、地面の材質が5センチほど下から変化を始める。目に見える変化はないが、足元の安定感が確かに増していた。
「信じられない。これほどの速さで地盤が強化されるとは」
スジャナが驚嘆の声を漏らす。
次に行われたのは、防波堤の建設だった。
「今回の防波堤は、津波が発生した際にのみ出現する方式にする。平常時は視認できず、必要なときにだけ展開される構造だ」
コモンが周囲の地形をスキャンしながら説明する。
「これなら、現地住民の生活環境を損なうことなく、最大限の防災効果が得られるな」
ジャックが頷いた。
「設置するダンジョンコアの数と配置を決めましょう」
リリィが地図を見ながら指示を出す。
「どのくらいの規模になりますか?」
スジャナが問う。
「スラウェシ島の海岸線の約50%をカバーする予定だ。防波堤の高さは最大20メートル、幅3メートル。津波のエネルギーを分散させるため、迷路構造を組み込む」
コモンが指先で空間上にパターンを描きながら応じた。
「では、防波堤の展開を開始するわ」
リリィが手を掲げると、各所に配置されたダンジョンコアが次々に起動し、海岸線に沿って迷路状の防波堤が一瞬で立ち現れた。
「すごい。本当に一瞬でできた」
マモルが目を丸くして声を上げた。
「これで、津波が発生した瞬間に防波堤が展開される。津波が収まれば、また消去して元の景観に戻せる」
コモンが補足する。
「出来上がった迷路状の防波堤は、今は消しておく。津波が発生したときにだけ出現するように設定した。普段の景観にはまったく影響は出ない」
「この技術は、我が国の防災計画に革命をもたらすかもしれない」
ジャヤ大統領が静かに言った。
「これで、インドネシアの人々が少しでも安心して暮らせるようになれば、私たちの目的は果たせるわ」
リリィはほっとしたように微笑んだ。
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スラウェシ島。
数週間にわたる作業の末、リリィたち『虹色の風』による防波堤と地盤強化のプロジェクトが、ついに完了した。
「これで、次に災害が起きても、被害を最小限に抑えられるはずですね」
スジャナ内閣官房が現場の様子を見渡しながらつぶやく。
「とはいえ、油断は禁物です。地震が発生すれば強度の無い家屋は壊れますし、停電も起こるでしょう。常に国民の防災意識を高めることが大切です」
ジャックが慎重な表情で付け加える。
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◆晩餐会 文化の交流
プロジェクトの完了を祝して、インドネシア政府はリリィたちを公式な晩餐会へと招いた。
ジャカルタの宮殿内の広間には、色とりどりの装飾と香辛料の香りが漂い、長テーブルには伝統料理がずらりと並んでいた。
「あなたたちの働きに感謝する。ぜひ、我々の文化を味わってほしい」
スジャナ内閣官房が笑顔で促す。
「ありがとうございます。インドネシアの料理はとても楽しみです」
リリィは目を輝かせた。
テーブルには、ナシゴレン(インドネシア風チャーハン)、サテ(串焼き肉)、ルンダン(牛肉のスパイス煮込み)、ガドガド(茹で野菜とピーナッツソースのサラダ)、エス・チェンドル(椰子糖とココナッツミルクのデザート)など、多彩な料理が所狭しと並んでいた。
「ニャッ!? このナシゴレン、美味しすぎるニャ」
マーガレットが頬を赤らめて叫ぶ。
「このルンダン、信じられないほど柔らかいな。スパイスの使い方が絶妙だ」
ジャックが舌鼓を打つ。
「ピーナッツソースが、どの料理にもよく合うな。これは美味い」
コモンが感嘆の声を漏らした。
「インドネシアの料理を気に入ってもらえて何よりだ」
ジャヤ大統領が満足げに笑う。
「ええ、似ている部分もありますね。私たちの世界の料理とも融合できそうです」
リリィがにっこりと応じた。
宴も終盤に差し掛かり、リリィが一歩前に出て声をかけた。
「ジャヤ大統領、スジャナ内閣官房。お食事のお礼に、ここにいる皆さん全員に回復魔法をかけましょう。SPさんたちもじっとしていてね」
リリィが手をかざすと、その手元から柔らかな光が放たれ、宴席にいる全員を包み込んだ。光は波のように広がり、大統領、内閣官房、SP、スタッフの身体を優しく包み込んでいく。
「おおお、体がぽかぽかする。まるで風呂に入っているようだ」
ジャヤ大統領が小さく笑う。
「本当だ。疲れが取れていく」
スジャナも肩をほぐしながら驚いた様子でつぶやいた。
他のスタッフたちも、各々体の軽さを感じたようで、会場には自然と笑いが生まれた。
「体が熱くなったと感じた方は、体のどこかに不調があった証拠です。そこが健康になったので安心してくださいね」
「そうなんですか。ありがとうございます」
ジャヤ大統領は満面の笑顔で頭を下げた。
その夜、リリィたちは宮殿内の豪華な客間で宿泊した。柔らかな天蓋付きのベッドと、高い天井から吊られるシャンデリアの光が、旅の疲れを静かに癒やしてくれた。
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翌朝
朝日が差し込む中庭で、リリィたちは出発の準備を整えていた。
「それでは、ジャヤ大統領、スジャナ内閣官房。これで、私たちは失礼します。地震が発生したら、必ずここに来ますので」
リリィが丁寧に頭を下げる。
「リリィさん、そのときは、よろしくお願いします」
スジャナが真剣な表情で頷いた。
ジャヤ大統領とも固く握手を交わし、事前作業はすべて完了した。
リリィたちは、宮殿の駐車場に設置された転移魔法陣から、熱海拠点へと転移していった。
この場所に転移陣を設置する許可も、すでに得てあった。
リリィたち『虹色の風』は、災害の発生に備え、ひとまずの任務を終えて再び日本へと戻った。




