第29話 インドネシアのスラウェシ島地震 その2 2018.8
◆ニューヨーク 国連本部
リリィたちは転移陣を使い、ニューヨークの国連本部へと現れた。
事務総長アンサの執務室の会議テーブルには、彼と数名の補佐官が待機しており、資料を広げていた。
「リリィ、君たちの活動は常に世界にとって重要な意味を持つ。大変なことが起きるのだね?」
アンサ事務総長は、資料から目を上げてそう言った。
「はい。2カ月後、インドネシアのスラウェシ島でマグニチュード7・5の地震が発生します。津波と液状化による甚大な被害が予想されます」
リリィが前に進み、落ち着いた声で説明を始める。
「地震そのものは避けられませんが、津波と液状化の被害を最小限に抑えるため、防波堤の設置と地盤の強化を魔法技術によって行いたいのです」
「防波堤の建設と地面の強化か。インドネシア政府に事前の設置許可を取る必要があるのでは?」
アンサが腕を組みながら言った。
「その交渉こそ、アンサ事務総長にお願いしたいのです。我々の提案を、正式な国際支援として伝えていただきたい」
ジャックが資料を差し出す。
「我々の技術を使えば、建設物は“見えない状態”で事前設置が可能です。津波や地震の発生と同時に展開され、被害を最小限に抑える構造です。ただし、設置と維持には大量の魔石を要します」
コモンが付け加えた。
「なるほど。確かに魅力的な提案だ。しかし、インドネシア政府がこの異世界技術を受け入れるかは別問題だな。政治的な配慮もある」
アンサが静かに言う。
「その点も理解しています。ですが、我々の目的はあくまで人命救助です。政府の協力が得られれば、被害を大きく減らせます」
リリィが真剣な眼差しで言った。
アンサはしばらく沈黙したのち、頷いた。
「分かった。では、私の方でインドネシア政府と連絡を取り、緊急会議を設定しよう。国際災害対策支援という形で話を進めれば、可能性はある」
「ありがとうございます。会議が設定されたら、我々も同行し、技術の説明と提案を行います」
ジャックが頭を下げた。
「よろしい。できるだけ早く調整し、詳細を連絡する」
アンサの言葉に、リリィたちは深く礼をした。
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◆インドネシア・ジャカルタ 政府との会談
数日後、リリィたちはインドネシアの首都ジャカルタに転移し、菱紅商社の現地支店からの送迎で、大統領官邸に向かった。
通された会議室には、スジャナ内閣官房長や数名の閣僚、大統領ジャヤの姿もあった。
「まず、あなた方の提案について詳しくお聞かせください」
スジャナ官房長が資料を手に、口を開く。
「2カ月後にスラウェシ島で地震が発生するという未来予知を受け取りました。マグニチュード7・5の地震により、津波と液状化による大規模被害が想定されています」
リリィが簡潔に述べる。
「そこで、我々は魔法技術“ダンジョンコア”を使い、見えない防波堤と地盤強化を行います。災害が発生した瞬間にこれらが展開し、被害を抑える構造です」
「この技術は通常の建設とは異なり、資材や工期を必要とせず、短期間で設置できます。津波が収まれば、元の状態に戻すことも可能です」
ジャックが説明を補足する。
「興味深い技術ですね。しかし、本当に効果があるのですか? それに、津波対策は国家規模のインフラです。我々の防災専門チームによる評価が必要です」
スジャナが慎重な表情で言う。
「当然です。我々も、過去にこの技術で多くの災害を防いできました。専門家と連携して、まずは小規模な試験モデルを設置し、検証を行いましょう」
コモンがうなずく。
「我々は自然災害に幾度となく苦しんできた。もし、本当にこの技術が効果を持つなら、協力しない理由はない。試験的な設置を認めよう」
大統領ジャヤが静かに宣言する。
「ありがとうございます。準備が整い次第、実証実験を開始いたします」
リリィが深く一礼した。
「それでは、防災対策チームと技術者を交えて実務会議を設定しましょう。また、地元住民との対話集会も開きたい。人々が理解し、信頼できるようにする必要があります」
スジャナが提案する。
「ええ、もちろんです。現地の方々に受け入れていただけなければ、この対策は成功しません。全力で説明いたします」
リリィの言葉に、一同は静かにうなずいた。
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◆インドネシア・ジャカルタ 大統領官邸の一室
窓の外では椰子の葉が風に揺れ、薄曇りの空が熱帯特有の湿気を含んでいた。部屋の中には重々しい空気が漂い、ジャヤ大統領とスジャナ内閣官房長が対面していた。
「国連のアンサ事務総長の要望が来たから、リリィとかいう女に会ったけれど、言ってることが無茶苦茶だぞ。異世界人って何だ。まったく理解できん」
ジャヤ大統領が苛立ちを隠さず声を荒げる。
「そうですね。しかし、国連は異世界人のリリィという前提で動いているようです。我々もそう扱う方が無難でしょう」
スジャナが静かに答えた。
「ふむ……それで、あの者たちが言う大地震は本当に起こると思うかね?」
「もし起こらなければ、それはそれで良いのではないでしょうか。防波堤と地盤強化を無償でやってくれると言っています。こちらにとっては得しかありません。仮に結果が思わしくなければ、損害賠償を請求する口実にもなります」
「そうか。こちらに損はないのだな」
ジャヤは少し顔をほころばせた。
「ええ、そのように契約書に明記しておきます」
「軍の施設は、立ち入り禁止にした方がよいのではないか」
「そうですね。国連の名を借りたスパイの可能性もゼロではありません。軍関係施設、飛行場、軍港などは対策地域から除外しましょう」
「我が国の軍備が大きく進んでいるのを知られるわけにはいかんからな」
「まったく、そのとおりです」
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◆国際協力の始まり
こうして、リリィたちはインドネシア政府との正式な協議を取り付け、防波堤と地盤強化の試験設置を進めることとなった。
ただし、軍関連施設については対策不要という条件がつき、飛行場や軍港などの軍事施設周辺は対象外となった。
リリィたちも、その判断に納得した。人命が集中する場所が優先であるという点に異論はなかった。
今回のプロジェクトは、国連の支援の下で進められ、国際社会における魔法技術の活用という新しい一歩を印すこととなった。
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◆防波堤の建設と地盤の強化 インドネシア住民との交流
スラウェシ島沿岸地域。広がる海を背にして、リリィたちは防災対策の説明会を行うため、地元の村にやってきていた。
政府の防災チームのサポートにより、会場となった村の集会所には漁師や農民、商店主など、様々な立場の住民たちが集まっていた。彼らは不安そうな表情で、壇上に立つリリィたちを見つめていた。
「私たちは、あなたたちの安全を守るために来ました。魔法技術を用いて、津波と地震による液状化被害を最小限に抑えるための防波堤と地盤強化を行います」
リリィはまっすぐ住民たちを見つめて話した。
「そんなことが本当にできるのか? 津波が来るたびに、わしらは家を失い、何度も作り直してきたんだ」年配の漁師が腕を組んで言った。
「確かに、これまでの津波対策では限界がありました。しかし、我々の防波堤は通常は見えません。津波が押し寄せた瞬間に展開し、その衝撃を吸収するように設計されています」
ジャックが補足した。
「さらに、地面の強化を行うことで、地震による液状化での倒壊や泥流の被害も防げます」
コモンが言葉を重ねた。
会場の片隅で、若い女性が手を挙げた。
「私たちの家や土地には影響はないのですか? 突然、地面が変わったりしたら怖いです」
「大丈夫です。私たちの技術は、環境を傷つけることなく、必要な時にだけ作用します。今の地形や住居には影響を与えません」
リリィがやさしく答えると、住民の間に少しずつ安堵の表情が広がっていった。
「あなたたちの技術がすごいことは分かった。だが、最後にひとつお願いがある。地震が起こったとき、私たちがどう動けばいいのか、それも教えてほしい」
村長が静かに言った。
リリィは一瞬スジャナ内閣官房長に視線を送り、彼が頷いたのを確認して、明るく答えた。
「もちろんです。地震発生時の避難ルートや、家庭でできる防災対策についても、行政の方と連携して必ず周知いたします」
この返答に、住民たちは拍手を送り、和やかな空気が集会場に流れた。
こうして、リリィたちは地元住民の理解を得て、正式に防災対策を進めることとなった。




