第23話 インドへの旅立ちと大富豪との出会い 2018.8
◆転移とインド支店への到着
細胞活性装置の2個目がネットオークションで落札された。落札者は、インドの大富豪ラゥージ・シャルマ。広範囲に事業を展開する彼は、慈善活動にも力を入れており、インド国内では知らぬ者のない著名な人物だった。
「今回は私たち五人で向かうわ。細胞活性装置の付与もあるし、慎重に進めましょう。」
リリィがそう言うと、メンバーたちは静かに頷いた。向かうのはリリィ、ジャック、ガルド、マーガレット、そしてマモル。彼らはニューヨーク研究所の転移陣を通じて、インド・ムンバイにある菱紅商社の支店へと転移した。
転移光が消えると、一行は会議室に到着していた。木目調の机と壁には、インドらしい装飾が施されており、外の喧騒とは対照的に落ち着いた空間が広がっている。
◆現地スタッフとの応対
出迎えたのは、インド支店の責任者ラドイ。白いスーツ姿の彼は、にこやかな笑顔で迎え入れた。
「リリィさん、ようこそインドへ。支店一同、あなた方の到着を心待ちにしておりました。ラゥージ様も準備万端でお待ちです。」
リリィが丁寧に会釈し、メンバーたちも順に挨拶する。ラドイは手際よく紅茶を振る舞いながら、今日のスケジュールを説明した。
「これから車でラゥージ様の邸宅へ向かいます。移動は約一時間。道中、インドの街並みもぜひお楽しみください。」
◆ムンバイの街を行く
一行は支店の黒塗りのSUV三台に分乗し、ムンバイの街を進む。通りは混沌と活気が入り混じり、屋台や露店が所狭しと並び、人々の声が街全体を包んでいた。
「すごい賑やかだなぁ! 日差しもすごい。」
マモルが窓の外を見つめながら言う。
「露天、面白そうだな。あとで寄りたいぞ。」
ガルドが隣でわくわくした表情を浮かべる。
「まずは仕事を終わらせてからよ。その後で、ね。」
リリィが苦笑しながら答える。
◆ラゥージ・シャルマ邸にて
車が広い敷地へ入ると、そこには宮殿のような邸宅が現れた。白い大理石の外壁には、インド特有の精緻な彫刻が施され、庭には噴水やカラフルな花々が整然と並んでいる。
車を降りると、使用人たちが整列して出迎え、玄関前には執事風の人物が立っていた。
「リリィさん、そして冒険者ギルド会社の皆さん、ようこそ。お越しを心より歓迎いたします。ラゥージ様がお待ちです。どうぞご案内いたします。」
邸宅内の最奥、豪華な応接室の扉が開くと、そこに立っていたのは、白いクルタを身にまとい、豪奢なターバンを巻いた堂々たる男性だった。
年のころは七十代。穏やかで知性を感じさせる瞳の持ち主――それが、ラゥージ・シャルマだった。
「リリィさん、そして冒険者ギルド会社の皆さん、ようこそ。お会いできて光栄です。」
リリィが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「ラゥージ様、私たちもお会いできて嬉しく思います。今日は、細胞活性装置をお届けに参りました。」
「おお、それはありがたい。ご足労、感謝いたします。」
ラゥージは大きく頷き、一行を応接室へと案内した。
◆装置の効果と説明
広々とした応接室の中では、すでに医療スタッフたちが控え、準備が整っていた。家族らしき人物たちも心配そうにラゥージを囲んでいた。
ラゥージはこれまで、糖尿病と心疾患に長年悩まされてきた。彼は静かにソファに腰を下ろし、リリィに頷く。
リリィが優しく語りかける。
「こちらが細胞活性装置です。体内の細胞を活性化させ、健康を取り戻し、寿命を延ばす効果があります。最初に少し光と熱を感じるかもしれませんが、ご心配はいりません。」
リリィは装置を取り出し、彼の腹部にそっと当てた。両手から魔力が注ぎ込まれると、装置が青白く発光し、その光がラゥージの全身を包み込む。やがて、光が収まったとき、彼は深く息を吐き、目を見開いた。
「体中が温かい。体が軽くなるのが分かります。胸の痛みも消えていくようだ。体が、若返っていくように感じます。」
そう言いながら、彼は感極まった表情でリリィの手を取った。
「リリィさん、ありがとうございます。これで私は、もっと多くの人々のために働けます。あなた方は本当に素晴らしい。」
リリィは穏やかに微笑んだ。
「この装置で、あなたは健康を百年維持できます。ただし、不死身になったわけではありません。事故に巻き込まれれば命を落とすこともあります。十分ご注意ください。」
リリィは表情を引き締めて続ける。
「細胞活性装置を狙っている勢力がいます。アメリカで装置を受け取った方は、盗賊に襲われないよう、核シェルターで暮らしています。」
ラゥージは驚きの表情を浮かべた。
「私も、核シェルターに籠ったほうがいいでしょうか?」
リリィは彼の手を握り、困ったようにうなずいた。
「脅かすつもりはありませんが、先日、私たちが住んでいる場所に、装置を狙った傭兵が百人以上押し寄せました。ドローン攻撃、毒ガス、火炎放射器まで使われました。」
ラゥージは一瞬沈黙し、やがて口を開いた。
「わかりました。私もシェルターを用意します。それまでは、政府の核シェルターを借りましょう。すぐに大統領に連絡を取ります。」
◆インドの夜と絆
夕食には、ラゥージのもてなしでインドの伝統料理が振る舞われた。香辛料の効いたカレー、焼きたてのナン、スパイスに漬け込まれたタンドリーチキンが食卓に並ぶ。
マーガレットが一口カレーを食べて、耳を伏せた。
「これ、本場のカレー! スパイスの香りがすごいニャ! でも、辛すぎるニャ!」
ガルドは豪快に笑いながらナンを頬張る。
「いや、この辛さがいいんだよ。肉も絶品だ。」
笑い声が響き、ラゥージも満足そうに語る。
「また、いつでもここにいらしてください。皆さんは、もはや私の家族も同然です。」
一行は、ラゥージの了承を得て、邸宅の地下に転移陣を設置。万が一の際にはすぐに救出できるようにした。
「お部屋をご用意しますが、よろしければ泊まっていかれますか?」
ラゥージの申し出に、リリィは微笑みながら頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、研究が進んでいますので、私たちは拠点へ戻ります。」
こうして、一行はニューヨークの研究所へと転移して帰還した。
◆三田部長への報告
ニューヨークに戻ったリリィたちは、すぐに三田部長と連絡を取った。
スマートフォンの画面には、疲れの色が見える三田部長の顔が映っている。
「部長、細胞活性装置の二人目への付与が無事に完了しました。インドのラゥージ・シャルマ氏は非常に感謝してくれましたが、装置の存在が広く知られたことで、安全面に懸念を抱いています。」
「やはり、装置を狙う勢力の動きがありますからね。」と三田部長が困った顔で言う。
ジャックが口を挟む。
「ラゥージ氏は、自宅に核シェルターを建設する予定です。それまでは、政府の施設を利用するとのこと。賢明な判断ですが、我々の動きが敵に注目されているのは確かです。」
三田部長は深く頷いた。
「リリィさん、官房長官からも連絡がありました。内閣調査室が、敵勢力に関する新たな情報を入手したとのことです。」
◆官房長官からの情報
三田部長が手元の資料を確認しながら説明する。
「調査室の分析によると、ロシアと中国を中心に、いくつかの国が協力して動いています。彼らの目的は、細胞活性装置の技術を手に入れることです。」
「具体的には、どんな動きが?」
リリィが問いかける。
「ロシアでは、軍直属の特殊部隊があなたたちの行動を監視しています。一方で、中国ではサイバー攻撃部隊が、菱紅商社のサーバーやネットオークションのシステムに侵入を試みています。」
「彼らの技術は確かに高い。でも、こちらも準備を進めています。」
ジャックが冷静に返す。
「官房長官からは、さらに注意を払うよう指示が出ています。」
三田部長の顔には、緊張感がにじんでいた。
◆世界の注目を集める報道
その日の夜。ニューヨーク研究所の応接室にある大型テレビでは、世界各国のニュースが次々と流れていた。
中でも大きな話題になっていたのは、インドの大富豪ラゥージ・シャルマが、細胞活性装置を手に入れたというニュースだった。
画面の中で、ニュースキャスターが興奮気味に語る。
「本日、インドの大富豪ラゥージ氏が、次世代の医療装置と呼ばれる“細胞活性装置”を入手したとの報道が世界を駆け巡っています。この装置は、人の健康寿命を著しく延ばすとされ、価格は約3000億ドルにも達すると言われています。」
テレビには、ラゥージが邸宅で装置のセットを受ける様子が映し出されていた。ただし、リリィたちの姿は巧妙に編集され、映っていなかった。装置の詳細も一切報じられていない。
ニュースを見終えた後、リリィたちは応接室に集まり、静かに意見を交わした。
「装置がこれだけ注目されると、僕たちの行動も、ますます目立ってしまいますね。」
マモルがぽつりとつぶやいた。
「だからこそ、ラゥージ氏のように、安全な場所に避難するのは正しい選択だ。」
ガルドが真剣な口調で言う。
リリィがまっすぐ前を見つめながら語る。
「それでも、私たちはこの装置を通じて資金を集め、国際警察組織を作って、世界に平和を届けるのよ。誰もが平穏に生きられる社会を実現するために。」
「だが、敵は必ず、次の一手を打ってくる。」
ジャックの声は静かだが、重みを持っていた。




