第21話: ニューヨーク研究所での進展 2018.7
◆研究所への転移
ニューヨーク郊外。静かな森を背に佇む、冒険者ギルド株式会社・ニューヨーク研究所。そのダイニングルームに、転移陣の光とともにリリィたち『虹色の風』のメンバーが現れた。
迎えに出たのは、普段着のホー博士と、コモンの分身体だった。博士はリリィたちを見るなり、安堵の表情を浮かべて微笑む。
「リリィさん、みなさん、ニューヨークへようこそ。」
ギルスがすぐに手を上げ、光を放ちながら魔法を展開した。
「クリーン魔法をかけます。皆さんの服も身体も、これで一瞬で綺麗になりますよ。」
光の粒子がメンバーを包み込むと、汚れていた衣服や髪が瞬く間に清潔になり、マモルが目を見張った。
「これ、めちゃくちゃ便利ですね! 体がさっぱりしましたよ。」
リリィが微笑みながら言った。
「戦闘で泥だらけだったものね。ギルス、ありがとう。あとはお風呂のリラックス感があれば完璧ね。」
「じゃ、私がニャ。」と、マーガレットが手を広げた。
お花畑魔法が展開され、ふんわりとしたバラの香りが漂い始める。メンバーの顔が思わず緩んだ。
「「「「いいね~」」」」
ダイニングには穏やかな笑い声が広がった。
◆五つ星ホテルのロビーにて
研究所に各自の部屋が整うまでの間、リリィたちは提携している五つ星ホテルに一時滞在することになった。
煌びやかなシャンデリアが揺れるロビー。磨き上げられた大理石の床が彼らの姿を映し、重厚感のある空気が漂っている。
「おお、ここは、異世界でもなかなか見られない豪華さだな。」
ガルドが感心したように天井を見上げる。
「ニャー! こんなフカフカなソファ、初めてニャ!」
マーガレットはロビーのソファに飛び乗り、身体を埋めるように転がった。
「一流ホテルは、やっぱり格が違うわね。」
リリィはにこやかに微笑みながらフロントへと向かった。
そのとき、フロントカウンターの向こうに、見覚えのある姿を見つけた。
清潔感のある制服、黒髪のポニーテール。リリィはすぐに声を上げる。
「あれ? もしかして」
マモルも目を見開いた。
「シノブさん!?」
シノブは一瞬驚いたように振り向いたが、すぐに丁寧に頭を下げた。
「リリィ様、皆様、お久しぶりです。まさか、こちらでお会いできるとは思いませんでした。」
「シノブさん、ここで何をしているの?」
リリィが尋ねると、シノブは控えめに微笑んだ。
「今はホテルの推薦を受けて、こちらの五つ星ホテルで三か月間の研修を受けています。国際的な接客スキルを学んでいるところです。」
「なるほど。東京のホテルでも優秀だったものね。ここでさらに腕を磨いてるのね。」
ジャックが感心したように頷いた。
そのとき、ロビーのフロントカウンターで突然怒号が響いた。
「どういうことだ!? 私のスイートルームがまだ準備できていないとは、どういうつもりだ!」
リリィたちが振り向くと、ひときわ派手なスーツを着た男性が、フロント係に詰め寄っていた。手首には宝石が散りばめられた高級腕時計。肩で風を切るような物言いに、周囲の空気が一気に重くなる。
「うわ、なんだか、すごい人来ちゃったな」
マモルが思わず小声でつぶやく。マーガレットはそっと耳を伏せ、ガルドは不快そうに腕を組んだ。
シノブは慣れた様子で一礼し、騒いでいる男性のもとへと向かった。
リリィはその後ろ姿を見送りながら、静かにつぶやいた。
「どんな場面でも動じないなんて、やっぱり一流ね、シノブさん。」
フロント係が困惑しながら応じる。
「申し訳ございません、お客様。ただいまお部屋の準備を急いでおりますが」
その場の空気が一気に緊張に包まれた、その瞬間だった。制服姿のシノブが、静かに一歩前に出た。
「お客様、ご不便をおかけして申し訳ございません。」
彼女の声は落ち着いていて、張り詰めた空気をやわらげる不思議な力を持っていた。
「お部屋の準備に少々お時間をいただいております。ですが、その間、こちらのVIPラウンジでおくつろぎいただけますでしょうか。本日限定の特製カクテルをご用意しております。」
「ふん、特製カクテル?」
VIP客が眉をひそめる。
「はい。当ホテルのバーテンダーが、お客様のお好みに合わせて特別な一杯をお作りいたします。」
シノブは丁寧に微笑みながら説明する。
「まあ、いいだろう。」
男は納得したように肩をすくめ、スタッフの案内でラウンジへと向かった。
「完璧な対応ね。」
リリィが目を細めて言った。
「すごい。あんなに怒っていたのに、一瞬で機嫌が直った。」
マモルも感心して声を漏らす。
「一流のサービスとは、お客様の要求を満たすことではありません。状況を冷静に見極め、最善の解決策を提案することです。」
シノブはやわらかく微笑みながらそう言った。
「さすがね、シノブさん。」
リリィが頷く。
「あなたなら、もっと大きなことができるわね。」
◆進むべき道
その後、リリィたちはシノブの案内でスムーズにチェックインを済ませ、自室へと案内された。フロントの喧騒が嘘のように、落ち着いた空間が広がる。
部屋へ向かう途中、リリィが問いかけた。
「シノブさん、研修が終わったらどうする予定なの?」
「まだ決めていませんが、いずれは本格的にコンシェルジュとして働きたいと思っています。」
少しだけ迷いを含んだ口調だったが、目には芯のある光が宿っていた。
「そう、それなら、また、あなたにお願いすることがあるかもしれないわね。」
リリィの言葉に、シノブは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔に戻り、丁寧に頭を下げた。
「もしお力になれることがあれば、いつでもおっしゃってください。」
「ええ、その時はよろしくね。」
リリィは満足そうに微笑んだ。
◆宿泊施設の整備
ニューヨークの研究所に、ついに全員分の宿泊施設が整備された。転移や戦闘で疲れ切った一行は、それぞれの個室でようやく一息つくことができた。
柔らかいベッドに身を投げたマーガレットが、鼻を鳴らして転がる。
「このベッド、最高ニャ~。ずっとここに住みたいくらいだニャ~。」
一方、ジャックは早速、研究所の設備を確認して回り、ホー博士と技術的な議論を交わし始めていた。
◆人工魔石の説明と魔法陣印刷の実験
翌朝、研究室に集合したメンバーたちは、ギルスから人工魔石の製造についての説明を受けていた。
彼は実験台の上に極小のミスリル銀の粒を置き、その周囲に繊細な魔法陣を描いている。
「これが核になるミスリル銀。ここに魔力をかけると、魔素が集まり始めます。地球には魔素が無いから、こちらの魔石から放出させてます。」
やがて、小指の先ほどの青く輝く魔石が現れた。
「普通の魔石よりも美しいわね。」
リリィがその光に見入ってつぶやく。
ギルスは自信を込めて説明を続けた。
「核を大きくすれば反応も早くなって、大きな魔石が作れるんです。粉に砕けば、魔法陣用のインクにもなりますよ。」
リリィが思案顔で口を開く。
「人工魔石の粉を、コピー機の黒いトナーに混ぜたらどうかしら?」
ホー博士とジャックが目を見開く中、ギルスはすぐさま試作に取りかかった。コピー機のトナーに魔石の粉を混ぜ、簡易魔法陣を印刷。そして魔力を込めると、印刷された紙の中心に、小さな光の玉が現れた。
「成功ね。これで魔法陣の大量生産が可能になるわ。人工魔石があれば、少ない魔力でも、ゴーレムを何十万体でも作れるわね、ジャック。」
リリィの笑顔には、敵への“十倍返し”の予感が漂っていた。
◆ドローンの再利用計画
続いてジャックが、捕獲したドローンの一体を机の上に置いた。
「これが熱海で捕らえたドローンの一つ。中のICチップに、ゴーレム魔法を施す。さらに、機体全体にゴーレム魔法を展開すると」
彼が魔法陣を展開すると、ドローンは淡く光を放ち、ふわりと空中に浮かび上がった。ジャックの指示に従い、ゴーレム化したドローンが滑らかに動き始める。
「100体近く捕まえたからな。全部ゴーレム化して、お返ししてやろうぜ。」
ガルドが腕を組みながら笑う。
リリィは楽しげに提案する。
「毒ガスや爆弾は取り外して、代わりに爆音・強閃光・お花畑魔法・転移魔法の魔法陣を組み込むの。敵が襲ってきたら、全員を牢屋に転移させて終わり、ね。」
「「「「なるほど、それは便利だ」」」」
ジャックが満足げに頷いた。
「敵のドローンと空中戦をしても、こっちのゴーレム化ドローンの方が優勢だな。」
◆研究の一区切りと癒やしの時間
夕方、マーガレットが研究所内を探索していると、施設の一角にジャグジーを発見した。
「リーダー! 見てニャ! ここ、大きなお風呂があるニャ!」
リリィが駆けつけ、その光景を見て思わず微笑む。
「これ、ジャグジーね。ホー博士、こんな施設まで用意してくれてたの?」
ホー博士が笑顔で答える。
「たまにはリラックスも必要だと思ってね。さあ、みんなで使うといい。」
全員が水着やタオルを用意し、ジャグジーに入ることになった。立ち上る湯気、泡の流れ、広々とした湯船。誰もが疲れを解きほぐされていくのを感じていた。
マーガレットは耳まで湯に浸かりながら、ゴロゴロと猫のように転がる。
「こんな気持ちいいお風呂、久しぶりだニャ~。ブクブクの泡が気持ちいいニャ~。」
ガルドは大きな身体を湯に沈め、満足そうに目を閉じて言った。
「体の疲れがどんどん抜けていくな。熱海の温泉も良かったが、ここも最高だ。」
マモルはジャグジーの端で頭をもたれさせ、感嘆の声を漏らす。
「一日の終わりにこうしてくつろげるなんて、まるで夢みたいだ。」
ジャックが縁に座りながら、肩を回す。
「こういうところに科学の力を使うのって、いいよな。魔法にはない発想だ。仕事終わりに最高だ。」
ギルスが泡立つお湯を見つめながら、うなずいた。
「この湯もクリーン魔法でいつでも清潔に保てます。クリーン魔法を応用してみる価値がありそうです。」
リリィはジャグジーの中央で、満ち足りた笑みを浮かべながら全員を見渡す。
「こうして一緒に過ごしていると、私たちが一つのパーティだって改めて感じるわ。」
ガルドが拳を握りながら頷いた。
「どんな敵が来ても、大丈夫だ。俺たちで守り抜こうぜ。」
泡の音に包まれながら、ニューヨークの夜はゆっくりと更けていった。
◆風呂上がりの時間
ジャグジーから上がった後、メンバーは研究所のテラスに集まり、風呂上がりの飲み物を手にしていた。
グラスには、キンと冷えたフルーツジュースや微炭酸のミネラルウォーター。夜風がほてった身体をやさしく冷ましてくれる。
遠くにはニューヨークの摩天楼。輝く明かりがきらめき、静寂の中に都市の鼓動が溶け込んでいた。
ホー博士がゆっくりとグラスを傾け、微笑みながら言った。
「こうしてリラックスして過ごせるのも、皆さんのおかげです。私を健康にしてくださって、本当にありがとうございます。」
誰も言葉にせずとも、その言葉はメンバー全員の胸に深く沁みた。
リリィは静かに頷き、マモルは感謝のような表情でホー博士を見つめた。ガルドは黙って拳を握り、ジャックは空を仰いだ。マーガレットは猫のように丸くなってソファに転がっていた。
ギルスも、ほっとしたようにグラスを持ち上げる。
◆オークション結果の知らせ
リリィのスマホに通知が届いた。画面には、細胞活性装置の2個目がネットオークションで落札されたという報せが表示されていた。
落札者はインドの大富豪。提示された金額は、誰もが目を疑うような驚異的な数字だった。
――3458億ドル、日本円にして約51兆円。
リリィはゆっくりと画面を閉じながら、周囲の仲間たちに告げた。
「次はインドね。装置を届けてセットする準備を始めましょう。」
マモルが目を輝かせながら言う。
「インドか。タージ・マハルとか見られるかな。ちょっと楽しみです。」
「観光じゃないわよ。」
リリィは笑いながら釘を刺した。
「落札者に細胞活性装置を届けて、しっかり安全を確保してあげないと。」
「まずは、インドの本格カレーを食べに行くのが楽しみニャ!」
一瞬の静寂の後、全員が笑い声を上げる。
心地よい空気の中で、夜はゆっくりと更けていった。




