第17話 国際警察組織の創設を提案 2018.6
翌朝、拠点のダイニングルームに集まった『虹色の風』の一行は、早速ニューヨークへ向かう準備を始めていた。
ジャックが地図を広げながら説明する。
「国連本部はマンハッタンにある。この辺りに菱紅商社のニューヨーク支社があって、そこに転移陣を設置してあるから、ロサンゼルスと同じように移動できるよ」
マーガレットが鼻先をクンクンさせながら言う。
「ニューヨークにも、美味しい食べ物があるといいニャ」
ガルドは拳を握りしめて言う。
「ビルが森のように建ち並ぶって場所だろ。楽しみだ。安全に行こう」
リリィは少し張り切った口調で言った。
「みんな、今回は“国際警察組織”の創設を、国連事務総長にお願いするのよ。2132億ドル(約31兆円)を原資に、世界の問題を“平和裏に”取り締まる仕組みを提案するわ。簡単じゃないけど、やるだけやってみましょう」
コモンがメモ帳を見ながら補足する。
「2132億ドルといっても、そのまま国連の予算に放り込んで終わり、ってわけにはいかない。新組織の形を提案して、正当に使ってもらう必要がある。下手に流用されたら意味がないからな」
「じゃあ、行くわよ。いつもの転移陣で!」
リリィの号令で、メンバーたちは転移陣へと向かった。
◆ニューヨーク・マンハッタンへ
転移した先は、菱紅商事ニューヨーク支社のビルの一室。窓の外には摩天楼が立ち並び、ガラス越しに行き交う人々や車の喧騒が見える。支社の担当社員数名が出迎えてくれた。
すぐに黒塗りの車数台に分乗し、国連本部へ向かう。一面に各国の国旗が掲げられた巨大な建物を前に、マモルは胸の高鳴りを感じていた。
(ここが国連ビルか。異世界人と一緒に、こんな場所に来ることになるなんて)
三田部長は先にニューヨーク入りしており、事務総長との面会ルートを整えてくれていた。今回の面会は非公開。メディアを完全にシャットアウトしたクローズド・ミーティングとなっている。
◆国連ビル内部
厳重な警備を抜け、エレベーターで高層階へ。奥まった応接室に通されると、そこには初老の黒人男性と数名のスタッフが待っていた。落ち着いた雰囲気をまとったその人物こそ、国連事務総長・アンサ氏だった。
「皆さん、日本からいらしたと伺っています。国連を通じて世界に貢献なさると。正直、まだ半信半疑ですが、ぜひ詳しくお話を聞かせてください」
アンサ事務総長はにこやかに語り、リリィ、ジャック、コモンを見渡す。一方、マーガレットとガルドは後方で控えており、国連スタッフたちは好奇と緊張の入り混じった視線を送っていた。
◆2132億ドルで“国際警察組織”を
まず、コモンがデータを示しながら提案を説明した。
「我々は、先日のネットオークションで2132億ドルを調達しました。この資金を、国連の下に新設する“国際警察組織”の予算として提供したいと考えています。目的は、戦争・紛争・テロ・貧困暴動に対して、平和的に抑止・解決することです。これは軍隊ではありません。重要なので繰り返しますが、国連軍の創設ではありません」
アンサ事務総長は目を丸くした。
「2132億ドル、これほどの資金の提供とは、信じがたい話ですね。魔法の力についても、私はまだ完全に理解できたわけではありません。しかし、もしこれが本当に可能なら」
アンサ氏は顎に手を当て、しばし沈黙したあと続けた。
「この構想が実現すれば、確かに世界平和に大きく貢献するでしょう。ただ、各国の利害への影響を考えると、慎重な見極めが必要です。安全保障理事会での協議が不可欠です」
ジャックが静かに言葉を継いだ。
「我々の目的は、ただ一つ。地球が人災で滅びるのを防ぎたい、それだけです。今のままでは、各国の軍拡と牽制の連鎖で、争いが絶えない。だからこそ、戦争を止める“国際警察”が必要だと考えています」
リリィはまっすぐアンサ氏を見つめた。
「私たちは魔法で建造物を撤去したり、放射能を消去したりできます。でも、それだけでは世界を平和にはできません。紛争を未然に防ぎ、利害を調整するには、“ルール”と“警察権限”が必要です。だからこそ、国連の枠組みが不可欠なのです」
アンサ事務総長は驚きと慎重さが入り混じった表情で、スタッフと視線を交わし、そして深くうなずいた。
アンサ事務総長が慎重な口調で言った。
「なるほど、しかし、2132億ドルという膨大な資金を動かすには、各国の合意も必要です。安全保障理事会の常任理事国たちが、これをどう受け止めるか。」
コモンがさっと書類を差し出す。
「これは、“国際警察組織”の具体的な運用案です。名称は仮ですが、WPGとしました。ここには、各国から武器を預からずに、あくまで警察としての装備を整え、魔法や科学技術で非武力的に紛争を封じ込めるイメージを描いています。
既存の国連平和維持活動(PKO)とも連携し、他国の軍事行動を阻止するにはどうすればいいか、段階的に提案しています。」
スタッフたちが書類を回覧し始め、ざわざわと声を交わしている。事務総長は静かにそれを見守っていた。
◆回復魔法のアピール
やがて事務総長が資料から顔を上げた。
「これは大きな話だ。正直、驚きと戸惑いがある。財源があるとはいえ、世界中の問題をすべて解決できるわけではない。しかし、君たちの魔法というのは、先日ニュースで見た福島原発の廃炉の件にも活用されたそうだね。あれは、本物なのか?」
リリィは椅子から立ち上がり、左手をゆっくりと掲げた。淡い光が宙に球体を作り出し、その光が部屋中に広がっていく。事務総長やスタッフたちは目を奪われたが、すぐに体が温まるような感覚に包まれた。
「これは私の回復魔法です。大きなケガや病気の治療もできます。今、肩こりや腰痛がある人は、かなり楽になったはずです。」
スタッフの一人が驚いたように肩を回す。
「なんだか、すごく軽い。」
事務総長もほほ笑んでうなずいた。
「なるほど、確かに私のひざが楽になった気がします。この魔法は攻撃に使うものではないのですね。平和的な力だ。」
「そうなんです。この回復魔法のほかにも、錬成や結界など、いくつかありますが、それらは皆、人々を守るために使ってきた力なのです。」
一通りの説明を終えた後、アンサ事務総長は神妙な面持ちで言葉を選んだ。
「皆さんの提案は、歴史的にも例を見ないものだ。2132億ドルという巨額を使って、国連のもとに国際警察組織を作るなんて、夢物語と思われるかもしれない。しかし、私は前向きに検討したい。世界が抱える危機に対して、何もしないで傍観するより、はるかに意義がある。」
リリィは微笑んで答える。
「ありがとうございます。もちろん、常任理事国や各国の思惑があり、大変だと思います。でも、私たちにできることがあれば、いつでも協力します。一歩ずつ、進めていきましょう。それから、資金はこれが最初で、これからも資金援助は続けていきますので、今回は1年分ということで、来年にも同額、お渡しします。」
事務総長の顔が驚きに固まった。
「2132億ドルが年間予算?」
リリィがにっこり笑う。
「そうです。これは手始めです。まだまだ続きますよ、事務総長。」
事務総長はうなずきながら言った。
「では、早速、常任理事国の代表たちに個別に説得していきましょう。この構想は極秘扱いですが、いずれ国際会議で大きく議題に上るでしょう。」
会議室の全員がうれしそうにうなずいた。
◆国連をあとにして
会合を終えて部屋を出ると、すでに日は傾いていた。国連ビルの巨大な窓から、美しい夕焼けが見下ろせる。
三田部長が小声で言う。
「皆さん、お疲れさまでした。これから先、世界中からいろんな声があがるでしょうけど、まずは事務総長が動くというだけでも大成功ですよ。帰りに少しニューヨークを楽しんでください。」
マーガレットが目を輝かせる。
「やっぱり、美味しいものが食べたいニャ。それから自由の女神も見たい!」
リリィがクスッと笑ってうなずいた。
「そうね。少し観光していきましょうか。」
マモルは拳を握りしめ、窓の外を眺める。
「こうしてニューヨークに来ているなんて、夢のようだ。」
ガルドが豪快に笑う。
「おう、肉が食いたい。でかいステーキを食おうぜ!」
メンバーはそれぞれ、達成感と新たな期待に胸を膨らませ、国連ビルをあとにした。
夕日に染まるマンハッタンの街並みを背景に、リムジンに乗り込んで、ニューヨークの名物料理を満喫しに出かけるのだった。
「国連の巨額資金を狙って、各国がどう動くか。」
不安が大きすぎて、マモルは考えるのをやめて、今を楽しもうと決めた。
◆夜のステーキハウスにて
その夜、ニューヨークの高級ステーキハウスで、パーティ一行は夕食を楽しんでいた。巨大なステーキがテーブルに並べられると、ガルドが満面の笑みで叫んだ。
「これだ!これが俺のニューヨークだ!」
マーガレットがフォークでステーキを突き刺しながら笑う。
「お肉ニャ。ジューシーで柔らかい。お肉ニャ〜、もっと、冷ましてからいただくニャ。」
一方、マモルは肉を一口食べて感動しながら、リリィに尋ねた。
「ねえ、リリィさん。今日の提案、うまくいったのかな? 国連の事務総長さん、すごく熱心そうだったけど、賛成してくれそうだったね。」
リリィはワインを一口飲み、微笑んで答えた。
「いろんな思惑が絡むから、一筋縄ではいかないと思う。」
ジャックがうなずきながら言う。
「そうだな。国際政治は複雑だ。だけど、あの資金と俺たちの魔法を考えれば、決して無視できないはずだよ。大事なのは、信頼を築くこと。」
ガルドが力強く拳を握る。
「もし誰かが邪魔しようとしたら、俺が黙らせてやるぜ! もちろん、平和的にな。」
マーガレットは少し表情を曇らせてつぶやいた。
「でもニャ、今日の話を聞いてた国連のスタッフたち、ちょっと怪しそうな目で見てた人もいたニャ。もしかして、どこかの国がこの計画を利用しようとするかもしれないニャ。」
パーティは夜遅くまでニューヨークの夜景を楽しみ、リムジンで支社に戻った。
◆翌日、窓口の派遣
翌朝、リリィがアンサ事務総長に申し出た。
「アンサ事務総長、私たちの窓口を事務総長のそばに派遣しておきます。国連事務総長の秘書として、お使いください。コモンです。」
分身体コモンが、一歩前に出て、事務総長と笑顔で握手を交わした。