第16話 アメリカの大富豪のところへ 2018.6
「リリィさん、僕もアメリカについて行っていいですか? 英語は得意なんです。こう見えてバイリンガルで、数か国語を話せるんですよ」
リリィは明るい声で答えた。
「もちろんよ。アメリカでも活躍してもらうわよ」
マモルは、アメリカでは自分が役に立てないかもしれないと感じていたが、それでも『虹色の風』の活躍を間近で見逃すのは惜しいと思っていた。
「ところで、リリィさん、アメリカのどこに行くんですか?」
「ビバリーヒルズよ。細胞活性装置をネットオークションで落札した大富豪のおじいさまに、装置をセットしに行くの」
「結局、いくらで落札されたんですか?」
「2132億ドル。日本円でおよそ31兆円ね。即金で支払ったんだから、さすが大富豪よ。連日の株売買でアメリカ経済が大混乱らしいけど、まあ仕方ないわね」
「他にアメリカで行くところはありますか?」
「もちろん。国連ビルにも行く予定よ。国連事務総長に会ってくるわ。チャリティーだから、落札金の31兆円はすべて寄付するつもり」
「えええええ!」
メンバー全員が一斉に声を上げた。
「全部、国連に? どういうことだ?」とコモンがたずねた。
「ジャックが言ってたでしょう? 平和を守る警察組織を国連につくってもらうのよ」
「ああ、そうだったな」とジャックもうなずいた。
「でも、本当にうまくいくかな?」
「まあ、なるようになるわ」
リリィは明るく笑った。
◆ロサンゼルス支社に到着
転移陣の光が消えると、そこは菱紅商事のロサンゼルス支社ビルの一室だった。サングラス姿の現地スタッフが出迎えた。
「皆さま、ようこそロサンゼルスへ。リムジンをご用意しております。マクラレン様のビバリーヒルズのご自宅までご案内いたします。オークション落札者は、フォーブスの富豪ランキング常連の大富豪でして、邸宅のセキュリティも厳重とのことです。お気をつけて」
一行はリムジンに乗り込み、ハリウッドの丘や高級住宅地を眺めながら移動した。リリィ、マーガレット、ジャック、コモン、ガルド、案内役のマモルも、車窓からの景色に少し興奮していた。
◆ビバリーヒルズの大邸宅
邸宅の外観はまるで宮殿のようだった。白亜の壁に噴水のある庭園。守衛による厳重なチェックの後、リムジンは玄関前のロータリーで停車した。
「ようこそ、皆さま」
小柄な執事と数人のスタッフが丁寧に出迎え、彼らを邸宅内に案内した。
大理石の床が広がるロビーを抜け、奥の居間に入ると、グレーのスーツに身を包んだ車椅子の初老の男性がいた。傍らには酸素ボンベらしきものが置かれている。
「私はリチャード・マクラレン。今回、細胞活性装置を落札させてもらった。美しい貴女がリリィさんか?」
リリィは柔らかく微笑んで近づいた。
「ええ、私がリリィです。今日はあなたの体に細胞活性装置をセットしにまいりました。どうぞ、楽にしていてくださいね」
◆細胞活性装置のセット
リリィが懐から取り出したのは、卵型の小さな装置。ホー博士に使用したものと同じだった。マクラレンのへその下辺りにそっと当て、静かに魔力をこめる。装置が淡い光を放ち、彼の体を包んだ。
家族たちは不安げな表情で見守っていたが、卵型の装置がマクラレンの体内に吸い込まれていくと、彼の表情に変化が現れた。
見開かれた目が徐々に和らぎ、呼吸が楽になっていくのが誰の目にも明らかだった。
「これはすごい。胸の苦しさが、急激に消えていく」
マクラレン氏は信じられないという表情で酸素マスクを外し、軽く咳をしたあと、深く呼吸をした。
「呼吸がとても楽だ。まさに魔法だね」
リリィは微笑んで言った。
「ええ、あなたの体は、すでに健康体になりました。この装置は、今後100年間、健康寿命をあなたに保証してくれるでしょう」
◆アーロン社長との出会い
「リチャードさん、おめでとうございます。見事な“健康”への投資ですね」
そう言って居間に現れたのは、長身の男性。シンプルな黒のスーツを着こなし、スタイリッシュな雰囲気をまとっている。彼こそ、ロケット開発・電気自動車・ロボット事業で世界的に名を馳せるアーロン社長だった。
「リリィさん、初めまして。僕はアーロン。リチャードの友人であり、彼の投資先企業とも提携しています」
リリィは少し首をかしげながら微笑んだ。
「テレビニュースでよく拝見しておりました。アーロン様、初めまして。お会いできて光栄です」
アーロンは興味津々といった様子で語った。
「君たちのゴーレム、まるでロボットそのものだね。ぜひ、僕のロボット会社で研究させてほしい。一緒に“次世代ロボット”を開発できないかな」
リリィは笑顔でうなずいた。
「いいですね。ゴーレムの能力がさらに進化すれば、人類に大きく貢献できる可能性があります」
◆旅立ちの支度
夕方になり、マクラレン氏はすっかり血色も良くなり、家族に囲まれて安らいでいた。リリィたちは笑顔で別れを告げ、ロサンゼルス支社の転移陣を使って、無事に熱海の拠点へ戻った。
◆熱海の夜
静かな夜。拠点に帰ってきたマモルは、温泉露天風呂に浸かりながら、アメリカでの出来事を思い返していた。豪華なビバリーヒルズの邸宅、そしてアーロン社長の鋭くも熱意ある眼差し。
「アーロンさんって、世界中で知られる天才CEOだよな。ロケットや電気自動車、ロボットまで、あの人は未来を作っている人だ。そのアーロンさんがゴーレムに興味を持つなんて、ゴーレムって科学の目から見ても可能性があるのかも」
マモルは湯から上がると、自室に戻ってパーティ専用チャンネルを開いた。視聴者数はまた伸びており、ついに100万人を突破していた。今日のビバリーヒルズの様子もきっとアップされるだろう。次は国連か。視聴回数はさらに伸びるに違いない。
自分の提案したパーティ専用チャンネルがこれほど人気を集めている。マモルは、それをまるで自分の活躍のように感じ、少しだけ誇らしい気持ちになっていた。