第14話 狙われた細胞活性装置 続き 2018.5
そのとき、周囲の照明が一斉に点灯した。
「えっ、こんなに囲まれているのか?」
ゼーニ警部が青ざめ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「情けねぇな、警察は。おっさんの泣き顔なんて見たくねぇな」
敵ボスがニヤつきながら言い放った。
「魔法ってのはすげぇもんだな。あのバラ、幻想じゃねぇ。まだ消えてねぇしな」
黒い覆面の男が暗闇から現れた。ガルドよりも大柄な男だった。
敵のボスが登場し、その背後から30人以上の傭兵たちが次々と現れる。完全に包囲されていた。
「聞こえてたぜ、魔法は連発できねぇんだろ? フハハハハ。じゃあ、俺たちの勝ちだな。降参しろ。両手を上げて膝をつけ!」
「見晴らしがいい場所なんてここしかねぇからな。第2陣で待ってたら、お前らの方から博士を連れて来てくれるとはな。運がいいぜ」
「あなたが敵のボスなのね?」リリィが鋭い視線を向ける。
「ああ、俺が現場の隊長だ。さあ、俺たちの勝ちだ。さっさとあきらめな」
「そう、仕方ないわね」リリィは肩を落としたように見せかけた。
「えぇ!? リリィさんがあきらめるって、最悪だ!」
ゼーニ警部が地面にうずくまり、頭を抱える。「殺される、殺される」と呟き続けている。
「じゃあ、拘束」
リリィが片手を上げると、キィンという音が鳴り、空気が止まったように静まり返った。
「なっ、なにをした! そこの女ぁ!」
「結界で拘束したのよ。あなたの上司を捕まえるのは諦めるけど、ここにいないなら仕方ない。ザコボスで我慢してあげるわ。ふんっ」
「なんだと!? ザコだと!?」
敵ボスが踏み出した瞬間、見えない結界に鼻をぶつけて転びかけた。
「魔法は連発できねぇんじゃなかったのか!?」
「あはは、これが今日最初の魔法よ。それに、この程度の結界なら、何回でも張れるわ」
「ちくしょおおお!」
敵ボスは怒りに任せて機関銃を乱射するが、すべての弾は結界に阻まれ、薬きょうだけが足元にバラバラと落ちていく。
「両手を広げて、地面に寝なさい!」
リリィが再び片手を上げて振り下ろすと、
ぐあああ!
辺りから悲鳴があがり、照明が数カ所バチバチと音を立てて壊れた。
傭兵たちは次々と地面に叩きつけられ、大の字に倒れ込む。敵ボスの顔は地面にめり込み、白目を剥いて失神していた。
「結界の高さを20cmにしたの。地面が柔らかくて良かったわね、ザコボス」
「ゼーニ警部、後はお願いします」リリィが振り返ると、
「へっ? 勝ち? 私たちが勝ったのか!?」
涙目のゼーニ警部は、状況の急転に混乱していた。
「そうよ。見ての通り、プランBで大成功。保養所の方も敵を収容してね」
そのとき、別の方向から声が響いた。
「それはどうかな。くふふ」
見ると、車椅子を押していた看護師が、ホー博士の首元にナイフを突きつけていた。
「おっと、誰も動くなよ。変な術でホー博士を巻き込むのはダメだろ? おとなしくしてな」
看護師は無線機を取り出し、仲間に何かを伝えていた。どうやら、傭兵の一味だったらしい。
しばらくして、上空からヘリの音が響いてきた。一機のヘリが近くに着陸した。黒ずくめの男たちが別のヘリからロープを使って次々と降下してくる。
「そうそう、ホー博士をヘリに乗せるまでは、お前らはじっとしてな」
看護師がナイフを突きつけたまま、ホー博士を乗せた車椅子を後ろ向きに引いて、ヘリへ向かう。
「プランCってないのか」
ゼーニ警部が頭に手を当てたまま、リリィに尋ねる。
「もちろん、あるに決まっているでしょ」
リリィが微笑むと、
バキィッ! という音が響く。
ホー博士がナイフの刃を握りつぶし、根元からへし折ったのだった。
「なんだ?」
看護師の男が、根元から折れたナイフの柄を呆然と見つめている。
その隙にホー博士が立ち上がり、偽看護師の腕をつかんで豪快に投げ飛ばした。10メートルは飛んだだろうか。男は背中から地面に落ちて悶絶している。
リリィはすかさず、ヘリから降りてきた黒ずくめの傭兵たちをまとめて結界で拘束。偽看護師も結界に包み込まれ、顔を地面に押しつけられたまま気を失った。
「ホー博士、元気になりすぎじゃないですか」
ゼーニ警部があきれたように言う。
「あはは、そうね」
リリィが笑って応じる。
ゼーニ警部とマーガレットは保養所の方へ戻り、傭兵たちの収容作業に取りかかった。
マーガレットがバラの幻影を解除しながら、眠っている黒ずくめの傭兵たちを拘束していく。彼らは皆、穏やかな寝顔をしていた。お花畑魔法の影響で、バラの棘も睡眠薬程度の効果だったようだ。
「よし、全員に手錠をかけろ! 足にもかけるんだ!」
「武器や刃物を隠し持ってる可能性がある。取り上げるのを忘れるな!」
「ヘリから降りた連中も忘れるなよ!」
「手分けしてキビキビ動け! 急げ!!」
ゼーニ警部は完全に復活し、大声で指示を飛ばしていた。
転がって気を失っている傭兵たちを見ながら、リリィが言った。
「もういいわよ、コモン」
その言葉に応じて、ホー博士が顔に手を当てて変装マスクを外す。
「この変装マスク、すごい技術だな。俺は分身体だから、体の固さや形は自由にできるけど、顔を似せるのはやっぱり難しいからな」
なんと、ホー博士はコモンの分身体だった。
「魔法世界にはこういうのないわね。あっちは認識阻害や変身魔法があるから、逆にこういう技術は発展していないわね」
本物のホー博士は、作戦決行前に日本の熱海拠点に転移で避難させてあった。当然、ゼーニ警部や警察関係者には知らせていない。
「じゃあ、分身のコモンにはこのまま1週間ほど、博士役を続けてもらうわ。私たちは帰還するわよ」
「ちょうど、ゼーニ警部とマーガレットも戻ってきたみたいね」
「ゼーニ警部、こちらの連中も収容お願いね。車は足りてる?」
「ああ、大丈夫だ。応援を呼んである。ははは、兵隊に勝てる警察官ってのも悪くないな」
ゼーニ警部は上機嫌だった。立ち直りが早い。
警官たちは気絶している傭兵たちに手錠をかけて、次々と護送車に詰め込んでいく。
パーティ全員が保養所の会議室に戻ると、そこには震えながら出てきた菱紅商社のスタッフ達がいた。どうやらずっと隠れていたらしい。
「それじゃあ、みんな行くわよ」
「ゼーニ警部、ホー博士、さようなら」
「ご協力、感謝いたします」
ゼーニ警部が敬礼をして見送る。
パーティが転移陣の上に立つと、光が満ちて転移が発動する。
・・・・・・
一瞬で熱海市の拠点へと帰還。時差の影響で、こちらは明るい。
「まずは博士の様子を確認しましょう」
リリィがコンコンとノックして特別室に入ると、ソファに座ったホー博士が、安心したような笑顔でこちらを見つめていた。
「ホー博士、イギリスの件は無事に解決しました。傭兵を50人ほど捕らえましたよ」
ジャックが報告する。
「しばらくはこの熱海の拠点でお過ごしください。安全ですし、美味しい食事も温泉もありますよ」
リリィが言うと、博士はにっこり笑った。
「ありがとうございます。そうさせていただきます。景色もいいし、温泉、楽しみです。湯船に浸かれるとは贅沢です」
「転移魔法で一瞬で日本に来られるなんて、本当に便利ですね。魔法の研究にも興味が湧いてきました」
博士はゆっくりと立ち上がり、メンバーひとりひとりと丁寧に握手していった。
「リーダー、お腹が空いたニャ〜」
マーガレットが脱力系の声で言い、皆が笑顔になる。
「マーガレット、お疲れ様」
「もうそろそろ、豪華なお重のお弁当が料亭から届く頃よ。予約しておいたの」
「さすがリーダー、分かってるね〜」
「僕、味噌汁作りますね!」
マモルが張り切ると、皆がうれしそうに頷いた。
ダイニングテーブルの上には、人数分より多くのお重が並べられていた。ガルドが3つは食べるからだ。
リリィはイギリスに残っている三田部長に経過報告の連絡を入れる。
三田部長には、ホー博士が熱海に避難していることや、イギリスにいた博士がコモンの分身体であることもすでに伝えてあった。
そして皆で、博士を囲んで懐石料理のお弁当を楽しんだ。
ホー博士はスプーンとフォークを使って器用に料理を口に運んでいる。日本食がすっかりお気に入りのようだ。
「博士、あとで温泉に行きましょう。拠点のお風呂は広いんですよ!」
マモルが誇らしげに言う。
新たな仲間ホー博士を迎え、“虹色の風”の一行は、和気あいあいとしたお花見のような時間を味わっていた。