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第13話 狙われた細胞活性装置 2018.5

 3日後、熱海の朝。広いダイニングルームには、さまざまな朝食メニューが並んでいた。みんな食べたいものが違うからだ。

 朝と夜の食事は、菱紅商社が雇った優秀な家政婦が作り、東京本社の会議室に用意される。それがボタンひとつで、このダイニングテーブルに転移される仕組みになっている。


 リリィたちは、それぞれ好みの朝食をとりながら、テレビのニュースを眺めていた。


 世界ニュースのコーナーで、キャスターが手元の資料を読み上げる。


「昨日のBBC放送で『ホー博士の世界』が過去最高の視聴率を記録しました。放送中にホー博士の病状が改善し、最後には電子音声ではなく自分の声で話されましたね。驚きでした」


「また、医師と思われる女性が語った“細胞活性装置”という機器が話題を呼んでいます。難病を根治し、寿命まで延ばせるというのです。異世界人と名乗る彼女の言葉には現実味がありませんが、まるでSF映画のようですね」


「詳細は明らかにされていませんが、この細胞活性装置がネットオークションに3つ出品されるという話は確かなようです。いったい誰がいくらで落札するのか。世界中が注目しています」


 テレビを見ながら、コモンが硬い表情でパンをかじりながら言った。

「世界中からBBCに問い合わせが殺到しているらしい。医療機関や投資家が『細胞活性装置』を欲しがっている。博士の安全のためにも、早く出品してしまうべきだ」


 リリィがジャックへ視線を送る。

「ジャック、予定通り、今日中にひとつ出品しましょう。世界の関心をホー博士から逸らさなければ」


「了解。準備は完了しているよ。今日の昼にはシンガポールの拠点から出品できる。明日の昼には落札されるはず。1カ月に1つずつ出品していこう。そっちの方が値段も上がるしね」


「コモン、シンガポールの拠点は菱紅商社の支社の間借りよね?」


「そうだ。電話と郵便物が届くだけの小さな事務所に、俺の分身を常駐させてある。情報はすぐに分かる。いざとなれば、現地スタッフも動かせるよう三田部長の許可ももらってある」


「よかったわ。これで、ネットオークションの収益も税金が少なく済む」


「そうさ。シンガポールはタックスヘイブンで有名だからね。菱紅商社もネットオークション会社も手数料は最小限」


「日本の税率じゃたまったもんじゃないわ。個人45%、法人23%、さらに住民税で10%アップ。100兆円規模の売上じゃ税額が恐ろしい」


「まったくだ」コモンが大きく頷いた。


「それと、法人化して“冒険者ギルト株式会社”って名前にしたけど良かったのかしら?私とコモンで決めちゃったけど」


「うん、いいと思う」ジャックが手を挙げ、他のメンバーも同意するように手を挙げた。


「“冒険者”って名前は、俺たち“虹色の風”にぴったりだからな」ガルドが笑って言う。


「それから、ホー博士にはこちらに避難してもらった方がいいわ。申し訳ないけれど、博士が狙われる可能性があるの」


 リリィがスマホを手に取り、菱紅商社の三田部長に連絡を取った。

「ロンドン警察庁が動いて、博士の避難を完了させたみたい。今は、古い城跡に建てられた保養所にいるそうよ。でも、敵が傭兵を雇って博士を誘拐しようとしているという情報もあるわ」


 マモルはコーヒーを飲みかけて、盛大にむせた。

「えっ、傭兵!? さすがに怖いなあ。SPや警察でも逃げちゃうんじゃ」


 リリィは眉をひそめて立ち上がった。

「私が甘かった。博士に危険が迫っているのなら、私たちで対処するわ。ガルド、転移陣を準備して。マーガレット、今回はあなたが主役よ。傭兵をお願い」


「了解ニャ~」


 ガルドは筋肉隆々の腕をぐるりと回しながら、地下ガレージへの階段へ向かっていった。


 マモルが不安そうにマーガレットを見た。

「マーガレットさんがメインって、どういうこと?」


 猫耳をぴこっと動かしたマーガレットが、鼻息を荒くしながら言う。

「マモルさん、今回は、私のお花畑魔法が炸裂するんですよ。ニャハハ」


 そのとき、モニター画面に三田部長の顔が映し出された。


「リリィさん、ロンドン支社から連絡が入りました。博士の避難している施設に転移陣をセットできました。いつでも転移可能です」


「わかりました。私たちもすぐに向かいます、三田部長」

リリィがきっぱりと答えた。


 そしてパーティは、拠点地下ガレージの転移陣を起動し、ロンドンへと飛んだ。


 一瞬でロンドンの保養所の会議室に到着。菱紅商社のスタッフが出迎えた。双方向の転移陣を設置すれば、魔石の魔力のみで転移が可能となるため、ガルドの負担は最小限で済む。長距離転移はこの方式が基本らしい。


 保養所は、まるで城壁に囲まれた中世のお城のような佇まいだった。正面入口付近には、警官やSPの姿が見え、ただならぬ緊張感が辺りに漂っていた。


 リリィたち“虹色の風”のパーティと、イギリス政府関係者、そして警察の幹部らしき人物たちによる作戦会議が始まった。


「リリィさん、電話で“いい作戦がある”と聞きましたが、説明をお願いできますか?」と、警察のゼーニ警部が尋ねた。


「はい。傭兵が保養所に近づいたら、マーガレットの『お花畑魔法』で無力化します。1キロ四方に展開し、幻想の花びらと香りで敵を虚脱状態に導きます。私たちは結界の中で影響を遮断し、その間に敵を拘束します」


「そんな簡単にいきますか? 相手は人を殺すことに慣れた傭兵ですよ」ゼーニ警部が不安げに言う。


「大丈夫です。マーガレットのお花畑魔法は超強力ですから」


「5分で正気に戻るのですか? こちらの警官で試してもらえますか?」


 指名された警官は、渋々ながらも覚悟を決めて頷いた。


「マーガレット、お願い」リリィが言う。


「了解ニャ」


 猫耳をぴょこっと揺らしながら前に出たマーガレットは、小さく呪文を唱えた。指先から色とりどりの花びらが舞い、優しい香りが広がった瞬間、警官は幸せそうな笑顔を浮かべてその場に座り込んだ。


「おい、しっかりしろ!」ゼーニ警部が揺さぶっても、警官はぼんやりしたままだ。

「すごいな」


 5分後、警官は目を見開いて正気に戻り、ゼーニ警部に頭を下げた。


「なるほど、これは本物ですね。花びらと香りの効果は5分。しかも、あれを1キロ四方に展開できると?」


「そうだニャ。マスクをしてても効くニャ。今日は手加減してるけど、本気出せばもっと強いニャ」


 皆が思わずごくりと唾を飲み込んだ。


「この魔法、十分に使えそうですね。これをベースに配置を見直しましょう」


 ゼーニ警部を中心に、警官やSPの配置計画が練られていった。


 その夜、保養所上空に突如として風が巻き起こる。

 傭兵部隊のヘリが6機、保養所の周囲を旋回し、黒ずくめの傭兵たちが次々とロープで降下を開始した。


「やれやれ、どこの国の連中かね。さあ、作戦通りに動くぞ」

 ゼーニ警部が無線で部下に指示を飛ばす。


「ヘリ6機。敵は黒ずくめ、確認できる人数は約30人です」


「全員降下を確認。ヘリが離れるまで待って、マーガレット、展開を」


「了解ニャ」


 マーガレットが部屋の外に出て、両手を高く掲げて詠唱を開始。全身から立ち昇った光が空へ向かって放たれ、幻想の花畑が保養所を覆っていく。香りと視覚の魔法が重なり、傭兵たちの動きが鈍っていく。


「まやかしに惑わされるな!気を引き締めろ!」


「博士以外は殺せ!」

 機関銃の連射音が響き、ドアが破られた。


 ビビッ

「スタンガンを弱にして当てろ!正気に戻るぞ!」


 傭兵リーダーの声が無線越しに響く。


「そちらの状況は?」ゼーニ警部が聞く。


「結界が銃を防いでいます。車両にも被害はありません。しかし、スタンガンを受けた敵が正気を取り戻しつつあります」


 外の警官たちから無事の報告と、敵の復活を伝える映像が次々に届く。


「どうやら、スタンガンが花畑魔法の効果を打ち消しているようですな」

 ゼーニ警部が頭をかきながらリリィを見る。


「スタンガンって何ニャ?」


「電気ショックの道具です。マーガレット、もう一度魔法を使えますか?」


「魔力回復には5分必要ニャ」


「おっと、そうですか」

 ゼーニ警部が困った表情でリリィに視線を送る。


「プランBね。逃げましょう。ガルド、転移の準備は?」


「いつでもいけるぜ」


「みんな集まって!」


 パーティが部屋の隅に集合したと同時に、転移陣が輝いた。


 そのとき、ドアが蹴破られ、傭兵が踏み込んできた。


 一瞬の後、パーティは保養所から1キロ離れた見晴らしの良い丘の上に転移。


「マーガレット、レベル2でお願い」


「了解ニャ!」


 再び両手を高く掲げて詠唱するマーガレット。今度は赤いバラが咲き乱れ、棘を持つツタが地面から伸びていく。保養所一帯を、まるで茨の森のように包み込んだ。


「レベル2は優しくないニャ。棘に刺されると1日は動けなくなるニャ。ニャシシ」


「ゼーニ警部、敵はバラのツタに拘束されました。我々に被害はありません」


 無線での報告に、ゼーニ警部はリリィに向かって深く頷いた。

「マーガレットさん、レベル2、凄まじいな」


「でも次に使うには1時間の休憩が必要ニャ」

 ポーションを飲みながら、マーガレットがけろっとした顔で答える。


「みんな、警戒を続けて。敵がまだ残っている可能性があるわ!」


 リリィの声に、全員が再び周囲を見渡した。

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