第10話 無毒化と新素材 2018.4
翌日の昼、熱海の新拠点にて。リリィ、ジャック、マーガレットの三人が、新メンバーのギルスを連れて帰還した。
リビングでは、さっそく皆にギルスを紹介した。
「みんな、彼が錬金術師のギルスよ。なんと彼は人工魔石を開発したの。凄腕の錬金術師よ。仲良くしてね」
「彼には、科学と魔法を融合するプロジェクトで、新素材の開発を担当してもらうわ。コモン、ギルスの希望に応じて研究所を用意してくれる?」
「了解だ、リーダー。研究所の場所はアメリカがいいだろう。研究の制限が少ないし、タックスヘイブンの州ならコストも抑えられるからな」
「それでお願いするわ。三田部長に要望を伝えて、アメリカに研究所を準備してもらう。ガルド、転移陣でギルスの研究所と拠点をつないでくれる?」
「おうっ、任せとけ。ギルス、よろしくな!」
ガルドはギルスと握手を交わし、頼もしげに笑った。
その後、ジャックがギルスを案内して、彼の部屋や露天風呂を見せて回った。
その頃、マモルがキッチンでコーヒーを淹れていると、リビングのテレビがニュースを大音量で伝え始めた。
「『バスで瓦礫を市街地に運んでいる』、『汚染物質を海に投棄している』といった情報の真偽で日本中が騒いでします」
マモルは困惑した表情で、ため息をついた。
「はあ、だんだん酷くなってるなぁ」
翌日、熱海の拠点で会議が開かれた。
「ギルス、これがプルトニウム、そしてこっちがウランのサンプルよ。鉛のケースに入ってるから見えないけれど、菱紅商社の伝手で大学から譲ってもらったの」
「放射性物質って、魔法が使える宇宙では聞いたことがなかったわ。地球の科学が生んだ物質だと思ってたけど、これは新素材の可能性があると思ってるの」
ギルスは鉛のケースを手に取り、興味深そうに眺めた。
「なるほど、放射性物質がある宇宙。異世界とは成り立ちが根本から違うのかもしれませんね。調べてみます」
「鑑定!」
ギルスがウランとプルトニウムの入ったケースに目を向けて唱えると、魔法陣が一瞬だけ光った。
「さすが錬金術師ね。鑑定まで使えるなんて便利だわ」
「これは、すごい。なるほど、そういう構造か」
「リリィさん、ウランとプルトニウムに“錬成魔法”を試してもいいですか?」
「それが他の物質に変わる可能性があるってことね。ええ、いいわよ。もし失敗しても弁償すればいいだけだから」
「ありがとうございます。それでは、いきます!」
「錬成!」
ギルスの両手が光り、魔法陣が展開された。ケースの中が光り始め、まばゆい閃光が走る。
「鑑定!」
再び魔法陣が光ると、ギルスは大きくうなずいた。
「やはり、思った通りだ!」
「リリィさん、素晴らしい結果です。ウランはアダマンタイトに、プルトニウムはミスリルに変化しました!」
「えええええっ!? 本当に!?」
「はい、本当です」
「すごい、ウランがアダマンタイトに、プルトニウムがミスリルに。どちらも異世界では高額で取引される希少金属よ。福島原発跡地は、実は宝の山だったのね! あはは、予想以上だわ!」
「うひょーー!」
会計担当のコモンが、思わず奇声を上げた。
「原子力発電所の廃炉問題が、一転して“宝の山の発掘事業”になっちゃったわ」
リリィは嬉しさのあまり、笑顔で脱力していた。
「これはもう、冒険者ギルド株式会社に“原子力発電所廃炉部門”を設けるしかないな。ウランとプルトニウムを集めるルートを確保しよう」とコモンがいう。
「よし、三田部長を通じて官房長官と会談を申し込むわ。廃炉対策の新案よ。放射性廃棄物の“無毒化事業”。これは儲かるわよ。世界展開も視野に入れて、独占するの。しかも、出来上がったアダマンタイトとミスリルは異世界で売れる!」
リリィとコモンが手を取り合って、くるくると楽しげに踊った。
リリィは咳払いをして仕切り直した。
「さて、ギルスの“錬成魔法”をベースに魔法陣を解析して、一般化しましょう。ジャック、ガルド、頼んだわ」
「いやいや、それ、何年もかかる作業ですよ、リーダー」
ジャックとガルドが同時にため息をついた。
ところが、ギルスがにっこり笑った。
「大丈夫ですよ。僕、それ得意なんです。すぐに一般化できます」
「えええええっ!?」
その場にいた全員が驚き、しばらく静まり返った後、ギルスの才能に感嘆した。
ジャックが会議をまとめるように言った。
「要するに、福島原発の廃炉問題は、“虚無魔法での消去”から“錬成による無毒化”への方針転換を、官房長官に正式に提案するということですね」
すでにリリィは三田部長に連絡を取っていた。
「ええ、そうです。新しい案を提案します。放射性物質の無毒化です。核廃棄物そのものを変質させます。本当です。冗談じゃありません。これなら、不法投棄の疑いも晴れます。官房長官に会談を申し込んでください」
その夜、マモルは露天風呂にゆったりと浸かっていた。
「う〜ん」
隣から、くぐもった声が聞こえてくる。
「マモルさん、露天風呂、最高ですね。気に入りました~」
ギルスが真っ赤な顔でとろけるように呟いていた。
「でしょ? 僕は毎日入ってるよ。湯上がりのジュースも格別だよ」
「ジュース、それも露天風呂の魅力なんですね~。う〜ん」
しかしその直後、ギルスはのぼせて意識を失ってしまった。
「だれか! だれか来てください!」
マモルは、慌てて湯船からギルスを引き上げると、バスタオルを腰に巻いてガルドを呼びに走った。
ダイニングルームでは、リリィが回復魔法をかけて、ギルスは無事に正気を取り戻した。
だが、リリィに叱られ、さらに説明不足だったジャックも一緒にお説教を受けることになった。
ギルスの回復を見届けたマモルは、夜風に当たりながら急いで寝床へと戻った。心も体も、今日は少し疲れていた。