【実録】しいな ここみ vs 黒い安息日
日本には貴族制度がある。
もちろん一般には公表されていないが、賢明なる小説家になろうユーザーともなればご存じであろう。日本には古来から続く貴族制度が今だ存続し、侯爵令嬢や豪華なお城、そこに働くメイドや執事も実在することを。
「黒い安息日」と名乗る貴族令嬢は下々の生活を知るため自らなろうに登録し、多くの作品を鑑賞する傍ら、自身も格調高い作品を投稿していた。自作の低評価と閲覧数の少なさに悩むことはあったが、それでも王立図書館では目にしない才能の原石が如き作品群に触れることで、毎日が充実していた。
「爺や、次の作品を読んでたもれ」
「は、かしこまりましてお嬢さま」
黒い安息日はなろうに投稿された作品を執事に朗読させていた。読む作品の選別は当初執事に任せていたが、彼は妙に偏った趣味趣向で作品を選び、時には1,000,000文字を超えるハードSFを嬉々として33時間休みなく読み上げることもあった。
黒い安息日はその姿に恐怖を覚え、先にジャンルと文字数をある程度指定することにした。ハードSF面白いのに……
「爺や、今回は短めで読みやすい作品を頼むぞよ」
「は、では今日の作品はこちら、純文学でございます」
「冒頭の軍事考証で40,000文字超えとか勘弁であるぞ」
「ミリタリーものではございません」
ミリタリー面白いのに……そんな執事の心の声とは裏腹に、読み上げられたのは「しいな ここみ」先生の「シアワセロボット」という作品だった。純文学というジャンルにはうとい黒い安息日だったが、彼女が好む詩的な表現の中に人間性や苦悩を垣間見せる味わい深い作品で、読後の余韻が後を引く傑作だった。
「爺や、これは大変すばらしい作品ではないか」
「は、私も同感でございます」
「さっそく黄金のインゴット200本ほど下賜せよ」
「なりません、秘匿された貴族の存在が露見致しますぞ」
「ムムム……、ならば如何にすればよいか」
「は、高評価に感想、レビューをお書きになればよいかと」
「ならば左様に致せ」
「御意」
執事は黒い安息日の命じた通り、しいなここみ先生の作品にレビューを寄稿した。拙い文章ではあったが、貴族の代筆として誠意を込めて書いたレビューは先生に届き、程なくして先生自ら返礼のメッセージを送って下さった。執事はそれを黒い安息日に伝えるのだった。
「爺や、してその返礼はなんと書かれておる」
「は、丁重にレビューのお礼が書かれておりました」
「そうであろう、そうであろう、ホーホホホホホ!」
「お嬢さまの作品もお読みになられたそうです」
「なんと、それは光栄なことよ、ホーホホホホホ!」
「作風に見覚えがあると書いておられます」
「三島由紀夫か森鴎外か、ゲーテかサン=テグジュペリか」
「以前交流があった方ではないかと聞いておられます」
「それもまた光栄なことよ、ホーホホホホホ!」
「下ネタ多用した作風に見覚えがあるとのことです」
「ぶふぉーーーーーーーー! 」
黒い安息日は口に含んだ英国王室御用達の紅茶をマーライオンのように噴き出した。紅茶の直撃を受けた執事にとって、それは世界三大がっかり名所のひとつと呼ばれたシンガポールの本家マーライオンを上回る迫力だった。ハンカチで顔を拭く執事に黒い安息日は告げる。
「爺や、今すぐ兵を率いて、しいなここみを攻めよ!」
「それはお嬢さまの好まぬミリタリーでございます」
「ならば軌道衛星より荷電粒子砲を放て!」
「それはお嬢さまの好まぬハードSFでございます」
執事の朗読により洗脳されかかっていた黒い安息日の攻撃方法はともかくとして、執事はなんとか彼女をなだめ、まずは、しいなここみ先生の誤解を解くべきだと提案した。
そもそも黒い安息日の作風が下品であるとは書いていないのだ。下ネタを多用した作品を書く別の作家と作風が似ていると言いたかっただけかもしれない。黒い安息日は落ち着きを取り戻し、誤解を解くよう更なる返信を執事に命じた。そして以下の文面を送信する。
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(下ネタを多用した作品を別名義で書いていたかについて)
いや、絶対違いますw
軽いギャグとしては使いますが
基本的に下ネタを好みません。
苦手ゆえにあえてそういう作品にも
挑戦したいと機会を窺っているのですが
現状力不足です。
(注釈∶実際に送った文章)
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おわかり頂けるだろうか。
この返信は下ネタ疑惑を払拭するために書かれた必死の弁明文である。上品な作家を演じようとする黒い安息日の姿をとくと見よ。
あえて下ネタに挑戦したいと書いた所ですかさず現状力不足と逃げを打つ。あくまで下ネタ嫌いを装う姑息な手段をとくと見よ。
そもそも別人と誤解されることに問題はない。黒い安息日は普段から浜辺美波や有村架純とよく間違われ、サインを求められることも少なくないのだ。しかし下ネタを多用している人物と思われていることだけは何としても払拭せねばならん。何としても……
程なくして、しいなここみ先生からの更なる返信が届いたと、執事から報告が上がった。誤解は解けたという。安堵する黒い安息日に、執事は本文を朗々と読み上げた。
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(前略)その方が活動停止されたのと
黒い安息日さまが活動を始められたのが
ちょうど重なるのと
下ネタを多用しながらも
教養の高さが感じられるところが
なんだか似てるなと感じましたので
勘違いしました。すみませんm(_ _)m
(注釈∶実際に届いた文章)
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下ネタを多用しながらも
下ネタを多用しながらも
下ネタを多用しながらも
下ネタを多用しながらも……
黒い安息日は吐血した。
「ぶふぉーーーーーーーー! 」
「お嬢さま! 気をしっかり! 救護班はまだか!」
「爺や……今夜は中華が食べたいわ……」
「お嬢さま! それは夕御飯! 私が呼んでるのは救護班!」
がく。
「お嬢さまあああああああああああ!」
救急車に乗せられ搬送される黒い安息日の心電図をぼんやりと眺めながら執事は考えを巡らせた。お嬢さまの格調高い作品の、どこに下ネタがあったのだろうか。
大人の事情で削除した長編の男性主人公が終盤まで全裸だった部分だろうか、連載中の長編で主人公のお姫さまが居酒屋で牛のキ〇タマとチ〇コ焼きを香辛料強めで注文したシーンだろうか、作中で男同士のキスシーンが……
(注釈∶全て実際に書かれている)
救急車はサイレンを鳴らし走っていく。
黒い安息日は薄れいく意識の中で誓う。
許すまじ、しいな ここみ。
これ以上黒い安息日の悪名を広げないよう、今後投稿される作品は常に監視してやる……
【 未 完 】
──追記
しいな ここみ先生の投稿許可は頂いております