4.いざとなったら、殿下に全て背負って貰えるようなので!
連れて来られたのは、聖女宮にある庭園だった。聖女様のために植えられた色とりどりの高級そうな花々に圧倒される。聖女宮には物凄い結界がはられているらしく、外部の人間は入って来られない。
人避けもされ、庭園には私とアレクシス殿下の二人きりだ。
だから、アレクシス殿下はいつもの地モードで私を睨みつけた。
「……なにが不服だ?金か?待遇か?」
「……は?」
「言ってみろ。広い心で聞いてやる」
──もしかして、私が今の状況に不満を持っていると思われている!?
ふんぞり返って偉そうに言ってくるアレクシス殿下に、若干の眩暈を覚えた。
お金は把握するのも怖いくらいに貰っているし、待遇だってメイドとして働いていたときと雲泥の差だ。それで不服なんて、どんな強欲な女と思われているのだろう。
「あの、お金も、待遇も有り得ないくらい好待遇で不満なんておこがましいほどで……」
「はぁ?じゃあなんなんだ!?」
詰め寄られると、言葉が出なくなってしまう。でも、納得するまでアレクシス殿下は言及してきそうだ。
「……怖いんです。いろいろと」
「はっ!?なんだそれ、意味わかんねぇな」
「それに、自分がずるをしているみたいで、苦しくなります。ゴンちゃんにも申し訳ない気がして……」
ポティの正体がバレるのも怖いし、自分みたいな平凡な人間が聖女として崇め奉られるのも怖い。本来の私はメイドの中でも目立たず埋もれてしまう存在だ。
ただ、黒髪・黒目を持っているだけ。それでこの待遇はずるい。本当なら、ゴンちゃんが全て手に入れたはずなのに。
「ごちゃごちゃうぜぇな!お前は雇われてんだ。全ての責任は雇い主である俺にある。怖がるな。いざとなったら、助けてやる。それに、ゴンザレスはお前をずるいって言ったのか?」
まともなことを言うアレクシス殿下に私は目を丸くした。俺様で絶対にいざとなったらこちらを切り捨てそうな感じなのに……。助けてくれる……護ってくれるつもりがあるのか。
それにゴンちゃんは……。
「ゴンちゃんは……言ってません。いつも、嬉しい、楽しいって……。私は、ゴンちゃんに報われて欲しい。あんなに純粋で優しいのに……」
「十分なんじゃねぇの。元居た場所では少なくともお前みたいに思ってくれる奴は居なかったみたいだしな」
「っ……」
「お前は余計なことを考えずに馬車馬のように働けばいいんだ!」
「ば、ばしゃうま……」
な、なんて言い様だろう。若干引いている私を気にせず殿下は続ける。
「瘴気に侵された土地はまだまだ沢山ある。そこで苦しんでいる民も多い。偽物だろうが、救えればいい。どうせ救われた方は偽物だろうが本物だろうが興味ねぇだろ。結果さえ出せばいい。救ってくれない奴は偽物だと言われるし、救った奴は本物だと崇められる。それが人の真理だ。ごちゃごちゃ悩むな。わかったな!」
アレクシス殿下に一喝されて、ハッとした。
そうか。私は『偽物』に囚われて本質を忘れていた。
皆を騙すことになっても、自分を偽っても。瘴気で苦しめられている人たちがいる。その人たちを救えるのは、今の所聖女ポティしかいない。
アレクシス殿下が王太子になるための点数稼ぎで偽聖女にされたと心のどこかで思っていた。圧力に負けて、無理やり聖女ポティをやらされて。これでいいのかなって、不安だった。
でも、ゴンちゃんはそうじゃない。
ゴンちゃんは純粋に救いたいと思ってる。自分の手柄とか、偽物とか、そういうのには興味がなくて。自分の力が皆を救えることが嬉しいって、一生懸命頑張っている。
『偽物』か『本物』かなんて関係ないんだ。
いつか偽っていたことへの報いを受けるとしても、瘴気に苦しむ人たちを放っておくことはできない。
今は、腹を括って聖女ポティとして目の前にあることをひとつずつやるしかない。
目の前の雇い主が尻拭いはしてくれるって言っているし。開き直ってしまおう。
「私は聖女ポティを演じることがまだ怖いし、苦しくなるのは変えられないと思います。でも、逃げ出しません。最後まで……やりきります」
「おう、いい心がけだ!」
「いざとなったら、殿下に全て背負って貰えるようなので!」
「はっ……!?なに言って……」
重たい気持ちが少し軽くなった。まだ何か言い出しそうなアレクシス殿下から私は逃げ出して、聖女宮に戻ったのだった。