1.違う。お前は、俺の弟だ
「……俺は、兄上が王太子になるべきだと思っている。瘴気のことが片付いたら、俺は王位継承権を放棄するつもりだ。母上とも決別する」
側妃様が目覚めた騒ぎが少し落ち着いた頃──大事な話があると私たちは広間に集められた。そこで、アレクシス殿下は突然王位継承権放棄発言をした。
「ア、アレク、何を言っているんだ!?」
エド様は驚くほど恐い顔で声を荒げ、外部に声が聞こえないよう魔法がかけられた聖女宮の一室にエド様の声が響いた。あんなに王太子になることに拘っていたアレクシス殿下の突然の申し出に、私もエド様も驚きを隠せなかった。
「王位を継ぐのはアレク、お前だ。俺は、お前を影で支えられれば──」
「兄上。私はずっと、このラスティーノ王国の国王に相応しいのは兄上だと思っていました。しかし、この国にはアンリ様にも兄上にも敵が多すぎた。私がその目くらましになればと……そう思い、ずっと……王位を望む第二王子を演じてきました」
完璧な王子を装っていたのも。
王妃様に従順に見せていたのも。
全て……エド様の為だった……?
「アンリ様が目覚め、私も小さな頃の何も出来ない王子ではない。私が刃向かえば母上にアンリ様を亡き者にされてしまうと思い今まで耐えてきた。しかしアンリ様が目覚めた今、もう演じる必要はなくなりました。私は全力で兄上が王太子になれるよう動きます」
アレクシス殿下は迷いのない目で真っ直ぐにエド様を見つめ返していた。
「待て……待ってくれ、アレク。俺は……お前が王になるべきだと、その器だと思っている。それに、俺の血筋を良く思わない者も多い。やはりお前が──」
「血筋というのなら……私は恐らく国王の息子ではないのでしょう?」
「えぇっ!?」
爆弾発言に思わず声が出てしまった。
だって、アレクシス殿下の金色の髪に緑色の瞳は……国王陛下にそっくりなのに。
王妃様はあれだけ血筋に拘っていた。それなのに国王陛下の血を引いていないなんて……有り得ないのでは。
「国王は、アンリ様しか愛していない。アンリ様との婚姻後、無理矢理母上を王妃に据え置かれたが、父上が母上を愛することは無かった。王妃宮に赴くこともしなかった。これは当時の使用人達からも裏がとれている事実だ」
アレクシス殿下の言葉をエド様は黙って聞いていた。
それが真実味を帯びていて、どんな思いでアレクシス殿下がこのことを抱え込んでいたのかと想像するだけで胸が苦しくなる。
「これは私の推測ですが、血筋を守ることしか頭にない王族派閥が、他国の血を入れないように……動いたのでは。王族の血筋を遺すとしたら……私の父親は王弟殿下ではないでしょうか」
「アレク……お前──」
「……当たりのようですね」
王弟殿下……。
病弱で、今は王家の領地で療養中だといわれている。情報もあまり出回っておらず謎多き人だ。
王宮の廊下に飾れている肖像画でしか見たことが無いけれども。
金髪碧眼の儚げな方だったような。
「国王から父親としての愛情は感じなかった。その理由がはっきりしました。国王にとっても、国民にとってもこの国の正当な後継者は兄上だけだ。私は……まがい物です」
アレクシス殿下は一体いつから、この事実に気づいていたのだろうか。
ひとりで抱えて、それでもエド様の為に第二王子を演じていた。
『まがい物』と、どんな気持ちで言葉にしたの……?
エド様は、アレクシス殿下のこと──
「アレク、違う。お前は、俺の弟だ」
キッパリと言い切ったエド様は、アレクシス殿下を抱きしめた。
「お前がそこまで知っているとは思わなかった。ずっと辛い思いをさせてすまなかった。しかし、俺は一度もお前をまがい物と思ったことなどないし、父上もお前を自分の子として認めている」
「…………」
「この国を思うお前は王に相応しい。出自など気にするな。お前が王になれ。俺はお前を支える側がいい」
エド様の優しい声が、アレクシス殿下を包んでいるようだった。
血のつながりとか、血筋とか関係なく。
二人は強い絆で結ばれているのだと、そう感じた。
「ありがとうございます。父上と血が繋がっていないよりも、兄上と……兄弟でないことが一番嫌だった……」
「アレク……」
「……兄上と、呼んでもいいのですか?」
「いいに決まってる!俺の自慢で可愛い弟だ」
「……はい」
二人の兄弟愛を見て、私とゴンちゃんは目を合わせて微笑んだ。
「兄上、でも王位は兄上が継いでください。兄上が国王になり、それを支えるのが私の夢ですから!」
「いいや、お前が王になって支えるのが兄としての俺の──」
結局、王位をどうするか結論は出なかった。
スッキリしたように笑うアレクシス殿下は、何か重荷を下ろしたようだった。
◆◆◆
話が一段落して、各々の部屋に戻ることになった。
何だか色々なことがあって頭が混乱していた私は、部屋から抜けだし、少し庭を散歩することにした。
真っ暗な中、月明かりを頼りに歩く。
森で何年も暮らしていたので、夜目は利くのだ。
王都は星があまり見えないけど。
夜空に浮かぶ星を探すように上を向いていると、
「ノルン」
そう後ろから呼びかけられた。
「アレクシス殿下……?」
振り返ると、アレクシス殿下が立っていた。
勝手に部屋を抜け出して怒られるかな……!とビクビクしていると、
「……少し、話をいいか?」
真剣な声色に、私はゴクリと喉を鳴らし頷いた。




