友人と呼べるまで
マーネット・コーディネリアは、孤高の存在だった。
代々コーディネリア公爵家は女性が当主となるため、長女として生まれたその時から、次期公爵としての厳しい教育を受けることを定められていた。
感情的にならず。
女性だからと舐められることがないように。
冷静に、時には冷酷になり正しい判断をしていく。
気づいた時には、表情筋を何処かに置いてきてしまったように無表情になっていた。
周りの令嬢達は、皆花がほころぶように笑い、恋愛話で盛り上がり、感情のままに怒ったり泣いたりと感情の起伏が激しい。
──なにが楽しいのかしら。
ずっと、自分が築いた氷のような冷たい世界にいた。
そんなマーネットの前に現れたのは──
「ごきげんよう。あの、突然すみません。ご気分が優れないのでは?」
誰一人声を掛けてこない国外の舞踏会で。
臆すること無くマーネットの手を掴んだのは、親子ほど年の離れた外国の令嬢──アンリエッタだった。
「やっぱり顔色が悪いわっ。あちらに休めるところがあるようなので、一緒に行きましょう」
「失礼。お気遣いいただき──」
「大丈夫です。私は怪しい者ではないですよ。アンリエッタと申します」
初対面の人間に警戒心を持ち、その手を振り払おうとしたが、何の計算もなく、ただ心配そうな表情をするアンリエッタに毒気を抜かれ、そのまま彼女について行くことにした。
クルクルと表情が変わる彼女は、マーネットを心配して、舞踏会の間中、ずっと付き添ってくれていた。
年頃なのだから、華やかな舞踏会に出て楽しむべきだと何度諭しても、アンリエッタは傍を離れなかった。
「マーネット様は、凜としてとてもお綺麗ですね。遠目で見て見惚れてしまったんです。そうしたら、具合が悪そうだったので、余計かもしれませんが放っておけなくて。つい体が動いてしまいました」
「……そう」
「お優しい色を纏っておりますね。マーネット様は素敵です」
──ドレスのことかしら?寒色系なのに不思議なことを言うのね。
冷たい返しにも、嬉しそうにニコニコと微笑むアンリエッタに、マーネットは内心でため息を吐いた。
最初は苦手だと思った。
けれども、傍にいて心地よいとも思ったのだ。
「コーディネリア公爵、具合を悪くしたと聞いた、大事ないか?」
同じくラスティーノ王国から舞踏会に来ていた王太子であるノルアルドが様子を見に来たとき、マーネットの隣にいたアンリエッタを見て固まっていた。
「ご心配をおかけしました。アンリエッタ様に介抱していただき大事ありません」
「……アンリエッタというのか……」
呆けたようなノルアルドの様子に、マーネットは少し嫌な予感がしたのだった。
それから丁寧にお礼をしてアンリエッタとは別れた。
もう二度と会うことなどないかもしれないと思うと、少し寂しい気持ちになったのは何故だろうか。
そんな気持ちと裏腹に、アンリエッタからは帰国後も文が届くようになった。
体調を気遣う文章から彼女の人柄を感じた。
実の娘さえも、母親である自分を心配などしたことはないというのに。
「おや、君が口元を綻ばせるなんて珍しいね」
「綻ばしていました?」
「ああ。私にはわかるよ。君は嬉しそうだ」
いつも空気のような夫が、マーネットの変化を指摘する。
それすら、今までは疎ましかったのに。
「……そう」
「君が嬉しいと、私も幸せな気持ちになるよ」
穏やかで、今までマーネットを影で支えてきた夫が、目を細め呟いた言葉を、いくつ聞き逃してきたのだろう。
こんなにも、優しい言葉を。
『マーネット様は優しくて、情深い素敵な方です。きっと、ご主人も素敵な方なのでしょうね。だって、とっても幸せな色が見えましたから』
そう手紙に書かれていたのを思い出す。
不思議な子。
頑固に固まっていた心にスッと入り込み、淀みを溶かしていってしまう。
「私も、あなたの空気が好きみたいよ」
「マーネットっ!」
義務だけの夫婦関係だったはずなのに。
手を伸ばせばこんなにも温かな気持ちになったのか。
──アンリエッタは不思議な子。そして、私の年の離れた唯一の友人。
こうしてアンリエッタとの交流が続き、まさか王太子だったノルアルドがアンリエッタを口説き落とし、妃として迎えたときには、気が遠くなるかと思った。
アンリエッタが、このラスティーノ王国で幸せに生きるのは難しいかもしれない。
三大公爵家を始め、皆血統を重視する者が多い。
外国の血など、簡単に阻害されてしまうだろう。
「守って……あげないとね」
あの笑顔を。
あの優しい子を──。
そう心に誓ったのだった。
End




