11.ああ、見ない内に……
『お母さんはすごいねぇ。おくすり作れて、魔法みたい』
『ふふ。そうね、お母さんは──なのよ』
『わぁっ!すごーい!!ノルンもなれる?』
『どうかしら?そうね──』
小さい頃。薬を作る母の言葉をぼんやりと思い出す。
あの時、母はなんと言ったのだろう。
もう死んでしまった優しい母親を思い出し、少し切なくなった。
エド様のお母さんは生きているのだから。
もう一度、目覚めて、沢山話せるようになってほしい。
めざめ薬を持って、エド様は王宮へと向かった。
女装姿を解くことも忘れて飛び出して行ってしまったが大丈夫だろうか。
今頃大騒ぎになっていなければいいけど。
どうか。
薬が効きますように。
そう祈るしか出来なかった。
◆◆◆
「ああ……アンリエッタ。今日も君は眠っているのだね。どんな夢をみているのかな」
ラスティーノ王国国王であるノルアルドは、側妃であるアンリエッタが眠るベッドの傍らで、白く細い手を優しく握りしめていた。
どんなに忙しくても毎日アンリエッタの元に通い、声を掛ける。それはノルアルドの日課になっていた。
異国で出逢い、惹かれ、妻にした。
必ず守り抜くと心に誓ったのに、アンリエッタは眠りについてしまった。
『ルド様、あなたは寂しがり屋のようだから、私はずっと傍にいます。それしか出来ないけれど……』
一度目の求婚は断られたが、何度も何度も彼女の元へ通い、やっと色よい返事を貰えたとき。儚げに微笑んだあの表情が忘れられなかった。
そう……。
今よりも少し若いあの日の彼女は──
「母上っ──」
荒々しく部屋に入ってきた人物に、ノルアルドは目を見開いた。
出逢った頃のアンリエッタとよく似た女性が、息を乱しながら近づいてきた。
──これは……幻だろうか。
触れようと手を伸ばすと──
「父上、何を呆けているのですか!俺はエドワルドです、訳あってこんな格好をしていますが、それよりも、母上に効くかもしれない薬をいただきました!」
男の声がしてよく見ると、アンリエッタとの愛の結晶でもあるエドワルドのようだった。息子はなぜ女装をしてこの部屋に……。一瞬思考が止まりかけたが、エドワルドの言葉に呼び覚まされる。
「薬……?今までそのような解毒薬も解呪の薬も効かなかった。それは信頼できる薬なのか?」
「はい。俺の大切な人がくれました。その人にとって母親の形見のような大切な薬なのに、母上の容態をきき、迷うこと無く差し出してくれた……」
「……そうか。お前にも、そのような人が……。それならば、疑わない。アンリエッタ、エドワルドがお前に薬を持ってきてくれたよ」
ノルアルドは薬を受け取り、抱きかかえながらアンリエッタの口元へ含ませる。喉元が嚥下したのを見届け、ゆっくりとベッドへ横たえた。
次の瞬間──
アンリエッタの瞼がピクリと動き──十数年目覚めることのなかった瞳がうっすらと光を灯した。
「ルド……さ……ま……?」
掠れた声で名前を呼ばれ、ノルアルドの涙腺は決壊した。
「ああ、神よ。感謝するっ……。アンリエッタっ……アンリエッタ──」
国王の顔では無く、一人の夫の顔になり、愛する妻を力の限り抱きしめた。
「母上……っ!」
「エド……エドワルドなの……?ああ、見ない内に……女装趣味に……」
そしてアンリエッタはエドワルドを見てショックで再び意識を失った──。
◆◆◆
「魔法が……解かれた……」
アンリエッタが目覚めた瞬間を感じ取り、王妃は忌々しそうに顔を歪め、
「魔女が……裏切ったのね……」
そう呟いたのだった──。




