13.彼女は俺にとって──アレクシスSide
「ノルンが……消えた!?」
石碑に触れた瞬間に、ノルンが吸い込まれるように消えてしまった。咄嗟に伸ばした指が空しく残る。
「アレクッ、ノルンは──」
「兄上、石碑に吸い込まれてしまったようです。クソッ、どうすれば……っ」
溢れ出る瘴気も気にせずに石碑に掴みかかろうとする俺を、兄上が制する。
「ゴンザレスくんに浄化をしてもらおう。闇に呑まれる前の石碑に戻れば、ノルンも元に戻れるかも知れない」
冷静に状況を判断し、適切な方法を選択する兄上に、ただ動揺して我を忘れた自分が恥ずかしく感じた。
「ゴンザレスくん、石碑を浄化してくれるかい?」
「ワカッタヨ!」
ゴンザレスは、剣を抜き、ミーコの舞を舞う。剣を振りかざすと周りの瘴気が浄化され、剣を振り上げると聖なる力が辺りを包み込むのを感じた。
「コノチヲ……キヨメタマエ──」
剣に祈りを捧げるように唱えると、禍々しく黒い靄に包まれていた石碑が一気に浄化され、瘴気が消えた。
しかし、ノルンの姿は何処にも見えなかった。
「浄化じゃ……駄目なのか……?」
「そのようだね。ノルンはこの石碑の石に触れて消えてしまったのか?ならば、この石が原因なのだろうか」
石碑に埋め込まれている魚の鱗が大きくなったような石は、浄化され神々しい光を発している。兄上が試しに触れてみてもなんの反応もしなかった。ノルンにだけ、反応したのだろうか。
「石碑に使われている文字は、一部、初代聖女様の世界の文字ですね。割れてしまっている箇所はわかりませんが……解読してみましょう」
リドディアが石碑を調べてくれている内に、俺と兄上はマレンディール公爵の元へと走る。
「おお、殿下っ。瘴気がなくなり、聖物が浄化されたのですね。なんとお礼を申し上げたら良いか……」
「聖女様が浄化に成功したが、石碑に触れた瞬間に姿が消えてしまった。この石碑について、詳しく知りたいのだが」
「なっ……なんですとっ。それは大変だ。あの聖物は初代聖女様が未来を案じて遺された石碑と聞いています。討伐された竜と関わりがあるとか、この地を清める力があるとか……様々な逸話が残っております。我が一族は長年この神殿で聖物をお護りしてきましたが、今回のように人の姿を消してしまう効力は訊いたことが無く……」
マレンディール公爵は信じられないとばかりに声を震わせた。長い間、聖物を管理してきた一族も知らないとは。ノルンは一体何処へ行ってしまったのか。
『アレクシス殿下っ!今日の夕ご飯はなんでしょうか!?』
満面の笑みで俺を呼ぶノルンが脳裏に蘇る。二度と会えなくなる可能性もあるのか……。
そんなこと、考えたくも無かった。
只のメイドで。
聖女召喚に巻き込まれて。
『聖女・ポティ』として、傍にいた。
ただそれだけの存在だったはずだ。
しかし、何故だろう。
彼女が居ないだけで、胸を掻きむしるくらいの痛みに襲われる。
ああ。
そうか。
彼女は俺にとって──
「ノルン……っ」
「しっかりしろ、アレク。リドディア殿が今石碑を解読してくれている。まだ望みはある。戻るぞ」
「……はい」
マレンディール公爵達も連れ、祭壇のある場所へと急ぎ戻る。
「この石碑は、慰霊碑のようなもののようです。何かの死を悼み、安らかに眠れるよう祈りの文が刻まれています」
「な、なんと、解読できるのですか!?この難解な文字を……」
「我がムース家に不可能はありません!聖女様は……呼ばれた可能性があります。この慰霊碑を捧げられた主に……」
慰霊碑を捧げられた主とは、この鱗の持ち主なのだろうか。
ノルンが何故──。
「ノルンの元へいく方法は……」
「慰霊碑には書かれていませんでした」
人知の及ばぬ世界に連れて行かれたとしたら。
ノルンを捜しだすのは不可能に近い。
拳を握りしめると、マレンディール公爵令嬢が石碑に近づいた。
「お父様。もう一度指を切ってくださいませ」
「キャスリーン……、なにを言っているのかな?」
「祭壇への入り口を開けるのに当主の血がいるのなら……。石碑が連れ去った聖女様への道も当主の血が必要なのかもしれませんわ」
小刀を片手に、公爵へと近寄るマレンディール公爵令嬢に、皆が息を呑む。後ずさる公爵の手を凄い勢いで掴み、ニコリと微笑む彼女は──
「早くしろや……」
恐ろしいほど低い声で公爵の耳元で囁いた。ゾクリと背筋が凍りつきそうになる。この凶悪オーラの持ち主は本当にあのマレンディール公爵令嬢なのだろうか。
公爵がおずおずと指を切り、石碑に血を垂らす。
すると、石碑は光り輝きだした──。




