2.おっと、聖女様は突然のことで動揺されている様子だ。
「……は?」
先ほどまで、怖いほどの笑みを向けていたアレクシス殿下の表情がピシリと固まった。
「隣の部屋で待機しておりました、王宮メイドのノルン・ミーティルと申します。聖女ではありま──」
「おっと、聖女様は突然のことで動揺されている様子だ。皆の者、リドディア以外は下がれ」
瞬時に私の口を手で塞ぎ、人払いした殿下は、私と召喚士様と殿下だけになった途端に、背筋が凍り付くほどの雰囲気を出し私を睨みつけた。
「聖女様ですよね?」
「いいえ。メイドのノルン・ミーティルと申します」
「クソッ、信じられねぇ。何でメイドが召喚されるんだ?おい、召喚士。お前稀代の天才召喚士なんだろ、失敗しませんって言ったのは嘘だったのか!?あぁ!?」
豹変した殿下は、いつもの高貴なオーラを脱ぎ捨てかなり乱暴な口調で、召喚士様の胸倉をつかんだ。
「嘘ではありません、殿下っ!私の理論上では必ず聖女様が召喚できたはず。彼女は黒髪に黒色の瞳をしています。伝記に掲載されている初代聖女様のお姿に酷似されているかとっ……!」
「黒髪……?」
ハッと私は目元に手をやるが、かけていたはずの眼鏡が見当たらない。召喚された時に外れてしまったのに気が付かなかった。慌てて見回すと足元に眼鏡が落ちており、勢いよくそれを拾った。
──ま、まずいわ!眼鏡を外した姿を見られてしまった。
「あっ!あれはなんでしょうか?!」
「な、なんだ!?」
殿下たちの意識を逸らした隙に私は眼鏡を装着した。するといつもの平凡な栗色の髪色に変化する。
「何もねぇじゃねぇか。って、お前……」
「見間違いでした。すみません。ほら、私は栗色の髪の凡庸なメイドですので、これで失礼できましたら……」
誤魔化したい!なんとか誤魔化されてくれと祈りながら、退出を試みるが、召喚士様がずいっと私の目の前に立った。
「一瞬で容姿が地味に変わりましたね。そうか、その眼鏡ですね。まさか……聖女の遺物!?わかりました……その所為で貴女が召喚されたんです!」
「聖女の遺物だと!?そんなものを何でメイドなんかが持ってるんだ!?」
どうやら誤魔化せなかったらしい。殿下も加わって、私の形勢はかなり不利みたいだ。泥棒扱いまでされそうな窮地を察して、逃げるのを諦めて、正直に話すことを決めた。
「この眼鏡は……もらったんです、親切な冒険者の方に。その……黒髪・黒目で苦労していた私を見かねて、姿形を変えられるアイテムだからと。聖女の遺物だとは知りませんでしたが……」
栗色の髪と瞳が主流なこの国で、本来の私は黒髪・黒目とかなり珍しい容姿をしていた。その所為で色々とあり、冒険者に助けられるまでは生きていくのにも苦労したくらいだ。この姿形を変えられる眼鏡を貰ってからは、私はこの髪と瞳の色を隠して生活して平穏な生活を送っていたのに。
まさか、この眼鏡が聖女の遺物──聖女様が聖なる力を込めて造ったと云われる伝説のアイテムという仰々しいものだったとは、吃驚である。
「どーすんだよ。親父にも報告が行っちまったし。今さら、聖女の遺物を召喚しましたなんて言えねぇだろ」
「……もしかしたら、彼女は気付いていないだけで聖女の力を持っているかもしれません!鑑定を、鑑定をしてみましょう!!」
慌てた召喚士様が私の前にズイッと水晶玉を出してくる。
「これは、瘴気を浄化する『聖なる力』を持った者が触れると光り輝く性質のある水晶です。さあ、どうぞ、触れてみてください」
召喚士様の必死な形相に逃げられないことを悟り、おずおずと水晶玉へと手を伸ばした。
やっぱりというか、当然というか、水晶玉は光ることなく、辺りは沈黙に包まれた。
「クソ召喚士っ!やっぱり聖女じゃなねぇじゃねえかっ!どーしてくれんだよ。お前には重い罰を……」
「ま、待って下さいぃっ!幸い、隣の部屋からの召喚でしたので、まだ再召喚する魔力は残っています。もう一度チャンスを下さいませんか、殿下」
「……わかった。早くしろっ!」
殿下に怒鳴りつけられて、召喚士様はもう一度呪文を唱えた。先ほどと同じように眩い光が溢れ──召喚門に人影が見えた。
──良かった!本物の聖女様が召喚されれば、私も解放されるわよね!?
ホッとしながら、召喚された聖女様を見ると──
「ドウモ、ゴンザレスデス……ココ、ドコ?」
どう見ても聖女様じゃないマッチョな男の人が立っていたのだった──。