5.この家を見たかい?
勢いよく振り向いた男の顔は、やつれて、今にも倒れてしまいそうなほど蒼白だった。
「母を、母を助けてくださいっ。私は母に何もしてあげられなかった。どうか、どうか母を……っ」
悲痛な願いに、胸が締め付けられた。私に何ができる?こんなにも悲しみでおかしくなるほど大切な人を求めている人に、なんて言えばいい?
「あ、あの……、お、お母様のこと、教えてください。ほ、ほら、術を使うにも、その人の情報がないと、効果が薄れるんです」
苦し紛れの言葉に、男はポカンとした表情になる。そして、ポロポロと涙が零れ落ちた。
「母は……貴族の父に戯れに手を出されて、私を身ごもった平民の生まれのただのメイドだった。父に捨てられ、この街で、私を必死に育ててくれたんだ……。度胸があって、快活で、とっても明るい人だった……。父親が居なくても、母と二人で貧しいながらも……幸せに暮らしていたんだ……」
ボソボソと小さな声で語られる母親との思い出は、男にとってはかけがえのない時間だったのだろう。精気のない顔が、語るときだけ少し優しく見えた。
「一緒に花火を見た日に、王都から父親の使いが来た。後継者に恵まれず、私を本邸に迎えると。無理矢理跡継ぎにされて、母との交流も絶たれた。やっと、やっと家を継いで、母を迎えに来たら……。母は言葉を発することも出来ず、ただベッドに寝ていて、今の状態になっていた。どんなに有名な医者を連れてきても、治癒師に頼んでも、無理だと言われた。到底受け入れられない。母と、母との約束を果たしていない。私は母にまだ何も恩返しもできていないんだっ……。母は生きている。まだ、死んでいないのにっ……」
この家は街から少し外れたところにあるから、近隣の人も気づかなかったに違いない。ひっそりと息を引き取り、白骨化してしまった。そんな母親を見て男の心は壊れてしまったのだろう。
どうにかして、もう一度母親と会いたい。話がしたい。約束を果たしたい。その気持ちは、かつて自分も亡き母へ向けて思ったことだから、痛いほどわかる。
「残念だが、あなたの母君はもう亡くなっている」
「っ……、エド様!?」
かける言葉を迷っていると、隣に居たエド様が真実をバシッと言ってしまった。
「う、嘘だ。死んでいない」
「骨になるほど、長い時間が経っている。聖女の力をしても、死者を生き返らせるのは無理だ。受け入れろ」
「違う。違う違う違う。骨になってしまう病気なんだ。生きている。治れば、きっと元通りになる。お、お前は嘘つきだ。聖女様っ、どうか、どうか、お力をおかしくださいっ……」
混乱状態になっている男から、私をかばうようにエド様は前に立った。
「なぜ現実を見ないっ!母君はもう死んでいる。……早く、楽にしてやってくれ……っ」
絞り出すように言ったエド様の表情は辛そうに歪められていた。やはり、エド様も母親を亡くしているのかもしれない。彼だけに辛い言葉を吐かせてはだめだ。
「は、母親の願いは、子どもの幸じゃないでしょうか。今のあなたは、お母さんを幸せにできていますか?大好きなお母さんを、ずっと、心配な思いにさせていませんかっ!?」
「……な、なにもしらないくせにっ……」
「お母さんは、息子に家が没落寸前するまでお金を使わせて平気な方ですか?健康を損ねるまで祈らせて、医療機関を走り回らせて、自分が健康になればいいという考えを持つ方ですか?聖女の誘拐や黒魔術の使用など、犯罪に手を染めさせてまで……生き返りたいと……望むと思いますか?」
男の目の焦点が、少しずつ戻ってくる。まっすぐに見つめていると、ようやく目が合った気がした。
「死ぬ……直前まで、子どものことを心配するのが、母親です。自分のせいで、子どもに不幸になってほしくないと……幸せに生きて欲しいと……願うのではないでしょうか?」
母はそうだった。だから、私は一人のこされたときも、後を追おうとは思わなかった。伝わって欲しい。そう願いながら男を見つめた。
「ごめん……ごめんなさい……っ、かあさん……」
膝から崩れ落ちた男に、エド様が近づいた。
「君はヨシアというのだね。この家を見たかい?どこかしこにも、母君の思いが詰まっている」
「え……」
「柱には君の名前と、背を刻んだ跡がある。棚には子ども時代の衣服が大切そうにしまってある。それによく見ると、君に出せなかった手紙かな。箱の中から溢れているよ。母君が遺してくれたものを、そのメッセージをしっかりと受け取らないといけない。それが遺されたものの使命だ」
いつもの柔らかな雰囲気ではなく、真剣に男─ヨシアさんを思って厳しく言い切ったエド様に、ヨシアさんは大声を上げて泣き出し、そのまま蹲った。
私は改めて部屋を見渡す。蝋燭の明かりのみで薄暗く見えにくかったけれども、ヨシアさんのお母さんの思いが溢れた部屋だった。
壁には小さなヨシアさんが描いた絵が飾られていて。ふと見ると、私がなくした魔法のポシェットも無造作に置かれており、私はあることを閃いた。
「エド様っ!ヨシアさん、提案があります!!」




