08 仕立て屋の来訪
セオドアに告げられた結婚式の日が迫っていた。
顔合わせの一週間後に結婚式だなんて、と王妃は慌てたそうだが、デイジーはやはりのんびりと過ごしていた。それはもう侍女たちの方が気を揉むほどに。
「なにをそんなに気にするの?セオドア様も形式的なものだと仰っていたでしょう。心配する必要はないわ」
「その発言が心配なのです!シャトワーズ家の令嬢の結婚式が適当に片付けられては、当主であられるシャトワーズ公爵もご立腹なさるはずです」
「父と母は呼ぶと聞いたし、良いじゃない」
「指輪は?ドレスはどうなさるのですか?王太子殿下は大切な式に無関心過ぎます。ただの茶会や誕生会ではないのです。結婚式ですよ……!?」
「それを言うなら令嬢たちの茶会や誕生会の方が派手であるはずよ。聞きました?殿下は王宮の隣にある教会で式を挙げようとしているそうです。あの教会は常時神父が居るわけではなく、催しの際にだけ外部から神父が来るだけの仮設のような場所です」
「ぐぬぅ…!舐められたものねぇ!」
ペコラがフンッと鼻息荒く地団駄を踏む。
その隣ではエミリーが大きく頷いて同意を見せた。
デイジーの後ろではバーバラが櫛を片手に眉間に皺を寄せている。鏡に映るその姿を確認して、彼女も何か思うところはあるようね、とデイジーは考えた。
そして。
侍女たちの悲痛な声が届いたかのように、午後になると仕立て屋がデイジーの部屋を訪れた。
「初めまして、デイジー様。殿下とお嬢様の喜ばしい門出に相応しいドレスを選びましょうね」
銀縁の丸眼鏡を掛けた小柄な女がせかせかとデイジーの身幅や背丈を測っていく。人形のごとく言われるがままに従っていたデイジーだったが、ふとあることに気付いた。
「今から採寸して来週仕上がるのでしょうか?」
「来週ですか……?」
「はい。結婚式は来週開催すると伺っておりますので、出来上がりが間に合うのか少し心配でして…」
眼鏡の奥で目を丸くすると、仕立て屋はポケットからノートを引っ張り出して捲り出した。やがて、ふっくらとした指が目当てのメモ書きの上で止まる。
「ご覧ください」
「………?」
「結婚式は来月の初めでございます。来週ではありません。殿下とデイジーお嬢様の式は王都の中心にあるペデジウム大聖堂で執り行われる予定と伺っております」
「あら?」
デイジーは侍女たちを振り返る。
侍女たちもまた、扉の横で控える使用人を見た。
若い使用人の女は困った顔をしてキョロキョロと目を泳がせる。しかし、周辺には誰も自分を救ってくれる人が居ないことを察知すると、小さな声で話し出した。
「昨晩……セオドア様から国王陛下と王妃殿下にご連絡があったのです。国外からの来賓もあるので、場所と日程を変更することにしたと……」
「まぁ、それはまた急ですね。どうして?」
「せっかくの晴れ舞台なので……多くの人の目に留まるようにしたいと仰っていました」
「えぇっ?聞いてた話と違うじゃないですか!」
声を荒げて驚くペコラの後ろで、デイジーはひとり静かに笑みを深めた。
その後、ドレスの採寸から布地の選定、式の当日に身に付ける装飾品からドレスに似合うミュールのデザインまで。すべてを滞りなく済ませて、仕立て屋は笑顔でデイジーの部屋を去った。
仕立て屋の女曰く、結婚指輪はセオドア自らが石を選び、技師と話を重ねて作っていく運びらしい。
「どういうことかしら…… 殿下は頭でも打ったの?」
「こら、エミリー。そのような発言は控えなさい」
「だってまるで別人みたいだもの。デイジー様はどう思いますか?このところ、ちょっと態度が変わりすぎやしません?」
「そうねぇ………」
デイジーは右手の薬指の上で輝く、サイズの大きい婚約指輪をくるくると回した。それは婚約を了承した際にセオドアが派遣した従者が届けに来たものだったが、当たり前に自分の指より大きかったので気を抜けば床に落下する。
(次はきちんと合ったサイズを頂けるかしら?)
どのような顔で彼は自分に計測を申し出るのだろう。
執事長などに頼むのかもしれない。
侍女たちの心配を他所に、デイジーはセオドアのことを考えてクスクスと笑った。式の当日、来賓の中に幼馴染みの顔を見つけることが出来るはずだ。頭の良い婚約者様はきっと、デイジーが伝えた友人の男の名前を記憶したから。