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伝えたい想い⑦


 森の中は、昼間のはずなのに薄暗く、ひんやりとしていた。

 木々の間から日の光が差し込む場所では、森に住まう動物たちが集まっている姿が遠目で確認できる。


 ──森って、空気が綺麗で、魔素も澄んでる。過ごしやすそうな場所だな。


 アルロが森に入って、最初に感じた印象だ。

 探掘者でもなければ、山や森などへ立ち入ることはほとんどない。アルロも例にもれず、森へ立ち入ったのは今日が初めてである。そのため、立ち入った瞬間に感じた清涼感に驚いた。

『森の民』はこんなところに住んでいるのか、そう思うと少しばかりの羨望を覚えた。


 だがしかし、それも最初だけ。森の中深くへと進むにつれて、アルロはそんな思いなど忘れ去っていた。

 先頭にいるユリの足取りは軽い。周囲の探掘者たちも、彼女と同様、多少の疲れは見えどまだまだ元気そうだ。反対にアルロたち管理課や鑑石課の人たち──いわゆる外作業が少ないものたち──は、疲れの色が濃くなっている。

 道と呼んでいいのか迷うほどの道は、もちろん整備などされておらず、木の根や大きな石があちらこちらにある。つまり、ものすごく歩きにくい。

 微かに聞こえる時計塔の鐘の音を頼りに、鐘が鳴る度に休憩を挟んではいるが、なかなかにしんどいものである。

 それでも、歩くスピードを落としながら、何とか全員列を崩さず歩を進める。


 一行の歩みが完全に止まったのは、ちょうど12時を報せる鐘の音が聞こえる頃だった。

「……着いたのか?」

 そう思って前方のほうを見やると、ユリと通訳者が何か話していた。『森の民』の言語のため、その内容まではわからないが。

「……鑑察課の者と管理課の2人、こちらに来てくれ」

 通訳者から話を聞いた側近が言う。

 アルロとロマは言われるがままに列の前方へと移動した。


「この先に魔石に憑かれた者がいるらしい。あなた方で、紛失した魔石であるかを確認してもらいたい。この少女曰く、会話が可能な状態であるとのことだが、念のため私たちも同行させてもらう」


 ほかの者たちはいったんその場で待機を言い渡し、アルロたち数人は、再度ユリを先頭に歩き出す。

 ユリが向かったのは、小さな洞窟のような場所。入り口付近は草木や蔓で覆われており、一見するとそこに空洞があるとはわからない。自然にできたものではなく、誰かが人工的に作ったように見受けられた。


「する、話。少し、待つ」

 ユリがそう言って小走りで一人洞窟の中へと入っていった。

 側近が一人で勝手に動くなと文句を言っていたが、彼女のあとは追わなかった。


 時間にして、ほんの少しだろう。ユリが洞窟の中から現れ、こちらに来てもよいと手招きをする。

 その姿を確認して、一行は洞窟の中へと入っていた。


 洞窟は、外よりさらに温度が低いのか、肌寒さを感じる。

 火でも焚いていたのだろうか、燃え残りの木のにおいがかすかにする。

 ユリがひざまつくその隣に、ひとりの青年がおびえた目をしてこちらを見ていた。

 ──この人も『森の民』か。

 ユリと同じく、額に彫られた紋様で判断できた。

 だけど今この目の前にいる青年が、本人なのかそれとも魔石の意識なのか、見ただけでは判断がつかない。


「どうだ。なくなった魔石と同じものか?」

 側近が鑑石課と管理課の者たちに向けて問う。

 アルロはその判断をすることが難しいため、隣にいるロマに任せるしかない。ロマはそれを承知だったため、すでに魔法を行使していた。

「…………魔素の気配や状況から、図書館からなくなったもので間違いないと思います。あとは、その魔石自体があれば確実ですけど……」

「それならば、この青年が何か持っていると言っていた。魔石の可能性があると思う」

 側近は通訳者を通してユリに青年が持っていたというものを見せてもらうよう尋ねる。

 通訳者から聞いたユリは、青年に向かって言葉を伝える。すると少しして、青年は右の手を差し出し、その手に握っていたものを開いて見せた。

「これは……これですね。はい、間違いないです。この前図書館へ保管依頼をした魔石と類似しています」

 鑑石課の人も声高らかに報告する。隣のロマも間違いがないのか、うなずいていた。


「よし、それでは後は魔石に憑かれた彼の保護と治療が必要だな。医療班、彼の状態を確認して欲しい。できれば、この場から移動して今後について話し合いたいが──」

「妻に、会わせて下さい!」


 側近が指示出しをしている中、突如洞窟内に声が響いた。その声の主は、魔石に憑かれた青年。しかも彼は、アルロたちの言葉を使っている。


「お、俺が死んで魔石になったのは理解しました……この少年に憑いている状態だということも」

 みんな、微動だにせず、半ば呆然と目の前の青年の話を聞く。

「お願いです。せめて最後に……最後に、妻に一目会いたいんです。お願いします!」

 がばりと頭を下げる青年。そして次に頭を上げた時には、森の民の言語で何かを話している。

「おいおい、嘘だろ……」

 近くにいた医療班の一人が思わずといった感じに言葉を漏らす。


「なぁ、ロマ。なんでみんなこんなに驚いた感じなんだ?」

 隣にいるロマに、アルロはそっと尋ねる。するとロマは信じられないといった目でアルロを見返した。

「魔石に憑かれるってことは、体の中に自分自身の魔素と他人の魔素が入り込むってこと。でもそれって普通はありえないことだから、体の中で拒絶反応みたいなことがおこる。そうなると、人って正気を保てなくなる」

「え、でも彼はそんなことなさそうだけど」

「だから、みんな驚いているんだよ。魔素の許容が常人を逸しているよ」

 アルロはいまいちロマたちほど驚くことはできていないが、この状態はかなり想定外のことなのだということは理解した。



 アルロたち一行は、医療班による青年の身体状況について簡単に確認を行う。

 そして特に異常はないという診断結果が下り、今後のことを話し合うためにも、青年を連れ森を後にした。



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