伝えたい想い⑤
一行は、図書館の管理課の部屋へと集まった。
普段5人しかいない部屋に今は10人以上いるため、狭くはないはずの部屋も少し窮屈に感じる。
エドワードとエドアルド、そして『森の民』の少女は中央の椅子に座り、他の面々は壁際付近に立っていた。
「……何か想像よりすごいことになってません?」
「想像の斜め上をいく出来事だ」
唯一、今日ずっと図書館内で作業をしていたレイが、こそこそと隣のアルロに話しかける。普段口数も少なく大人しいレイも、この状況に目を丸くしている。
「さて、夜も遅くなる前に、話をしてしまおう」
エドワードが口火を切る。
「まず、この子のことから伝えるよ。彼女の名前はユリ。見ての通り『森の民』の住民だ。そして、彼女は魔に憑かれた婚約者を助けようと、村から抜け出してきたところらしい」
「魔に憑かれた?」
聞き慣れない言葉を呟いたアルロに、エドワードは頷く。
「私たちの言葉でいうところの"魔石に憑かれた"と同じだと思ってもらって構わない。どうやら、その彼が魔石に憑かれたのは今朝のことだという。そして今朝、地下からも魔石が1つなくなったとなると、タイミングとしてはそのなくなった魔石に憑かれた可能性が非常に高いと思われる」
途中途中、『森の民』の少女へ言葉を伝えながら、エドワードは続ける。
「先ほど『森の民』の代表者へ伝言鳥を飛ばしておいた。その返答が来次第、君たちは森へ入り、魔石に憑かれた人と魔石の回収をお願いする」
「はい、承知いたしました」
エドアルドが了承の言葉を返し、アルロたちもみな一様にうなずく。
森へ入る許可が『森の民』より得られれば、魔石は早くて明日には見つかるだろう。ただ、魔石が人に憑いているとなると、その者の体を利用して移動する可能性もある。そのため捜索は人手がいりそうだ。
「……あ、あの」
突然、『森の民』の少女が言葉を発した。しかもそれはアルロたちが普段使う言語だった。
「あの、わたし、分かる。ナズナの場所。教える、できる」
「……つまり、あなたは魔石に憑かれた者の居場所がわかるということでしょうか?」
ミアノが聞き返すも、少女は言葉が難しかったのか理解できていないようで、エドワードがミアノの言葉を訳して伝える。すると少女は「はい」と答えた。
「なるほど……。エドワード殿下、この少女を明日の魔石捜索の際に加えてもよろしいでしょうか。『森の民』であれば森の中にも詳しいでしょうし、何より魔石の居場所がわかるとなれば、憑かれた人の救助も可能となります」
「そうだな、よし、許可しよう。どのみちこの少女のことについては、一度父上にも相談しないといけないしな。すぐに答えが出る問題でもないだろうし。ひとまず、彼女のことはエドアルド、君たちのほうで保護してもらえると助かる」
こうして話はとんとん拍子で進み、明日、『森の民』からの返答があり次第、魔石捜索を行う流れとなった。
──俺らで保護って言われてもなぁ……。
エドワードたち王宮の人たちが帰った後、管理課の執務室には、いつものメンバーと『森の民』の少女──ユリがいた。
「顔、怪我、そのままでいいの?」
「ここ、いい。あと、残る」
「ええっと……いいのか、このままで」
片言ではあるが、こちらの言葉も単語にすれば通じるところがあるようで、ロマたちは何とかユリと意思疎通をはかっていた。それでも通じないところは、身振り手振りに加えて、ミアノが分かる範囲で『森の民』の言語で話している。
「室長、今晩は地下室の見回りいらないですか?」
「そうですね、夕方までレイくんが念入りに見回ってくれましたし。王宮からの知らせがあるかもしれないですし、今日の夜の見回りはしなくて良いです。ですが、戸締りだけは、きちんと確認しましょうか」
「そうっすね。また魔石がなくなったら大変だし」
「じゃあ、俺確認してきます」と、すぐに部屋を出て行ったレイ。その後をミアノも追っていく。
ふたりが確認に行ったので、アルロはそのまま部屋に居座ることにした。
ユリは先ほどロマに連れられ公衆浴場に行き、体をきれいさっぱり洗われていた。
今はこの部屋に置いてあったロマの私物の服に身を包んでいる。
額の紋様さえなければ、アルロたちと何ら変わりない。紋様を隠せば、街中を歩いても彼女が『森の民』だと誰も気が付かなそうだ。
──この子、今後どうなるんだろう。
今まで『森の民』がアルロたちの生活区域に居座ることはなかった。時おり森の近くでは姿を見ることはあっても、街中まで来ることはなかった。
もしかするとアルロが知らないだけで、街に居座る『森の民』もいるのかもしれないが、おそらく少数派だろう。
今後の彼女の処遇を考えて、すぐに頭を振る。
アルロのような一般市民が考えるようなことでもない。きっと王宮の人たちがどうにかするだろう。
ロマと意思疎通を図ろうとするユリを見遣り、そして明日の仕事のことを考えながら、アルロは深い深いため息をついた。
「はぁ……やっぱり今日は運が悪い」
そのつぶやきは、誰に聞かれるわけでもなく、虚しく霧散していった。