伝えたい想い④
アルロとロマは、そのまま図書館へ帰るつもりだったが、『森の民』と遭遇してしまったため、エドアルドの指示によりその場に足止めを食らうこととなった。
辺りは日が完全に落ち、外灯がない森周辺は、月明かりで照らされている。
「誰も来ないんですけど」
「俺に言われても……」
ロマが不機嫌そうに地べたに座って文句を言う。アルロも文句を言いたかったが、ロマに言ったところで何倍にもなって返ってくることを知っているので、長い長い溜息をつくにとどまった。
そしてその横には、少しは落ち着きを取り戻した『森の民』の少女。きっと状況を理解できていないだろうが、どこかへ行くでもなく、大人しくその場に留まっている。アルロにとっても、この状況は想定外のため、内心困惑しかしていない。
中央から、19時を知らせる鐘の音が聞こえてきた頃、空からカラフルな明かりが近づいてくるのが見えた。夜に空を移動する場合は、空中事故を起こさないために、色付きの明かりを灯すことが義務付けられている。その明かりはだんだんこちらに近づいてきているようで、どうやらようやく関係者が来てくれたようだ。
「アルロ、ロマ。二人とも、お疲れ様です」
一行の中で、最初に声をかけてくれたのはミアノだった。アルロとロマもお疲れと口にしたものの、ミアノとともに来た人物に半分以上気を取られていた。
「あの、ミアノさん。王宮関係者が来るのはわかりますけど、なぜエドワード殿下もご一緒なんです……?」
アルロたち魔石管理課は、王宮図書館の管轄というわけではなく、預かり元は王宮だ。これはひとえに、この国に住まう人や動物、土地を含め王族の加護を受けており、魔石も等しく王族の加護を受けるに値するため、その管理も昔より今に至るまで王宮が管理しているからだ。
確かに魔石管理課の最高責任者はこの国の第2王子であるエドワードではあるが、このように現場まで出ることは今までなかった。アルロがここに在籍するようになってから一度もなかったはずである。
「私たちもお待ちいただくようお伝えしたんですけど……『森の民』が関わってきた以上、盟約に従うため一緒にいたほうが都合がよいだろうと」
「なるほど、そういわれると確かに一理あるかもね」
ロマは納得したようだが、アルロは滅多にお目見えすることのない王族の人間がいることで、変に緊張してしまう。
エドワードはともに来た人たちに二言三言何かを言うと、アルロたちのほうへと歩いてきた。
アルロとロマは咄嗟にあいさつの姿勢を取ろうとしたが、楽にしていいと王子に言われた。
「君たちは管理課の人だね。確か……ロマとアルロと言ったか。遅くまでご苦労様。待たせてしまって悪かったね」
「い、いえ。こ、こちらこそわざわざご足労いただき申し訳なく……」
「エドアルドから直接話を聞いているときに、魔石と『森の民』の話が聞こえてきたから。それなら私が出向いたほうが話が早いと思ったんだ」
──管理課に就くときに一度会った時にも思ったけど、殿下ってずいぶん気さくなんだよなぁ。
アルロは改めてお礼を言いながら、思わず王子のことをまじまじと見てしまう。
とても気さくで、貴族や平民関わらず、分け隔てなく接して下さる。それでも、この国の王家の血を引くお方だと感じさせる風格もあり、親しみやすいとはいえ、周囲は自然とその一線を引いて接してしまう。
「さて、彼女が『森の民』だね」
エドワードはそう言うと、『森の民』の少女の前へと進み出る。
少女も彼がアルロたちとは違うと分かっているのか、どことなく落ち着かずに視線をさ迷わせている。
それでも、王子が『森の民』が使う言語を話した瞬間、言葉が通じる人が来たと思ったのか、一気に少女は言葉を発した。
「……なぁ、ミアノさん。なんて言っているか分かるか?」
「……早口過ぎて、あまり。単語単語なら知っている言葉はありますが」
管理課の中で唯一『森の民』の言語が分かるミアノに、彼らが話している内容を尋ねるも、ミアノも単語でしか理解できず分からないと言う。
エドワードと少女の会話は、少女が一方的に話すことで終わった。
エドワードは軽く頷くと、共してきた護衛たちにいくつか指示を出し、2つの伝言鳥を飛ばした。
ひとつは図書館の方へ、もうひとつは森の中へと飛んでいく。
「さて、みんなお待たせ。とりあえず、詳しいことは戻ってからしようか」
指示を出し終えたエドワードはアルロたちの元へとやって来る。
──あ、これ、今日帰れないやつ。
時刻はそろそろ20時の鐘がなりそうな頃。
本当にロクなことにならなかったと、アルロは内心で重いため息をついた。