伝えたい想い③
執務室に全員が集まったのは、事の知らせから数時間経ってからだった。
「ほかの魔石は特に問題ありませんでした」
「地下室の方も、昨日の夜の見回り以外、誰も出入りはしてなさそうだった」
レイとアルロが各々報告を述べる。
それにロマとミアノも続く。
「館内に魔石の形跡はなし。ちゃんと確認した訳じゃないけど、本館の通用口とは別に裏口あたりから、最近の魔素の移動の形跡があった。これ、外に出てった可能性高いよ」
「魔石も特定しました。ランクはレベルE、14日ほど前に鑑石課より保管依頼があったものですね」
「やっぱり鑑石課のミスじゃねぇか」
ぼそりと呟いたアルロの言葉は、エドアルドの咳払いによってかき消される。
「ともかく、魔石が図書館の外に出た可能性が高い以上、王宮へも報告しなければなりません。念のため、館長には館内も警戒していただくようお伝えしています」
そう言って、エドアルドは机の上に置いていた箱をロマに差し出す。
「こちらは、なくなった魔石の破片ですね。運良く残っていました。ロマさんには、この魔素の残滓から、魔石がどこに行ったのか調べていただきたいです」
「……そんなに時間たっていないだろうけど、ここ最近魔石の出入りが多かったから、確実には分からないかもよ?」
「構いません。だいたいの目星がつけられれば」
ロマは机の上の箱を手に取り、応とこたえる。
「アルロさんは、ロマさんのサポートをお願いします。ミアノさんは、私とともに王宮への事情説明ですね。レイさんは鑑石課への報告をお願いしてもいいでしょうか」
「分かりました」
アルロとミアノ、レイもそれぞれ了承し、また各々の役割へと移っていく。
* * * * *
アルロはロマと一緒に、図書館中央棟の屋上へとやって来た。
「なあ、毎回思うんだけど、魔素の残滓を確認するなら、地上からの方が探しやすくないのか?」
「うるさい。人のやり方にケチつけんな」
純粋な疑問だったのだが、どうやらロマはケチをつけられたと感じたらしい。見るからに拗ねてしまった。
アルロは弁明しようとしたものの、ロマは魔法を行使する準備を始めてしまった、諦めて少し離れた位置から見守ることにした。
ロマは片手に杖を持ちながら、箱から取り出した魔石を布で包み、それを手のひらで包み込む。
『テェンギリーフィヴ、ジェスタングル、メスキャ、ベーフィシスヴェルダ』
『フィンストゥ、ヘインミンエイ、ジェスタリクツゥフェイリャ』
──よく淀みなく二重呪文を言えるもんだ。
ロマの魔法を見ていたアルロは素直に感心する。
二重呪文とは、それぞれ異なる系統の魔法を、先に唱えた呪文の効力を維持したまま、次の魔法を行使する高度な魔法呪文である。
今、ロマは布に包まった魔石の魔素と同様の魔素を持った魔石の追跡呪文を唱えた。そして今度は、ロマ自身の魔素感知を向上する魔法を上掛けした。
繊細な魔法が苦手なアルロにとって、到底真似できない芸当だ。
しばらくして、ロマがいったん魔法の行使を中断する。
「どうだ?」
「……多分あっちの方に行ったと思う。他に似てる魔石の気配が少ないから、多分方角としては間違ってない。あとはもう少し近づいてから確認したい」
「りょーかい。ってことは、一旦絨毯で移動した方がいいか」
アルロは非常用として屋上に保管されている絨毯を魔法で引き寄せる。5人乗り用の少し大きめの絨毯だったが、2人用を取り寄せるのも面倒なので、そのまま絨毯の上に乗る。
ロマが乗り込んだところで、アルロは絨毯に浮遊魔法をかけた。
「座ってろよ。絨毯の操縦得意じゃないから!」
「言われなくても」
しっかりとロマが座ったことを確認したところで、先ほどロマが指さした方角へと移動させる。
この魔法絨毯には、予め魔法陣が編み込まれており、初心者でも操縦しやすい仕様ではあるが、それでも人を乗せるとなるとそれなりの集中力を要する。
アルロは空路に沿って操縦しながら、ロマの指示に従い進む。
途中、ロマが方角を確認するために、何度か地上に降りた。
そして、太陽がそろそろ沈み始める頃になって、ようやくロマが立ち止まった。
「多分、ここ周辺がいちばん魔素が濃い。この森の中に魔石があると思う」
「森の中って、マジか……」
ロマの言葉に、アルロは途方にくれる。
目の前には、青々と繁った木々が並ぶ森が佇んでいる。
だが、この森に容易に立ち入ることは出来ない。
この森には『森の民』と呼ばれる先住民が住んでおり、大昔に『森の民』とこの国の王様で取り決めたルールがある。
そのルールのひとつに、「お互いの居住地に許可なく立ち入らない」というものがある。立ち入る時は許可が必要となり、双方の同意なく立ち入ってしまった場合、相応の罰が下される。
「……森の中でも公道の方とかない?」
「どうだろ……可能性はあるけど、魔素の気配的には、公道側よりもっと奥の方だと思うんだ」
そうなると、ここから先はアルロたちの一存では対応できない。王宮や『森の民』への取次などが発生する。
ちょうど、日も落ちようとしている。今日のところは、ここまでだろう。
「ロマ、ひとまず報告に戻ろう。あとはエドアルドさんに頼んで──」
「ねぇ、あっちで誰か倒れてない?」
切り上げようと伝えたところで、ロマが口を挟んだ。
彼女が指さす先に──少し距離があるが──人影が見えた。確かに、遠目から見ても倒れているように見える。
気付いてしまった以上、見過ごすのは躊躇われた。
「俺、ちょっと様子みてくる。エドアルドさんにこれから戻るって、伝えてくれないか?」
「分かった」
アルロは小走りで人影の元へと向かう。
向かいながら途中でその人影は自力で起き上がった。ある程度近づいていたので、その時にちらりと見えた顔にアルロは内心まさか、と思った。
けれど、人影の元にたどり着き、その姿をきちんと視認できる距離まで来ると、アルロは思わず頭を抱えた。
──おいおい、この子どうみても『森の民』だぞ……。
着ている衣類はもちろん、それよりも額を中心に彫られた紋様が、知識として『森の民』であることを確認した。
額に真横一文字に切り傷が見受けられるが、見た目ほど酷いわけではなさそうだ。
「あー……そこの、えっと……言葉、分かる?」
アルロはゆっくりと言葉をかけると、その人の視線がアルロで止まった。
その人は、アルロを凝視したかと思うと、突然ガバリと腕を掴んできて、言葉を発した。
その口調から、かなり切迫しているようだ。だが切羽詰まった様子は見てわかるけれども、肝心の内容が分からない。
「あー……どうしよう」
早口で聞き馴染みのない言葉を聞きながら、アルロは後方にいるロマに助けを求めようとしたところ、
「アルロ! そいつ抑えておいてっ! 例の魔石の気配が薄らとする、何か知ってるかも!」
普段はのんびりと大きな声を出さないロマが後方から大声で叫んでいる。
そして、目の前の人も必死にアルロにしがみつく形で言葉を話している。
今日一日、朝からずっとろくなことがないとぼやいていたアルロではあったが、この状況まではさすがに予見できなかった。
「……マジで、今日、何なの」
思わずこぼれたぼやきは、誰にも伝わることはなかった。