伝えたい想い②
魔石。
それは、端的に言えば、人の、植物の、動物の、この世に存在するものたちの歴史の塊である。
この世界の空気中、また動植物の中には魔素がある。
それは人が呼吸をするための酸素と同様に、基本的には目で捉えることはできない。
目には見えないが、体内に取り入れられた魔素は、その循環を感じることができる。それを魔法として外へ吐きだし、操ることが出来るものたちのことを、世間では「魔法使い」と呼ぶ。
魔素を含む者たちは、肉体の死を迎えても、体内の魔素まで消えることはない。むしろ吸収の制限がなくなる分、生きている時より多くの魔素を取り込もうとする。
体内に魔素が蓄積し続けるとどうなるか。
答えは「石化する」だ。
原理は明らかになってはいないが、人間に限らず、動植物など魔素を含むものであり、いくらかの条件が揃えば起こりうる現象である。
そして、その魔石からは、多くの情報を得ることが出来る。
どのような人・物であったか、生きていた年代、そしてそれらがどのようなことをしてきたのか……。魔石に蓄積された魔素を読み解くことで、多くの情報を知りうることが出来る。
つまり、魔石は歴史を知るための大事な情報源なのだ。
そしてその大事な魔石は、その出自等を詳しく調べられたあと、1箇所にまとめて保管される。
今までこの国で発見された魔石を全て管理しているのがここ、王立図書館の魔石管理課なのである。
* * * * *
「ほらみろ、早速凶報が来たぞ」
アルロの予感は的中した。
魔石がなくなることは少なくとも1年に1度はあるのだが、今年は今日まで、まだその報を聞いていなかった。
アルロが珍しく早起きした今日に合わせるようになくなったのなら、なんという嫌がらせだろうか。
「スヴァル、どの棚の魔石か分かりますか? あぁ、それと他になくなった魔石がないかを──」
「一度にいっぺんに聞かないでよね。レイみたいにそんなに覚えられないわ」
ミアノの言葉を遮り、スヴァルは淡々と言葉を紡ぐ。
「なくなったのはE級ですって。魔石の情報は探し中。レイはひとまず、他になくなった魔石がないか探すと言ってたわ」
報告はお終いとばかりに、ニャオと鳴く。
「なるほど。分かりました」
スヴァルの話を聞いて、エドアルドは「注目」と手を叩く。アルロたち室内の目は、一気にエドアルドに向いた。
「これからの動きを指示します。
アルロくん、君はレイくんと一緒に他になくなった魔石がないか、確認をしてください。
ミアノさんとロマさんは、館内に魔石がないかを探してください。
皆さん、何かしら分かった時点で共有をお願いします。私は館長と王宮に報告をしますので」
エドアルドの言葉に各々応え、アルロはさっそく地下へ向かうために部屋を出た。
ここの図書館は、この国でいちばん大きい。地上だけでなく、地下にもたくさんの部屋がある。もっともその大半は魔石管理場所として割り当てられており、管理課の人以外が立ち寄ることのほうが珍しかった。
「レイー。どこにいるー?」
アルロは「低級管理室」と呼ばれる部屋に入ると、大きな声で叫ぶ。この部屋は地下室の中でいちばん広く、壁回りを1周するのに数時間かかるほど大きい。そのため、拡声魔法を使わないと、端から端まで声が届かないこともよくある。
少し待ったけれどやはり返事はなく、聞こえなかったかと思った時、棚と棚の間から走行機に乗った人がぬるっと現れた。
「アルロさん、おはようございます。朝早いなんて珍しいですね」
「おはよう、レイ。珍しいからこんなことになったのかもな」
現れたレイにもはや何度目かの挨拶を手短に済ませ、アルロは現状を確認する。
「どこから見ればいい?」
「今E級までは見終えました。これからD級のほうを見ようかと」
「じゃあ、俺はC級の場所から見るよ。それ以上はさすがに2人で行かないといけないし」
「そうですね、分かりました」
テキパキと役割分担をし、アルロは移動用の走行機を準備する。かなり広い空間のため、この走行機を魔法で動かし移動するのだ。
「そう言えば、魔石の特定はできたのか?」
準備をしながら、レイへと尋ねる。
「まだ確定じゃないですけど……だいたい14日前くらいに鑑石課から送られてきた魔石のひとつです」
「ってことは、鑑石課のミスってことか」
「それはまだ何とも言えないですね」
レイは紙面に走り書きをし、それをくるりと丸めるとスヴァルを呼んだ。
エドアルドに渡すように頼むと、スヴァルはひと声鳴いて部屋を出ていった。
「僕たちはほかの魔石の確認を急ぎましょう」
「そうだな」
アルロも同意し、2人はそれぞれ割り当てた場所に移動して行った。