伝えたい想い⑩
「ねみぃ……」
翌日、アルロは病院につくや否や大きなあくびをひとつこぼした。
先ほど8時の鐘が鳴ったばかり。アルロにとって、この時間はまだ朝早い時間だ。隣のロマも、通常通りに見えてはいるが、疲労は蓄積されてしそうだった。
病室へと、側近と通訳者、鑑石課が数名、治療班、そして初顔が2、3人いた。
「お疲れ様です」
アルロたちは彼らに声をかけ、室内の末席へと加わる。
室内に置かれた大きなベッドにいる青年を囲むように、何人かが立っている。
「ナズナ、と言ったかな。魔石の人……彼に代わってもらうことはできるだろうか」
医療班の人が青年・ナズナに声をかける。通訳者がそれを訳して伝えると、ナズナは頷き目を閉じる。次に彼が目を開いた時には、それは別人だとすぐに分かった。
「さて……あなたは、ギッスル・ガーテウソンさんですね?」
「……はい、そうです」
青年に憑いている魔石の人格が是と答える。
「あなたの名前、生まれ年、生まれ場所から、身元の特定が行えました。あなたは以前、王都の南側……クアンニという地域の探掘者であった、こちらに間違いはありませんね」
「はい……はい、そうです」
──この人、探掘家の人か……。
アルロは彼が探掘者であるということに納得した。
探掘者は、不運な事故により命を落とすことが多い仕事である。予想もしていない出来事で死してしまい、その未練を一番残しやすい。そのため、その思いが強ければ強いほど、魔石となりえる可能性が高まる。
確か魔石もどこかの山で見つかったと聞いていたので、おそらく探掘中になくなってしまったのだろうか。
「まず、はじめに伝えておきます。今は新暦1296年。つまりあなたが生きていた時から40年以上経っています」
魔石が作られるのに、推定数年から数十年かかる。
これは個人差や魔素の濃度などの環境に依存するところが多く、はっきりと定まっていない。
また、魔石ができたからと言って、すぐに発見されるという訳では無い。魔石が生成されてから、数十年、更には何百年後に見つかる可能性もある。
今回のように、魔石の意識がはっきりしている場合、対話という形式が取られることが多いのだが、その際に必ず今がいつなのか、を伝える必要がある。時代の認識相違によるトラブルが、過去何度もあったためだ。
魔石の本人──ギッスルは、半ば予想していたのか、驚きつつも冷静に頷き返した。
その反応を確認してから、医療班は先に進む。
「あなたには、奥さんと息子さんがいましたね?」
「……はい」
「お二人について、確認が取れました。まず息子さんについて。彼は現在、王都中心部にいらっしゃるようです。本人にも確認を行いました。あなたが会いたいと思うならば、彼は会うと言っています。……どうしますか?」
その言葉に、ギッスルは今まで一番強い反応を示した。彼はしばし悩むようにうつむいていたが、やがて小さく首を横に振った。
「息子には会いたいですが……やめておきます。私がいなくなったとき、あの子はまだ3つか4つだったはず。今更会いに行っても、父親だと覚えていてくれているか」
あきらめたように笑うギッスル。医療班はその答えに軽くうなずき返した後、ではと続けた。
「奥さんについてですが……お辛い現実ですが、彼女は数年前にすでに亡くなっているようです。ご病気だったとか。奥さんの墓の場所は確認しております。……どうします、案内しましょうか?」
医療班のその言葉に、ギッスルの表情はさらに落ちくぼんだ。しばし放念としているように見えたが、しばしして今度は首を縦に振った。
医療班によるギッスルの状態は安定しているという判断が下ったため、一行は病院を離れ、ギッスルの妻が眠っているという霊園へ向かうことになった。
──あの人、ずいぶん落ち込んでいるようだけど、大丈夫かな。
移動のため相乗り絨毯に乗り込んだアルロたち。妻の死を伝えられた後、ギッスルはよほどショックだったのか、ぼうっとしているように見える。
魔石となり、人に憑いた魔石は、強い思いを残している。だが、そうまでして魔石となったとしても、自らが望んでいた結末になることは滅多にない。
そうなってしまった場合、一番危険なのが魔石の暴走である。
魔石の暴走は、人に憑いた魔石の場合、最悪憑かれた人にも影響を及ぼす。最悪の場合、憑かれた人の命さえも奪ってしまう危険性がある。
正直、今の状況もあまり良いとはいえないはずだ。
それでも医療班は問題ないと判断を下した。何か策があるのか、アルロのあずかり知らぬところではあるが、少なくとも憑かれた青年に影響が及ばないという判断をしたのだろう。
──本当、解決すんのかな。
多少の疑念は残りながらも、相乗り絨毯は目的地の霊園へと向かって静かに飛んでいた。