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序章:選択

初めまして、またはお久しぶりです。

久しぶりの新作です。

よろしくお願いいたします。


 森がそろそろ目覚めようとしていた。


 東の空より太陽が昇り始め、夜の闇がゆっくりと薄らいでいく。

 森の中はまだ暗いが、もう少し時間が経てば、陽の光に照らされ動き出すだろう。




 そんな東雲の中、森の中を動く4つの影があった。

 まだ薄暗い中、迷いもなく道を進む彼らは、かなり通い慣れているのだろう。槍や短剣、大きな袋を手に持ちながら、軽々と歩いていく。

 皆一様に、額から目尻にかけて、変わった紋様を施していた。

 そして、よく見れば、彼らは皆、年若い男女であった。




「なぁ、ユリ。お前、今からでも戻ったほう良くないか。そろそろ女衆が起きて、お前がいないって騒がれるぞ」


 最後尾を歩いていたキリが、また同じ言葉を投げかけた。

 ユリと呼ばれた少女は、キリを振り返り顔をしかめる。


「もう、キリうるさい。バレなきゃいいのよ。それに、もう狩りに森に入ることもなくなるかもしれないんだから」

「そう言って、この前もバレて大婆様に怒られたよね」


 ぼそりとキキョウが呟いた言葉に、うっとユリは言葉を詰まらせる。直近でももう3度ほど怒られており、今日のこともばれたら、今度こそ縄にでもくくられてしまうのではと内心思っている。


「まあ、今度こそ本当に最後だろうからさ。2人とも、大目に見てやってくれよ」


 先頭を歩いていたナズナが優しい声色でユリを擁護する。


「そうだよ。今日で最後かもしれないなら、ついて行く一択しかないじゃない」

「はぁ……こんなのを嫁にもらうナズナが憐れに思うぞ」

「俺だったら謹んでお断りするだろうな」

「ちょっと、2人とも。本人目の前にひどくありませんか」


 ユリが少し怒ったような声を出すと、キリとキキョウは上辺ばかりの謝罪を行った。ユリ自身もそこまで怒っていたわけではないので、肩をすくめただけでこの話は終わりとなった。

 彼らにとって、これはよくある光景なのである。




 明け方とはいえ、まだ夜の生き物たちは起きている。

 4人は他愛ない話をしながら、だけど周囲への警戒は怠らないまま、道とも呼べない道を迷いなく進んでいく。


 だんだんと太陽が森の中にも差し射るようになり、少し離れていてもお互いの表情が分かるようになった頃。


「何かいる」


 キキョウが静かに、鋭く言った。

 皆足を止め、各々周囲を見渡す。警戒しながら、けれどいきりすぎないよう、辺りの音に耳を傾ける。

 しばらくして4人にも、何かが這うような、ぶつかるような音が微かに聞こえてきた。


『獣か?』

『人かも』

『1人だけ』


 辺りが明るくなってきたので、ユリたちは声を出さず、口の形だけで会話をする。こうすることで、もし周囲に何かがいたとしても、音でバレることなく会話ができるのだ。


 人とも獣とも分からない音が、だんだんとこちらに近づいているのが分かる。

 そして、もう傍まで来ているのではないかと思った時、突然音が消えた。


 警戒を怠らないまま、キリが1歩足を踏み出した時。


 ──ゴンッ


 視界の中に何かが勢いよく飛び出したのが見えた。

 黒っぽく、てのひらくらいの大きさのもの。それくらいしか分からなかった。

 そして、それはナズナの体にぶつかった。


「ナズナっ!」


 いちばん近くにいたユリがナズナに駆け寄る。

 胸の辺りにぶつかったのだろうか。ナズナはそのあたりを押えている。

 ぶつかったはずの黒っぽいものは、近くには落ちていない。


「ナズナ、大丈夫? 胸にぶつかったの?」


 ユリが問いかけても、ナズナはうぅ……とうなる様な声を上げるだけで、それ以外の反応を見せない。ただ、胸のあたりを押えるだけ。

 キリとキキョウも各々声をかけるが、返事らしい返事がない。

 少しの時間しか経っていないが、3人は変わらぬ反応に不安を覚え始めてきた。


「集落に戻ったほうがいいんじゃないか」

「いや、当たりどころが悪かったら、歩かせるのは止めた方いい。人を呼びに行くのがいいと思う」

「私もキキョウに賛成」


 この中でいちばん山降りが速いキキョウが戻ることに決まった。

 身軽に動けるようにと、彼の荷物を受け取っている時。


「うぅぅぅあぁぁぁ……っ!」


 一瞬、獣の咆哮かと思ってしまった。だが、その叫びはナズナの口からもたらされたものだった。


「ナズナっ!?」

「おい、ユリ!」


 明らかに様子が変わったナズナの元へ、ユリが近づく。

 だが、その歩は、唐突に向けられた視線によって止められた。


 ──ナズナ、なの?


 苦しそうに俯いていた顔があがり、目が合う。

 だがその表情は、目は、ユリが知るナズナとは違う。

 血走った目、歪められた顔、うなり声だけを発する口……。

 まるで別人のようなその姿に、ユリは近づくことを躊躇った。


 ナズナの姿のそれは、その瞬間を見逃さなかった。

 地面に落ちている何かを拾い、一目散に駆けて行く。その速さは、もはや人とは思えない。


「ナズナっ! ……くそっ、おいユリ、ぼさっとしてるな」


 キリに肩を叩かれ、ユリははっとする。

 今から追おうにも、ナズナの姿はもう見えない。足跡を辿れば行方は追えるだろうが、追いつけるかは定かではない。


「キリ、俺集落に戻る。大婆様たちに、このこと知らせてくる」

「あぁ、頼む。俺は少しナズナを追ってみる。ユリ、お前は──」

「私もキリと探す。跡追いは私のほうが上手だろうから」


 キリが集落に戻れと言う前に、ユリは言葉をさえぎった。

 事実、跡追いに関しては、この中ではユリが飛びぬけて上手なため、キリもそれ以上言うことはなかった。


「二刻経っても見つからなかったら戻る。それでいいな」

「……分かった」


 だいたいそのくらいが、キキョウが集落に戻り大婆様たちに事情を話し、男衆が山狩りの準備などをするためにかかる時間だろう。

 ユリも複数での捜索に異はないため、大人しく頷く。

 その間に見つかれば僥倖。見つからなくても、ある程度どちらへ向かったのかさえ分かれば、男衆に伝えられる。


 キキョウが集落に向かって走り行くのを片目に、ユリたちもナズナの痕跡を探した。




 ──そして、二刻経った後。


 途中までは痕跡を辿れたものの、かなりの速さで進んでいるのか、足跡がほとんど見えなくなった。

 これ以上2人で探しても埒が明かないと判断し、ユリたちは集落へと戻って行った。


「大婆様っ!」


 ユリは集落に着くや否や、すぐに大婆様の元へと突撃した。

 彼女が来ることは予想済みだったのか、大婆様はさほど驚いていない。


「……大婆様、キキョウから話を聞いてるかもしれませんが」


 ユリは改めて、簡潔に先ほどまでの経緯を話す。

 大婆様は、ただ黙ってユリの話を聞いていた。


「──以上です。すぐにでも、ナズナを探しに山狩りの令を出してください。今ならまだ、ナズナの痕跡も見つけやすいかと……」


「ユリ」


 静かに、だけどその声色には、微かに諌めるような響きが孕んでいた。


「残念だが、山狩りの触れは出さぬ。ナズナは魔に憑かれた。故に、これより山神様へナズナの魔を払ってくださるよう祈祷を行う。……お主なら、理由は分かるであろう」

「っ……」


 否と言いたいのに、大婆様の言うことも理解できてしまい、その先の言葉が出なかった。


 大婆様は、ナズナの捜索には出向かないと言っている。

 ユリは集落へ戻ってきてから、薄々勘づいていた。

 男衆たちがあまりにも普段通りだったこと。そして大婆様から教わってきた巫女としての知識として、こうなるであろうと考えなかったわけではない。

 だけど、あくまでそれは最終判断としてだと思っていた。


「……魔に憑かれたわけではないかもしれません」

「そうかもしれぬ。だが、お主から聞く限り、事はワシらの手にはおえんじゃろう。それとも、この集落を危険にさらすかえ? お主の父と母のように、犠牲になる者が出るかもしれぬぞ」

「……」


 父と母の話を出されたら、ユリはそれ以上何も言うことができない。


 まだユリが幼い頃、魔に憑かれた者がこの集落に襲撃を行い、その際に父母が犠牲になった。未だにその時の光景は忘れることが出来ない。

 だけど、やはりだからと言って、ナズナをこのまま見殺しになんて出来ない。


「皆に説明を行う必要があるからの、集会場へ行ってくる。ユリ、お主も落ち着いたら来るのじゃ」


 大婆様は部屋の中を杖をつきながら歩き回る。祈祷もすると言っていたので、その準備をしているのだろう。


 ユリはその様子を眺めながら、ひとつの決心をしていた。

 だけどそれは、あまりにも自分本意で、集落の人たちを悲しませることになる決断だ。特に、親無し子のユリを後継者としてここまで育ててくれた大婆様を裏切ることになってしまう。


 ──……そうだとしても。


 だとしても、その為に大事な仲間を犠牲になんてしたくない。


 ユリはゆっくりとその場に正座する。

 ユリが動いた気配を感じたのか、大婆様が訝しみながらユリを見遣る。


 目を閉じ、一呼吸の後、ユリはゆっくりと目を開ける。

 もう、覚悟を決めた。


「大婆様、ここまで育てていただきありがとうございました。そして、大婆様のことを裏切ることになってしまい、申し訳ございません。どうか、わがままな若輩者をお許しください」


 そして、右手の親指の皮を歯で切る。

 血の出たその指を、自分の額へ、集落の紋様が彫られた上へと真横に引く。


「ユリ……お主……」


 大婆様は顔面蒼白になり、その場に崩れるように座り込んでしまった。


 顔に彫られた紋様は、集落ごとによって異なる。紋様が集落の民であるという証だ。

 だが、罪人や集落を追放された人たちは、この紋様を持つ資格がなくなる。この紋様は簡単には消せないため、多くが真っ黒な横線の入れ墨を彫られる。

 そういった人たちは、二度と集落には交じれず、森の中で単身暮らすことになる。彼らのことを、流浪の民と呼んでいた。


 今ユリが行った行為は、本来なら咎人に対し行われるもので、今後集落の一員として生きることができなくなるものだ。


 たった1人のために、今までの生活を失う──。

 愚かなことと思えど、後悔はしていない。


 座り込んだまま呆然としている大婆様の姿に、罪悪感が湧き上がってくるが、ゆっくりとしてはいられない。時間が経ってしまえば、他の集落の者たちが集まり、抜け出すことが難しくなるだろう。


 ユリは姿勢を正し、両の手を地面につけて頭を下げる。

 集落での1番丁寧な礼の作法だ。

 親無し子となった自分をここまで育ててくれたこと、たくさん迷惑を掛けてしまったこと、後継者にと様々な知識を与えてくれたこと──たくさんの感謝と謝罪の念が詰め込まれた礼は、きちんと大婆様まで届いただろうか。


 頭を上げ、大婆様の姿を改めて見た瞬間、ユリは目頭が熱くなるのを感じた。

 ぐっと唇をかんで耐え、ユリは立ち上がり、急いで身の回りの荷物をまとめ始めた。と言っても、そこまでたくさんある訳ではないため、背負えるくらいの布製の入れ物にすぐに詰め終わる。そして、先程まで持っていた狩り用の荷物も持てばおしまいだ。


「ユリ……お主は……」


 荷物を持ち、家を出るところで大婆様の声が聞こえた。

 咎めるような、心配するような、信じられないような、引き留めるような……色んな感情が込められているだろうその声に、ユリは思わず足を止めた。

 だけど、振り返らなかった。振り返って、大婆様の姿を見た瞬間、自分の決意が揺るぎそうだったから。

 留まったのはほんの少し、ユリは意を決して、家を出た。




 集落の人たちがだんだんと活動し始める中、ユリは誰にも見つからずに集落の裏手にあるけもの道にたどり着いた。

 ここは、ナズナやキキョウたちと見つけた、大人も知らない彼らだけの秘密の道だ。


 ──キキョウ、キリ……ごめんなさい。


 きっと姿が見えないユリを探しているだろう。

 2人にすら何も話さず出ていったと知ったら、きっと怒るに違いない。


 ──きっとナズナを見つけて、ちゃんと集落に送り届けるから。


 その時、ユリが一緒ではなくとも……。


 改めて今までお世話になった集落に一礼をし、ユリは集落に背を向け、森の中へと進んで行った。



 この決断が、これから先の彼女の人生を変える分岐点だったとは知らずに──。



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