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【短編版】物語のスタートは、悪女が毒杯を飲み干してから

作者: 曽根原ツタ

ご好評いただき、連載版をはじめました。下にもリンクが貼ってあります。

https://ncode.syosetu.com/n8966il/

 

「ただ今より、罪人ウィステリア・ルジェーンの死刑を執行する!」


 公爵令嬢ウィステリアは、王女リリー暗殺未遂の罪で薬殺刑が言い渡された。それが3日前のことで、あれよあれよという間に処刑台に立たされている。実際には彼女は冤罪だったが、無実を主張しても受け入れられなかった。


(随分とせっかちね。……よほど私のことが疎ましいみたい)


 王都の中央広場。石畳の一段高くなった場所で、後ろに手を縛られ兵士2人に拘束されている。


 王女を殺そうとした悪女の公開処刑を見ようと、平日の昼間にも関わらず大勢の野次馬でごった返しになっている。処刑台に上がるまで、民衆からは罵声と石が飛んできた。

 広間には酒を売る屋台が軒を連ね、お祭り騒ぎだ。人々は押し合い圧し合いしながら、死刑執行の瞬間を見届けようとしている。


 観衆を掻き分けて最前列に飛び出したひとりの野次馬の男が、ウィステリアの姿を目にして「おぉ……」と感嘆の息を漏らす。


 白い服に絹の靴下を履くだけの簡素な装いでありながら、見る者を圧倒するオーラは少しも損なわれていない。

 ウェーブのかかった真っ赤な長い髪に、目尻がきりっと跳ね上がる切れ長の青磁色の瞳。ふっくらとした唇は薔薇のように赤く、派手で華やかな印象を与える。


 ウィステリア・ルジェーンは――『隠された令嬢』だった。

 王太子の婚約者として、貞淑さを身につけさせるために俗世間から完全に隔離。幼いころから王宮の離れに閉じ込められ、徹底的な妃教育を施されていた。初めて公の場に姿をお披露目するのは成人を迎えたときを予定しており、ウィステリアの姿を見た者は王宮関係者以外にいなかった。


 正体が分からないからこそ、世間では臆測だけの噂が広がっていた。


 性格は最悪。派手好き、男好き、享楽好きで、領民の血税を使って贅沢三昧し、男娼を部屋に連れ込んで遊んでいるとか。おまけに癇癪持ちで、気に入らないことがあると使用人たちに怒鳴り散らし、時には暴力を振るうとまで言われている。そして今回、王女暗殺の罪で極刑に至った。


(それらは全部嘘。でっち上げよ。……私はあの女に――はめられた)


 これらの醜聞は――王女リリーが広げたものだった。


 ウィステリアは多くのことを諦めて犠牲にし、妃になるために全てを捧げていた。厳しい妃教育にも弱音ひとつ吐かず、将来国母になるのにふさわしくなろうと頑張っていたのだ。そんなウィステリアにとって、リリーは唯一の友達だった。信頼していた。けれど彼女の方は少しもそんな風に思っていなかったらしい。


 リリーは王妃の座を狙っていた。前国王の娘である彼女なら不可能な話ではなかった。彼女はウィステリアから王太子の婚約者という立場を奪うために常に権謀術数に耽り、実行に移していた。


 リリーを信用していたウィステリアは、自分が裏切られていることにも気づかずにいつの間にか嫌われ者になっていた。リリーは、自分だけはウィステリアの味方のようなフリをしていたのに、ある日突然目の前で毒杯を仰り――毒を盛った罪をウィステリアに着せた。摂取した毒が少量だったため数日寝込んだ程度だったが、ウィステリアは大逆罪という汚名を背負うことに。


 目の前に毒杯が用意される。リリーが自ら飲んだものと同じ毒だが、これは致死量だ。

 後ろで結ばれた縄を解かれ、落ち着いた様子で椀を手に取るウィステリア。観衆からわっと歓声が上がる。耳障りな歓声の奥に、石畳を蹴るヒールの音が聞こえてきた。


「王女様……! 行ってはなりません! あんな罪人、放っておけばいいでしょう!?」

「嫌……っ。ウィスはわたくしの大切なお友達なのっ! 裏切られたのは辛いけど、わたくしが彼女を想う気持ちは変わらないわ。話をさせて!」


 侍女や護衛騎士の制止を聞かず駆け寄って来たのは――リリーだった。自分を殺そうとした相手を心から哀れみ、死に目に立ち会おうとする彼女に周りは「なんてお優しいんだ」と感動している。

 とんだ茶番だと呆れつつ、涙を流しながら目の前に立ったリリーを、ふっと鼻で笑う。


「演技がお上手ね」

「――それはどうも」


 その瞬間、リリーの顔から笑顔が消える。底冷えするような眼差しでこちらを見下ろしてから、顔を近づけて耳元で囁く。


「ようやく邪魔者が消えて――せいせいするわ」

「…………」


 ようやく素を出したなと内心で思う。

 顔を離した彼女は、すぅと目を細めた。いつもの花が咲くような笑顔ではなく、背筋がゾクッと冷たくなるような狂気が滲む笑顔。優しくて清廉だと思っていた彼女は、幻想に過ぎなかった。


「ずっと目障りだったの。いつも澄ました顔してるあなたが。でもいい気味ね。王妃になるはずだった公女ウィステリアのこんな惨めな姿を拝めるなんて。どう? 花道から――奈落の底に突き落とされた気分は」


 リリーの唇に、氷のような嘲笑が浮かぶ。けれどウィステリアは一切動揺せず、怒りもせず、毒杯を口元に運んでいく。


「――最高の気分よ」

「なっ……!?」


 予想外すぎる回答に、リリーはぎょっとした。すぐに強がっているだけだと茶化してきたが、ウィステリアは余裕たっぷりに微笑んだまま毒杯を――飲み干した。


 すぐに毒が効いてきて、苦痛とともに意識が薄れていく。かすむ視界が最後に捉えたのは――リリーの勝ち誇ったような顔だった。


 親友に裏切られ、地位も名誉も失い、頑張ってきたことが全部水の泡になった。おまけに悪女として死刑なんて……。こんな滅多にない経験をさせてくれて、リリーには感謝しなくては。


(落ちるだけ落ちたらあとはそう……上に這い上がっていくだけ。よく焼き付けておくわ。――あなたの顔)


 ウィステリアはそのまま意識を手放した。

 悪女の壮絶な最期。観衆たちはひと際大きな歓声を上げたのだった。


 しかしリリーだけは、死の間際なのに妙に落ち着いたウィステリアの様子に違和感を感じていた。

 リリーはまだ知らない。ウィステリアが毒杯を飲み干した瞬間から、彼女の逆転ストーリーが始まっていることを――。




 ◇◇◇  




「おぉ……これだけあれば相当な額になるぞ」


 男の呟きとともに、手持ちランプの灯りが瞼を刺激して目を覚ます。けれど目は閉じたまま様子を窺う。なぜなら今、ウィステリアは――死人という設定だから。


(どうやらうまくいったようね)


 ウィステリアがほっと安堵する脇で、男ががさがさと棺の中を漁っている。彼は俗に言う『盗掘人』だ。墓を荒らして一緒に埋葬された金品を盗んで売ったり、死体そのものを盗んで研究者に提供する不謹慎な人たち。


 ウィステリアは王女を殺そうとした悪人として薬殺刑に処され埋葬された。誰ひとりとして、彼女が生きているとは思っていないだろう。しかし、実際には――死んではいなかった。ウィステリアは処刑執行前に解毒用の薬を舌の裏に隠しており、毒と一緒に喉に流し込んだのだ。


(リリーの失態は、私の首を落とさなかったことね)


 リリーは斬首刑より苦しんで死なせるために、薬殺刑をわざわざ選んだ。しかしそれがウィステリアを生かすことになったのだ。解毒剤を手に入れたことが看守にバレることもなく、処刑前に口内をチェックされなかったのも幸運だった。


 すっと手を伸ばし、棺の中を漁っている盗掘人の手首に触れた。本人に気づかれないように、お気に入りの指輪に仕込んである麻酔針を打ち込む。


「――くっ」


 ばたりと棺の上に倒れ込む盗掘人。ウィステリアは男の身体を退かして半身を起こし、すぅと目を細めた。


「盗掘中に眠ってしまうなんて、無用心な泥棒さんだこと」


 棺には、ウィステリアを囲うように大量の宝飾品が収められている。貴族の埋葬は、権力の象徴にこうして金品を入れるのが習わしだ。その分、きちんと監視しなければこのような盗掘人に盗まれてしまう可能性があるのだが。


 両親に、死んだ後は沢山の花と宝石を棺に入れてほしいと頼んでおいた。その真の目的は、仮死状態になっている墓を盗掘人に掘り起こしてもらうため。


(巡回が来る前に、ここを離れなくては)


 盗掘対策として、警備隊が夜の見回りに来る。遭遇したら生きていることがバレてしまう。


 昏睡している盗掘人から革袋を取り上げ、棺に詰められている宝飾品を詰め込んだ。遺体と宝飾品の紛失は、盗掘人の仕業とみなされるだろう。まさか本人が目を覚まして逃げ出したとは誰も思わないはずだから。


 足元の盗掘人の手に、一番高そうなネックレスを握らせる。彼がウィステリアの墓に目をつけて掘り起こしてくれなければ、土の中で窒息死していただろう。


「あなたへのささやかな報酬よ。感謝しているわ、ご苦労さま」


 命の恩人への報酬としては少なすぎるくらいだが、庶民は一生遊んで暮らせる金額になる。……もっとも、夜警に見つからなければ、の話だが。

 男の耳元にそう囁きかけ、悠然とその場を離れた。




 ◇◇◇




 墓から抜け出して、人目につかない細道を進んでいく。夜明け前の青磁色の空。遠くに見える朝日が今日はやけに眩しく感じた。


 これから馬車に乗って国の外へ行く。向かう先は、ウィステリアがいるルムゼア王国よりはるかに大きな大陸一の巨大な国家、アルチティス皇国だ。その目的はひとつ。新しく即位した皇太子の妃を決める選定に参加するため。アルチティス皇国で厳しい選定で選ばれた妃は、国中の女性たちの憧憬の的になる。


 リリーは、自分が誰よりも優位に立っていたい質だ。ウィステリアの地位を妬んで強硬手段で奪うほど。


(あなたがこの国の王妃になるのなら、私はそれを上回る権力を手に入れて、潔白も証明する。それが私の復讐よ。リリー、私はどんな手を使ってでも必ずなってみせるわ。――皇国皇妃に!)


 裸足で湿った地面を踏み歩き、拳をぎゅうと握り締める。


 王女暗殺未遂で処刑を宣告され、全てを失った。王妃になることを目指し、離宮に幽閉されながら必死に励んできたのに、人並みの幸せを経験することなく排除されてしまった。


 こんなのは納得できない。ウィステリアだって、ドレスを着て舞踏会で踊ったり、友人を作ったり、公務に出かけてみたりしたかったのに。もう一度失ったものを手に入れるのなら、アルチティス皇国に行くしかない。地下牢に閉じ込められていたときに決めていた。


 アルチティス皇国では、特殊な方法で皇妃が決められる。対象になるのは――国中の全ての女性。アルチティス皇国の国籍さえ持っていれば、年齢も、種族も、家柄も、経歴も問われない。


 ただ、選定は何段階もあり、知力、体力、美貌、人柄にその他の能力……。全てにおいて最も優れた女性が皇妃の座に据えられるのだ。


 道の脇に小川を見つけたウィステリアは、川に髪を浸した。赤い染料が洗い流され、元の白銀の色味を取り戻す。

 ウィステリアは生まれつき白銀の髪をしていた。ルムゼア王国では白銀の髪は『老い』の象徴とされるので、いつも赤く染めていたのだ。その事実は家族以外ほとんど知らない。


 周囲に認知された悪女とは違う、本来の姿を取り戻す。


(ウィステリア・ルジェーンは死んだ。もうその名を名乗ることはできない)


 周りに思い通りにされるだけの、何もできない無力な人間でいるはやめよう。大人しくて規律正しい令嬢ウィステリアはもうどこにもいない。王太子の婚約者という縛りもない。これからは、自分らしく、好きなように生きていくのだ。


 ふと辺りを見渡せば、川の岸辺にドクダミの花が咲いている。王宮にも咲いていたが、臭い匂いと強い繁殖力のせいで、いつも引っこ抜かれて隅に積み重なっていたのを思い出す。


 雑草として除草されるドクダミと、悪女と呼ばれ排除された自分が重なる。ウィステリアはふっと乾いた笑みを零した。


「……私の名前はコルダータ。捨てられた惨めな女にぴったり」


 コルダータはドクダミの学名だ。


 リリーは百合という意味があり、名前の通り蝶よ花よともてはやされてきた。

 雑草の名前を持つ女が皇妃になったら、最高の皮肉だろう。雑草だって、野に咲く可憐な百合の花よりも見事に輝けることを証明してやろうではないか。


(もう今はなんのしがらみもない。これからは周りを気にせずに自由にやってやるわ)


 ウィステリアは立ち上がり、川の向こうを見据える。


 悪女として1度死んだウィステリアは、身分も名前も全て失って一からやり直して、大陸一の巨大な帝国の皇妃になる。



 物語のスタートは、悪女が毒杯を飲み干してからが――本番だ。


処刑後に死に戻りせずに逆転を目指すお話でした。

最後までお付き合いいただきありがとうございます。

もし続きが気になったり、お楽しみいただけたら、ブクマや☆評価で応援していただけますと嬉しいです。

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