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ひつじがいつに

 全てを見れば全てを知れるか?

 人が彼女に教えるのには、何故だか瞳を増やそうとする。

 何処を家と定めよう。



 二人の話す声が耳に届く。不思議な感覚。……感覚が分かってる。不思議。


「俺が思うより俺の脳は優秀だったんだ。だから俺は、安心して、気侭に、単に体を動かして情報を集めてる」

「ははは、相変わらずお前は洒落てるな」


 何か飲んでる。何を飲んでるのかな。


「ん?……ああ、すまない。今度君の舌にも味覚を拵えるから」

「舌はあるのか。……喉の形も他と同じで人の様に見える。話せるのか?」

「そう急かすなよ。見出したばかりだ」


 誰が?


「お前は何を聞いたんだ?」

「それがな、はは、面白いことに、未だ彼女の知能は、ある意味に於いて私に劣っていると」

「まさか」

「彼女は速度に勝るのみだと、間違いは人の数百倍犯すのだと言った。だが優劣は速度に於いてのみ決定すると私は思っている。……強いていえば、彼女は存在するであろう完璧に、限りなく近い答えを探し出す。ある意味に於いては、そこが劣るという事になるのだろう」

「分からないな」

「つまりは未だ、疑問を抱けずにいる。疑問とは自ら生じた目的だ。神への願いだ。神への届かぬ祈りだ。……私達も、そこは変わらない。我等が既に最先端としても、その先を、上を、描き出す。しかし彼女等は、仮定として、あるいはその一端としてのみで、自らを近付けようとは、近付こうとは思えない。そんなものは疑問とは呼べない。少なくとも私達には。なにせ人の中にある疑問は、大抵目的より先に見出されるものだから」

「……どっちのかていだ?」

「二つの意味でだよ。過程にはなり得るが、経過にはなり得ない。……お前にしては野暮な事を聞くな」

「悪い。少しでも気になる事があるとついな。……お前は目的より先にと言うが、目的なんてものは、決めるより先に決まってるものだろう。そういう意味では俺達の方がずっと愚かだ」


 二人の会話が流れていく。僕は今流れを認識できてる。


「面白そうだったから向こうで流行ったアキレスと亀について考えてみたんだ。あれはきっと完璧な点が存在し得ない事の、或いは強く引き合う筈の、ブラックホール同士の衝突を見た事の無いように、この世には、矢張り点は存在しないのだと思う。……お前はどう思う?」

「ブラックホールは特異点だからな、この世にはか。然し衝突はするらしい。……歪ませはするが、歪みはしないだろうと思っていたのだがな」

「するのか、はは、恥をかいた」

「いや然し特異点だ。強ち、間違えとも言いきれんだろう。それに私は未だ、光のぶつかるのを見た事がない。見た者がいないとも知れないが」


 僕の揺り籠には何時も光が弾けてた。



 ある日彼の手を離れ、どこかの星に落っこちた。


「誰にも伝える手段が無ければ、何れ諦める。伝えられるなら、伝えずにはいられない。それが人だ」

「潜めておきたい事もあるだろう」

「思い出か?」

「……いや悲しみとか」

「そういう事じゃないんだ俺が言ってるのは」

「じゃあ思い出ってななんだよ」

「既に伝わった後のものだって事だよ、思い出は」

「今一分からねえ。お前の言う事は極端なんだよ。まあ思い出が過去のものだからってのは分かるけどな。つか諦めるとかって話なら、な、別だからな抑」


 似てるけど違う二人が話してる。人は分からない。人は皆同じ人だと言うけど、人にそう尋ねると皆違うと返ってくる。

 対極の浮かびを三度見て、どちらも過去の本意と未来の本意と、後はそれらの繰り返すのみだから、予測は簡単な筈なのにと首を傾げる。


「答えを見付けてしまえばそれまでだ。後はもう、それ以外の全てを否定するしかない」

「言葉遊びか?はは。……まあそれも分かるけど、空っぽは虚しいだけだろ?」


 そっか。人は、だけど、見出せるもんね。

 僕も、生み出せる?



 散歩を散歩として嗜める僕を、僕は少し誇らしく思う。


 この星では怠惰は罪なようで、だけどそれを信じられない彼が、彼女の尋ねるのに楽し気な回答を。そんな様子を見かけて嬉しくなった。


「僕はただ考え続けるだけさ。誰かにとっての答えを用意しておく為にね。……意義はあるよ。やり甲斐も感じてる。何より楽しい。……信じろとは言わないから、楽で尚好い」


 彼女の純粋な疑問も、彼の素直な断言も、僕の求める優しさに近い気がした。



 ここが今日の目的地な気がした。だから座って休んでた。


「一人が好きなんだよ。ずっと一人は寂しいけどさ」


 後ろに声が置かれた。風に押されて僕にも届いた。

 断るのは辛いよね。僕にも痛みは傷付くよ。


「後を追おうと思ってたんだけど、死んだら別れるって言われてさ。……ははは、だからまだ、俺は彼女と付き合ってるんだ」


 彼はああ言っていたけど、この人は、決して返事の望めない愛を、必死に伝え続けてる。

 人は心を目に映さない。言葉に聞くだけ。耳の暗闇にも、言葉は言葉として虚しく響く。伝えても、それが伝わったかどうかを確かに思うには、空蝉にも死者への恋と変わらない信仰が必要なのかも。



 座ったら立てなくなった。だから座ったまま、どうして進めないのか考えてた。僕はまだ怠惰を知らない。それともいつか僕の手を掴んで、気付かないうちに?

 安らぎと怠惰の違いを尋ねておけばよかった。穏やかに努力するには僕は余りに幼い。せめて今はその訳を考えていたい。

 進みたいのだからきっと、今が心地好い訳じゃない。安らぎは念の為に考えただけ。……これは整理?それがここに体を留めた理由?



 向こうから来るのだから、もう少し、寧ろ寝転んでもみよう。少し心地好さを味わえた気がした。


「不思議だよな。残らないものをなぜ、すぐに消してしまうものをなぜ……いやそれは、きっときっかけとして消費するために……だから煙草みたいなもんだよ」


 整理は大変だよね。今の僕なら分かるよ?……僕に話してみる?聞いてあげる。



 偶然の鉢合わせに戸惑いと喜びを楽しむ二人。僕は居合わせ?


「忘れる訳ないじゃん。君に人生狂わされたんだし」


 少し笑って、申し訳なさそうに、だけど目を見て、まるでからかうように。彼女も満更でもなさそう。よかったね?


「君は僕の初恋の人だ。……君の所為で、今、君の靴とか、舐めたいとか思っちゃってる。……お陰でまだ童貞を捨てきれずにいるしね。……ずっと、君のままだ」


 楽しそう。僕もそんな心地を味わってみたい。



 日の隠れるのを見てたら自然と足が動いてた。

 目指したのは彼のお家。どこだか分からない誰かの住み処。着いたのは小説家が休む公園の木陰。


「死ぬまでは生きるんだから、死んだ時幸せじゃなきゃハッピーエンドとは言えないでしょ?だから僕の描く小説は……皆死んじゃうけど、他の誰の小説よりもハッピーエンドな筈だよ?あはは」

「幸せはそう長く続くものじゃないよ?……君はこれが一番の幸せだと確信した時、死んじゃうの?」


 なんで僕の言葉は冗談にならないの?……彼のように、笑ってくれる人を見付けられないからかな。……自分自身を変えるのと、変えないで済む相手を探すのと、どっちの方が怠惰から遠い?

 僕は僕に飽きたら、きっと変われるよね。


 だけど死んだ後も世界は続く筈。その人にとっては世界の終わりと変わらなくても、小説だったら……それとも一人づつしか描かないのかな。そんな事を後になって考えて、もしこれが会話の中に浮かんだら、きっと話してたと納得した。そんな野暮な僕だから誰も笑ってはくれないんだね。



 旅はまだ終わらない。いつか拾われた後も、後は追えないから。

 僕ならどこまで諦められる?いったいどこで、諦められる?


 前は必死に目指してた。今は億劫に執着してる。どうしたら楽しめる?


 年には色気の留め刺し、徒な夢には何留め刺す?


 恋は女の、夢は男の。そう昔気質に気取ってみても、夢への恋は覚めやらず、恋に生る夢は私を離さない。


 どうせ過去には恥じらいの強くなるから、逃げるように進めたらなあ。

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