7:着脱式巻きスカートよ!
「こ、侯爵令嬢!?」
子爵家に到着して、わざと家人が出てくるのを待っていた。
だって私がエリーシャのバックに付いてんだぞってアピールするためには、本人たちに姿を見せなきゃ意味ないし。
侯爵家の家紋を付けた馬車だから、彼女の義母も姉も面白いぐらい慌てて飛び出して来たわ。
「え? ルシアナ様──」
「エリーシャさん」
彼女には爵位のことを話していなかったので、飛び出してきた夫人の言葉で初めて知ることになった。
でも最初から話してたら、きっと馬車の中でギクシャクしただろうしね。
「言ったでしょ。私、お友達が欲しかったのよ」
ルシアナには確かに友達はいない。
爵位が高い者に媚びへつらうようなのはたくさんいるけど、ルシアナはそんな令嬢たちと友達になりたいとは思わなかった。
だけど実際には爵位こそ全てだという令嬢や、高い地位にいる令嬢に媚び売る者たちしかいない。
「ごきげんよう、ラドグリン子爵夫人。ご令嬢をお連れするのは遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、あの、こ、この娘が、何か侯爵令嬢の気に障るようなことでも?」
夫人がそう言うと、後ろに控えた娘の顔が歪む。
怯えているんじゃない、笑っているのだ。
うぅ、気味悪いぃ。
「いいえ、別に? 私たち、お友達になったんですよ。ね、エリーシャさん」
「あ、は……い。とても楽しい時間でした」
「私もよ。エリーシャさんが社交界デビューする時には、ぜひご一緒させてくださいね」
「は、はい。えっと、十日後の、ウリエーナ伯爵家で開かれるパーティーに……」
十日後……あぁ、そうだったわね。
これまた詳しく描写がなかったけど、伯爵家で開催されるパーティーがあったわね。
このパーティーがエリーシャの社交界デビューになるんだっけ。しかも最悪の……ね。
「ローラ」
「はいお嬢様。ウリエーナ伯爵夫人から、招待状が届いておりました」
「そう。じゃあ帰ったらすぐお返事してちょうだい。私も出席しますって」
それからエリーシャの手を取り、にっこり笑った。
「あなたの社交界デビューを、直ぐ隣で応援しますわね」
「ルシアナ様……ありがとうございます。右も左も分からなかったし、凄く……凄く嬉しいです」
うんうん。子犬みたいで可愛い子ねぇ。
最後に彼女とハグし、後ろに立つ夫人とその娘にも笑顔を見せてやる。
もちろん、嘲笑だ。
分かってんだろうな、ごるぁ。
あたしの友達に手ぇ出したら、ただじゃおかねーぞごるぁ。
こんな感じで。
うんうん、二人の顔が青ざめたから、ちゃーんと察したみたいね。
それじゃあ安心して帰りますか。
「それじゃあエリーシャさん。伯爵様のパーティーで会いましょう」
「はい、ルシアナ様」
あくまで彼女にだけ挨拶をして、馬車へと乗り込んだ。
窓から顔を出し、エリーシャへと手を振る。
そんで止めのひと睨みを母子へと送った。
虐めがこれでゼロになることはないかもだけど、少し減ってくれるといいなぁ。
ウリエーナ伯爵夫人が主催するパーティーまでの間に、お母さまのドレスや家具を大処分。
それと我が家の借金がどれくらいなのか、月々の返済は、利息はいくらなのかお父さまから聞き出した。
その結果──
「月々の利息だけで金貨750枚……なかなかきっついわねぇ」
まぁその枚数はここ数日で手に入ったんだけどね。
とはいえ、これ毎月支払ってたんじゃ、そもそもの借金はいつまで経っても返済できやしない。
お母さまの無駄遣いで増えた宝石類だっけ無限にあるわけじゃないものね。
やっぱりここはどっかーんと、大きなお金を手に入れなきゃ。
その為にも別荘よ別荘!
さっそく夕食の席でお父さまを脅して許可を貰った。
一度も使ってない別荘は、さっさと処分しちゃいましょうねぇ。
あとはどうやって売るかよ。
この世界にも不動産屋は存在する。
お父さまも一度、ここから一番遠くて利用することなんてこの先もずーっとなさそうな別荘を一軒、売りに出そうとしたらしい。
家具も運び込んだ別荘だけど、王都で一番大きな不動産屋に頼んで査定額は購入した金額の一割にも満たなかった……と。
さすがにそれは安すぎでしょ。
この世界の不動産業は買い叩き過ぎよ。
そうなると直接自分で買い手を見つけるしかない。
うぅん……少しでも高く売りたいんだけどなぁ。
少しでも……。
「そうだ。オークションにかければいいのよ!」
と言ってもインターネットがある訳じゃないし、登録すればいいってもんじゃない。
そうね。どうせだったら直接別荘を見て貰って──ふむふむ、そうね、こうしましょう!
これならお金を出す方も、入札しやすくなるんじゃないかしら。
すぐに招待する貴族に宛てた手紙を書き、ローラを呼んで出して貰った。
招待するのは、お父さまにお金を貸してくださっている方々。プラスαで他数人。
そうね、あとは今度のパーティーで別荘を売ろうと思っているっていうことをそれとなく流してみようかしら。
エリーシャの傍にもいれて、別荘売却の下準備も出来る。
一石二鳥ね。
「お嬢様、普段は御着替えなんてお持ちになられないのに。何か拾い食いなさいましたか?」
心配そうな顔をしてローラが言う。
この人、デキるクールなメイドキャラじゃなくって、どちらかというと明るい印象のキャラなのにサラっと毒を吐くのよね。
「いくら私でも、拾い食いなんてしないわよ。まぁ備えあれば憂いなしっていうでしょ?」
私がそう言うと、ローラが首を傾げた。
うん、ごめん。備えも憂いもこの世界にある単語だけど、ことわざはなかったわ。
伯爵家に到着すると、まずは夫人に挨拶してから控室へと向かう。
お色直しのために用意された部屋があって、爵位ごとにその部屋は分けられている。
基本的にドレスは自宅から着てくるものだけど、途中で紐が取れただの化粧が気になるだのいろいろあるのよね。
そして私が向かう控室は、侯爵家に用意された部屋ではなく子爵家の控室。
パーティーが始まったばかりのこの時間、彼女がここにいることを私は知っている。
小説にそう書いてあったから。
扉をノックした瞬間、原作と流れが変わっていたらどうしようという不安が少しだけ過ぎった。
だけど室内から聞こえた声に安堵する。
「エリーシャさん、私よ。ルシアナよ」
「ルシアナ様!?」
聞こえて来た声はエリーシャのものだけど、扉を開けたのは中年の恰幅のいい女性だった。
この人がメイドのソーニャね。
「会場にいらっしゃらないから、こちらだと思って来てみたの」
「ル、ルシアナ様、お嬢様はその……」
ソーニャの顔に陰りがある。
「何かあったの? 中に入ってもよろしいかしら?」
ソーニャが振り返り、それから私たちを中に入れてくれた。
ドレッサーの前に立ったエリーシャの薄桃色のドレスは、一部が茶色の染みが出来ている。
彼女は会場に行かず、ここにいる理由がこれ。
腹違いの姉が、この控室で彼女のドレスに紅茶を零したのが原因。
さて、それじゃあ三流芝居を始めますか。
「まぁエリーシャさん、どうなさったのそのドレス? あ、紅茶ですわねこの香り。今から染み抜きしても間に合いませんわね。あ、そうだわ! うふふ、今日は私、偶然にも着替えを用意してきてましたのよ。大丈夫! サイズのことは心配なさらないで」
「え、あの、え?」
「ローラ、持って来てちょうだい」
「承知しました、お嬢様」
ふっふっふ。紅茶の染みさえ見えなければそれでいいんですもの。
だから今回持って来た着替えのドレスは……
着脱式巻きスカートよ!
★…(´・ω・`)<ほし.;:…ぃ(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..