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6:もしかしてーってことも……あるかなぁ?

「そう、令嬢としてのマナーねぇ」


 エリーシャは若干オブラートに包みながら、どうして自分がベンチで塞ぎこんでいたのかを話してくれた。

 案の定、理由はマナー問題。

 テーブルマナーから部屋の入退室時のマナー。

 そんなもの、平民として暮らしてきた彼女が知るはずもない。

 それを義母や姉は「出来て当たり前」という前提で話を進めるのだと彼女は言った。


「お嬢様も少し前まではめちゃくちゃでしたよねぇ」

「ローラ、今それはいいのよ。ふふふ」


 ローラがさっと視線を逸らす。

 ふ、ふん。そうね。ルシアナの記憶を辿ってみると、確かに一年前のルシアナはテーブルマナーを無視した食事をしていた。

 ただテーブルマナーを知らない訳じゃない。知っていても、それを実行しなきゃいけないような食卓ではなかったから。

 いつも和気あいあいとしたアットホームな我が家では、客がいないときには自由に食事を楽しんでもいいって雰囲気だったのよ。

 お客様がいるときには、それなりにやってたんだから。


 そう。それなり──よ。

 でもお客様から変な目で見られたことはない。

 そしてこの一年、完璧な作法を身に着けるために努力して分かったことがある。


「ねぇ、エ……あ、そ、そう言えばお名前伺っていませんわね。私はルシアナよ」


 おっと危ない危ない。

 小説のカバーや挿絵でエリーシャはバーンって描かれているから、彼女がエリーシャだってことは知ってる。

 でもこの世界・・で私はエリーシャに出会っていない。

 なのに名前を知ってるのは不自然だもんね。


「あ、そうでした。私はエリーシャと申します」

「エリーシャさんね。あのねエリーシャさん。私ね、社交界での作法を学んで気づいたの」


 一から十まで全て完璧にこなさなくてもいい。

 最初と最後だけきちんとして、あとは優雅に振舞えばだいたいそれっぽく見えるのよ。

 つまりちょっとぐらい手を抜いたってだーれも気にしないわ。


「他の令嬢たちだって、完璧な人はいなかったもの」


 完璧っぽく振舞っている人なら結構いるけどね。


「優雅な振る舞い方だって、そう難しいことじゃないのよ?」

「む、難しくないのですか? 私には……とても難しく思いますが」

「んー、想像力ね。ねぇエリーシャ、想像してみて。自分がどこかの国のお姫様で、優雅にティータイムを楽しんでいる光景を」

「お、お姫様っ」

「はい、目を閉じてぇー」


 パンっと手を叩いて、有無を言わさず彼女には指示に従って貰う。

 

「そうね、季節は春か秋ってことで」

「は、春か秋ですね」

「そう。美しい庭園でのんびり過ごしているの」


 暫く妄想の世界を堪能させたあと、


「ちょーっと喉が渇いてきたかなぁっと思って、さ、ジュースを召し上がれ」

「はい」


 すぅっと瞳を開いたエリーシャは、少しのんびりとした手つきでグラスを寄せると、そっとストローに口を付けた。

 いいじゃない、優雅な印象よ。


 こくんっと一口飲むと、エリーシャの顔にほぉっと笑顔が浮かぶ。


「ねっ、ねっ。今の合格よね?」

「合格ですわ。エリーシャ様、とても優雅な仕草です」

「えぇ。どのご令嬢とも遜色ない優雅さでした」


 ローラとナッシュ卿もベタ褒めするレベル。

 

 宮廷作法となるともう少し厳格になってくるけど、一般の社交界ではこのぐらい出来れば十分なのよ。

 まぁそれでも彼女の義母や姉は難癖付けてくるんでしょうけどね。


「エリーシャさん。ギャーギャーうるさい連中の言葉は、右から左に聞き流せばいいの。表では悲しむふりをして、心の中では鼻で笑ってればいいわ」

「主にお嬢様のやり方ですね」

「ふっ、そうよ。社交界なんてね、完璧にこなしたって必ず誰かしら陰口を叩くものよ。そんなのいちいち相手にしてたら、身が持たないわよ」

「は、はぁ……」


 大人しい性格の彼女には、なかなか難しいかしらねぇ。

 バックに強力な後ろ盾でもいれば、その辺の適当な令嬢たちは黙るだろうけど。

 ルシアナが皇子から婚約破棄されて、彼がエリーシャにべったりになるとたいていの人は口を閉ざしたものね。


 ん? あれ?

 そうなると私ってやっぱり婚約破棄されて没落街道まっしぐら?

 ……ふ。

 ちょっと帰ったら残りの借金がどのくらいあるのか、チェックしようかしら。


 別荘全部売り払ったら、どうにかなる?

 元々、借金しなくて一括ポーンと買ったものだってあるんだし。


「──様、ルシアナ様?」

「あ、え? なぁにエリーシャさん」

「いえ、ぼぉっとなさっていたので、どうしたのかと思って」

「大丈夫よエリーシャさん。そうだわ、今度パーティーか何かに出席する時、私に手紙で知らせて。そうしたら一緒に行ってあげるわ」


 ふっ。一応今の段階では、私はベンジャミン皇子の婚約者。そして侯爵令嬢よ。

 幸いというかなんというか、私より爵位が上の令嬢がいないのよね。

 公爵家は令息か、社交界デビューなんてまだまだ先の幼い女の子しかいない。

 実質、パーティーに参加する令嬢の中では、私が一番格上ってこと。


「私なら、アドバイスして差し上げられるかも」

「ほ、本当ですか? でも、さっき会ったばかりなのに、どうして親切にしてくれるのでしょうか?」

「んー……」


 エリーシャに親切にしたら、婚約破棄を免れるかなぁ。

 だって彼女をねちねち虐めたのが原因だろうし。


 でも本当にそう?

 だってベンジャミン皇子は一目惚れだったじゃん。

 やっぱ出合わせたらダメよね。


 それでもエリーシャに親切にしてたら、何か変わるかもしれない。


「そうね。私には友達と呼べるような子がいないの。あなたががそうなってくれると、とっても嬉しいんだけどな」






 子爵家はこの時期、王都の別邸で暮らしている。

 そしてうちは王都の外れに住んでいる。領地が王都に接しているから、本邸を王都に構えているって訳。

 そんなに遠くもないし、彼女を馬車で送ってあげることにした。


 これにはちょっとした意図もある。

 私、ルシアナ・デュール・カイチェスターがエリーシャのバックに付いているのよ!

 というのを、彼女の義母と姉に見せつけるため。

 そうすればお屋敷内での虐めも、少しは減るんじゃないかなって思って。


「エリーシャさんには、お屋敷内で誰かひとりぐらい味方になってくれる方はいまして?」

「味方に? あ、はい。私の専属メイドのソーニャさんがいます」


 ソーニャね。あー、いたいた。

 ちょっと年のいった恰幅のいいメイドさんだったはず。


「じゃあ私に連絡するときは、その方に手紙を持たせてね」

「は、はい。それで、どこにお手紙を出せばよいのでしょうか?」

「ローラ」

「はい、お嬢様。エリーシャ様、こちらにご連絡ください」


 ローラが名刺を差し出す。

 名刺には名前しか書かれていない。それで十分。


 カイチェスターを名乗れるのは、我が家の人間だけ。

 間違って別のところに届くことはない。


「ルシアナ・デュール・カイチェスター様……宛名にそう書けばいいのですね」

「えぇ。それで必ず届きますわ」


 名刺を握りしめ、エリーシャが微笑む。

 ほんと、可愛い笑顔ねぇ。


「私、今からパーティーに行くのが楽しみです」

「ふふ、私も楽しみだわ」


 出来れば皇子と運命的な出会いを果たすあのパーティーより先に、彼女と楽しめるパーティーに参加したいわね。

 なんて考えながら窓の外を見ていると、真っ黒い人を発見した。


「止まって!!」


 慌てて御者に呼びかけると、馬車が急停止。


「エリーシャさん、少しお待ちになってて。知っている方を見つけたの」

「わ、分かりました」

「ナッシュ卿付いてきて。ローラは彼女と一緒に」

「承知しました、お嬢様」


 走りながらナッシュ卿に、探したい人物の容姿を伝えた。

 

「全身黒づくめで、髪も黒。瞳の色だけ金色の背の高い男よ。昨日、スリを捕まえてくれた人なの」

「了解しました。この通りで見かけたのですか?」

「路地の方に入っていくところだったわ。この辺りよ」


 だけど路地を通る人は多い。いくら目立つ容姿だといっても、何百人の中からたったひとりを見つけるのは難しい。

 私より背の高いナッシュ卿もあたりを見渡すけれど──


「見当たりませんね」

「はぁ、やっぱり王都でたったひとりを見つけ出すなんて、無理があるわよねぇ」

「見つけてどうなさるのですか?」

「んー、昨日ね、助けて貰ったのにお礼を言えなかったのよ」

「なるほど」


 ま、これからは町に出る機会も増えるだろうし、もしかしてーってことも……あるかなぁ?


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