4:その時にはうんとお礼をしよう
数百点あるお母さまの装飾品。
それら全てを一度に買い取って貰う訳じゃない。さすがにそんな大金は、このお店にもないだろうから。
だから何点かアクセサリーを買い取って貰って、それらが全部売れたらまた売りに来る。
「ではマダム・リリアーノ。これからよろしくお願いしますね」
「はい。ルシアナ令嬢。こちらこそ、よい取引を持ち掛けて頂き感謝いたします」
「そんな。私の方こそ他のお店も紹介してくれて、本当に助かりましたわ」
マダム・リリアーノが信用出来るお店をいくつか紹介してくれた。
これでアクセサリーやドレス以外も売却できるわ!
さっそくお店に向かって、査定に来て貰わなくちゃ。
「ローラ、家具のお店に行くわよ」
「はい、お嬢さ──きゃっ」
突然、後ろを歩いていたローラが小さな悲鳴を上げた。
彼女は男とぶつかったようで、尻もちをついている。
このベタな展開。
「ローラ、すぐに財布があるかどうか見て!」
言いつつ、私は走り出す。
彼女とすれ違い、何十メートルか離れたあたりで「ありませんお嬢さまあぁぁぁっ」という声が聞こえた。
ふっ……舐めんじゃないわよぉーっ!
「こちとら中高と陸上部だったんだからね!」
スカートをたくし上げ、ローラとぶつかった男を猛追する。
見失ったらダメ。絶対捕まえなきゃっ。
「待ちなさぁーい! 今月分の利息うぅぅぅっ」
逃がすもんですかっ。あの金額だって、今月の利息の一部にしかならないのよっ。
金貨はおろか、銅貨一枚すら盗まれる訳にはいかないんだから!
ふふ、ふふふふふふふふ。
追いついて来たわよぉ。さぁ、あともうちょ──
しまった。今履いてるのは運動靴じゃなくって、ローヒールのブーツじゃん。
右足がガクんとなって、バランスを崩す。
ダメ、待って。そのお金、大事なものなんだから。
お願い、誰か。
倒れる直前で、突然体が停止した。
それから後ろに引っ張られ、倒れることなくその場に立つ。
同時に私の横を、真っ黒な風が抜けて行った。
一瞬にして黒い風はスリに追いつき、その首根っこを掴んで立ち止まった。
「くそがあぁっ、てめぇ、何しやがる!」
ジタバタもがくスリを捕まえたまま、黒い風がくるりと振り返った。
全身黒づくめの装束に髪も黒。唯一瞳の色だけは金色で、余計に際立って見える。
うん、イケメンね。めちゃくちゃイケメン。
ただその表情に爽やかな笑顔はなく、無表情というか不愛想というか。とにかく何を考えているのかさっぱり分からない表情で、何故か私を指差している。
指先をよーく見ると、やや下を指しているようね。
下……下……し……
「ぎゃはははははは。こりゃいい目の保養だぜ」
下品なスリの言葉でよく分かった。
私めっちゃスカートたくし上げたままだったあぁぁーっ!
で、でも、でも大丈夫っ。こ、これぐらいなら下着は見えてないから。うん大丈夫。
さっと手を放してスカートを下ろす。
「なんだよ姉ちゃん。もう終わりか? はぁ、美人の生足、もっと見たかったんだがなぁ」
つかつかと歩いていくと、黒い人がスリをこちらに差し出す。でも首根っこは掴んだまま。
感謝感謝。
「んふ。そんなにご覧になりたいのでしたら、見物料払って頂きますわ──っよ!!」
パァンっという乾いた音が響く。
男の頬を思いっきり平手打ち。物足りないけど、ひとまず一発で勘弁してあげるわ。
ビンタの後は男のポケットを調べる。
抵抗しようと男が私に手を伸ばそうとしたら、後ろの黒い人が、今度は腕を締め上げた。
「ぐぎゃああぁぁっ」
「これ、私の財布なんですけど?」
「ひぃ、くそっ。何しやがるんだ! 俺がなにしたってんだよ。おい!」
「私の財布を、メイドの鞄から掏ったでしょ」
「あぁ? 言いがかりだ! おい、みんな聞いてくれ。この女が俺の財布を盗すもうとしてんだよっ」
……つまりこの財布が私のものだという証拠がないから、逆に被害者面しようってことね。
これもベタな展開だわ。
騒ぎが大きくなってくると、当然やって来るのは衛兵な訳で。
「お役人様、この女が俺の財布を盗んで、自分のものだって言い張ってんですよっ」
そんなの衛兵が信じる訳ないでしょ。
「なんだと? おい娘。自分のものだという証拠はあるのか!? 女だからといって、騒げば自分のモノになると思っているのではなかろうな!」
なんか語気が荒い。まるで脅迫してるみたい。
ふーん。この衛兵もグルなのね。
オレオレ詐欺の亜種みたいな奴かしら。
はぁー、もう仕方ないわねぇ。
「証拠をお見せすればいいんですね。でも最初に言っておきますけど、後悔しても知りませんよ?」
「はぁ? おい、衛兵に向かってそんな脅しは──」
財布──と言っても巾着なんだけど、二重の袋状になっている。
つまり巾着の中にまた巾着ってやつ。
中の巾着を取り出すと、そこに小さなメダルがぶら下がっていた。
「これが私のものだって証拠です。これ、なんだか分かります?」
胡散臭そうな顔をしながら、怒鳴った衛兵がメダルを覗き見る。
そして顔色が青ざめた。
ま、そうよね。このメダルにはカイチェスター家の家紋が彫られているんですもの。
これがうちの家紋だと知らなくても、家紋が彫ってあるメダルが爵位を持つ者の持ち物だってのは衛兵なら知っているはず。
ただの富裕層では、家紋を持つことは許されていないから。
「いったい何の騒ぎだ。おいウドラ、これはなんだ?」
「し、小隊長。これはその……あの……」
あらあら、今度はちゃーんとまともな衛兵さんが来たみたいね。
ニッコリ笑ってお辞儀をした後、自己紹介をしてみた。
「ごきげんよう。私はルシアナ・デュール・カイチェスターですわ。
こちらの衛兵さんが、私の盗まれた財布を『実はお前が盗もうとして自分のものだと嘘をついているのではないか』って仰いますの。だから私のものだという証拠を、今お見せしていたのですわ」
「カ、カイチェスター侯爵令嬢!? ウドラ、これはどういうことだ!」
「小隊長さんでしたっけ? この衛兵さん、あっちのスリとお仲間ではないでしょうか?」
「ち、ちち、違いますっ。お、俺はこんな男、知りません! なんだったら今すぐこの場で処刑してみせますよ」
急に弱腰になっちゃって。
あ、剣抜いたりしてる。これ証拠隠滅しようとしているわね。
「ウ、ウドラてめー! 自分だけ助かろうってのか!」
「だ、黙れ! 俺は貴様など知らん!!」
「小隊長さん。うるさいので二人とも〆ちゃってください」
「も、も、申し訳ございません侯爵令嬢っ」
すぐに駆け付けた衛兵によって、ウドラってやつとスリが連行されて行った。
「お、お嬢様ぁ」
「あ、ローラこっちこっち」
やぁっと追いついたわね。
はぁ、でも私も迂闊だったわ。
宝石を売れば大金を持ち歩くことになるんだもの。もっと気を付けなきゃ。
次から護衛に騎士を連れて行こうっと。
「あ、そうだわ黒い方……あれ? いない」
スリを捕まえてくれたイケメンさん、いなくなってる。
衛兵まで出て来たし、面倒になっちゃったのかな。
「お礼、言えなかった……」
せめてお礼をさせて欲しかったなぁ。
こんな広い王都で、また会えるかなんて分からないのに。
でもその時にはうんとお礼をしよう。
「うぅ、お嬢様ずびばじぇん。わだぢのせいでぇ」
「はいはいローラ。大丈夫。ちゃーんと取り返したから。今日はこのまま帰りましょう」
「あい゛」
家具の査定依頼なら、あとで屋敷の誰かに行って貰おう。
明日は騎士を連れて、マダムに紹介して貰ったジュエリーショップとブティックに行こうっと。