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3:信用できるお店ゲット

「お母さまの宝石類、売却いたします」


 朝食の席で、父にそう伝えた。

 宝石箱がいくつあっても足りないからって、十年前に母がジュエリールームを用意させた。

 それぐらいの量の宝石が、我が家にはある。


「ル、ルシアナ……それは……」

「お父さま! カイチェスター家の資産がどうなっているのか、ご存じですわよね?」

「う、うむ……」

「では、今月の利息はどうやってお支払いするつもりですか?」


 そう尋ねると、父は視線をそぉーっと外す。

 今現在、我が家の家計はひっ迫している。

 侯爵家の事業で、ひとつだけ傾いていないのがある。

 ただ大きな黒字ではなく、お屋敷や別荘で働く使用人のお給料を支払うのだけで精いっぱい。

 とてもじゃないけど、利息を払えるほどは残らなかった。


「だ、だけどルシアナ。お母さんの宝石には、彼女との思い出が……」


 ナイフとフォークをテーブルに置き、それから私は父をキッと睨んだ。


「一度もお母さまが身に着けていない宝石類に、いったいどんな思い出があるのですか!!」

「ふぐっ。そ、それは……」

「どうせ『お店のここからここまでぜーんぶ買って』って言われて、その通りなさったんでしょ! それって大事な思い出ですか? ねぇ? 大事ですか!?」

「かはっ」


 ふっ。もうお父さまのHPはゼロね。

 ここで飴を投入っと。


「お父さま。何も私は全部売却するとは言っていません。お母さまが大事にしていたものは、全部残します」

「ほ、本当かい?」

「えぇ。だってお父さまとお母さまにとって、大切な思い出ですもの。それは私やクリフにとってもそう。ね、クリフ?」


 それまで黙って聞いていたクリフトンがこくこくと頷く。

 さて、次はまた鞭よ。


「お父さま、ご存じですか? クリフがアカデミーに入るのを諦めたことを」

「あ、あぁ。本人から聞いた」

「そうですか。それでお父さまはそれを了承してお喜びになられたのです?」

「うぐっ」


 弟のクリフトンはもうすぐ十三歳。秋から帝国アカデミーに入学出来る年齢だ。

 だけどアカデミーの授業料は前払い制。一年分の金額は、我が家の年間人件費に相当する。

 一括以外認められず、払えるお金なんて我が家には無かった。


「幼い頃のクリフは体が弱く、ほとんど屋敷から出ることなく育ちました。同年代の令息のお友達だっていません。この子はずっと楽しみにしていたんですよ、アカデミーに通うことを」

「姉さま、僕はいいんです。勉学は屋敷の中でも学べますから」

「勉強は出来ても、友達は作れないでしょっ。私はあなたに、寂しい子供時代をこれ以上送ってほしくないの」


 これはルシアナの本心。彼女は……私はずっと悩んでいた。

 どうやったら弟をアカデミーに入学させてやれるだろうかって。

 それもあって皇子の婚約者選びに参戦したんだから。


「お父さまっ」


 ビシっと父を指差す。

 私に指差されてビクリと肩を震わせる父が見えた。


「私やクリフより、何の思い出もない宝石のほうが大切ですか!?」


 ドン! ドドン! ドドドドーン!!






「お嬢様、売るものはこれだけですか?」


 メイドのローラが手にする小さな宝石箱には、ネックレスが二つだけ入っている。


「今日は宝石を買い取ってくれるお店を探すだけなの。だから二つで十分よ」


 ちゃんと適正価格で買い取ってくれるお店で売りたい。

 だからまずはお店で売られている物をチェックして回る必要がある。


「売られている物の価格が、提示されている価格に見合うものかどうかきっちりチェックするわよ」

「お嬢様の鑑定スキル(・・・・・)でですか?」

「その通り。適正価格まではハッキリ分からないけど、偽物か本物か、傷ものかどうかは分かるもの」


 この世界には魔法やスキルが存在する。

 ただし、その種類は極端に少なく、使える人も多くない。

 血統によるものが大きくて、だいたいは貴族にその力は現れた。


 で、私は魔法の力を授からなかったけど、ちょっとレアな『鑑定スキル』を持ってるの。

 鑑定すれば本物か偽物か、いいものかそうでないものかも分かっちゃうんだよねぇ。


 それで分かったこと。


「お母さまの宝石……偽物も混じってたなんて」

「ひ、一つひとつ確認せずに、とにかくばばーっと買っておられましたから」


 ローラが擁護するように言う。

 いいの、別にお母さまのこと庇わなくても。


 はぁ。浪費癖さえなければいい母親だったのに。

 それに、私の鑑定スキルがもっと早くに覚醒していればこんなことにはならなかったのかも。


 私の鑑定スキルは、つい半年前に覚醒したもので、その時には既に母は亡くなったあと。

 お母さまの所持品を鑑定したのは、今回が初めてだった。


「じゃあローラ。まずはあの店に入ってみましょう」

「はいお嬢様。ここは新しいお店ですね」

「そ。私はまだ利用したことないけど、一年前にオープンしたばかりで、若いご令嬢たちに人気らしいの」


 さっそく店に入ると、数組の客の姿があった。

 こういうお店を利用するのは貴族のご令嬢か、平民でも極一部の富裕層だけ。

 店内に二、三人客がいれば、人気店と言ってもいいレベル。


 離れた所で、店員がこちらを見ているのが分かった。

 なんだか品定めしているような目つきね。

 その後、若い女性の店員が私の下へとやって来る。


「何かお探しでしょうか?」

「いいえ。今日は買う予定ではないの。初めてのお店だから、どんなものを取り扱っているのか見るだけだからお構いなく」

「左様でございますか。ではごゆっくりご覧ください」

「えぇ、そうさせていただきますわ」


 ガラスケースに並ぶ宝石に視線を向ける。

 そのうちの一つ、ピンクダイヤモンドと書かれた100万(ロア)のイヤリングを鑑定してみる。

 

【ピンクトパーズのイヤリング。細工レベルは上の下。微小な傷あり】


 そんな文字が浮かび上がる。もちろん見えるのは私だけ。

 ふぅーん。ダイヤじゃなくってトパーズねぇ。

 ついでに他の宝石も何点か鑑定してみたけど、さすがに全部が全部偽物って訳じゃなかった。

 でも細工レベルが低かったり、目視では分からないような傷があったり、そういったのを普通に高額販売している。


「ローラ、次行くわよ」

「はい、お嬢様」 


 歩きながらローラが小声で「ダメでした?」と尋ねてくる。

 私はにっこり微笑んで、


「トパーズをダイヤと偽って並べてたわ」


 と答えた。

 彼女は「うわぁ~」とか言いながら振り返ってさっきの店を見る。

 そして店内の客に向かって、同情するような視線を送った。


 次に向かった店も、若いご令嬢に人気のお店。

 社交界やティーパーティーで名前の出る店だったのだけど……。


「ローラ、次」

「は、はい」


 店を出ると、ローラがさっきと同じ質問をして来た。

 私の答えもほとんど一緒。


「若いご令嬢に人気のお店ってのがみそなのかしら」

「どうしてですか?」

「んー……若いってことは、まだ目が肥えてないってことでもあるでしょ? それに若いご令嬢は、デザインの方を重視する傾向が強いし」

「あぁ、なるほどぉ。確かに可愛らしいデザインのものが多かったですね」

 

 特にここ数年でオープンしたようなお店はその傾向にあるのかもしれない。

 だから少し古びた建物のジュエリーショップに向かうことにした。


 三番目に向かったお店は、古い建物の並ぶ通りにあった。

 店内は落ち着いた雰囲気だけど、十代のご令嬢には物足りないかもしれない。


「ようこそお越しくださいました」


 客を待たせることなく、すぐに接客に訪れたのは中年の女性。

 前の二軒は私を品定めするように店から、店員を選んでいたようだけどここは違う。

 いい雰囲気ね。


「ごきげんよう。今日は買い物に来たのではなく、どんなものを取り扱っているのか見せて貰おうと思って来たの」

「左様でございますか。どうぞ、ごゆっくりご覧ください。気になる物がございましたら、ケースから取り出してお見せいたしますので、ご遠慮なくお申し付けください」

「ありがとう」


 ケース内の宝石を見ていると、驚くものを見つけた。

 紙に【傷あり】、そう書かれた物が置いてあった訳よ。


「そちらは移送中や展示中に傷が入ってしまったものでして。その分、価格は低く設定させて頂いております」

「そう。でもこれ、傷なんてどこにあるのかしら?」

「ご覧になられますか? 拡大鏡を覗かないと分かりにくいものですが」


 そう言って店員が指輪を取り出し、拡大鏡の下に置いた。

 覗き込むと、店員がピンセットで傷の箇所を教えてくれる。

 ふむ……傷、と言われたらそんなふうにも見えるけど、何も言われなかったら分からないレベルね。

 それでもきちんと傷ありってことを明言してる。


 このお店は信頼できそう。


「ローラ、箱を持って来て」

「かしこまりましたお嬢様」


 宝石箱の中に入っている二つのネックレスは、一つは本物で一つはよくできた偽物。

 問題は偽物の細工レベル。

 実は宝石自体はクズダイヤを魔法で合成したものなんだけど、細工レベルは最上級品。

 これにどんな値段をつけてくるのか、そこで売却するお店を考えようと思って持って来たの。


「実は不要になった母の持ち物を整理しようと思って、買い取ってくださるお店を探していたんです」

「アクセサリーの?」


 頷いてから、宝石箱を開いた。


「手に取ってもよろしいでしょうか?」

「もちろんです。ご鑑定ください」


 この場合の鑑定とは、スキルではなく経験による目利きのこと。

 彼女は二つのネックレスを入念にチェックし、それから宝石箱へと戻した。


「まずこちらのサファイアのネックレスですが、引き取り価格は10万Lといったところでしょうか」


 ほほぉ、結構いい値段ね。

 さて、問題はもう一つの方よ。


「ダイヤモンドを散りばめたこちらは……魔法加工ダイヤでございますね」

「!? え、えぇそうよっ」


 凄い。合成技術も一級品で、本物と見分けるのもなかなかに困難だって私の鑑定では出てくるのに。

 それから彼女は細工の技術も相当なものだって褒めてくれた。

 そして肝心な価格は──


「100万で取引して頂けると、大変うれしく思います」

「ひゃ、ひゃくまん!? そんなにするの?」

「はい。こちらの細工は、有名な細工師による作品となっております。魔法の合成技術も優れておりますので、加工ダイヤであっても本物と遜色ございません。そういった点で、100万の価値ありとさせていただきました。もちろん当店からお客様へご提供する際には、多少金額を上乗せしての販売になりますが、それでも買い手はすぐにつくと思われます」

「そ、そうなのね……」

「どうなさいますか? こちらとしてはお売り頂きたい品でございますが、とても素晴らしいものですので手放すのは勿体ないかと」


 欲しいという気持ちをハッキリさせながらも、手放すのは勿体ないことだとも教えてくれる。

 うん、いいお店ね。


「買い取ってください。他にも買い取って頂きたいものが沢山あるのですが、ちょっとご相談、よろしいですか?」


 信用できるお店ゲットっと。 


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