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2:今月の利息、どうしよう

「それでは、ゆっくりとお休みください」

「えぇ。ご足労お掛けして、申し訳ございませんでした先生」


 ご乱心したメイドが侯爵=つまり父に報告して、その父が直ぐに医者を連れて来た。

 まぁ連れて来たといっても、屋敷に常駐しているお医者様だけど。


「ベンジャミン皇子との婚約が決まるまで、ずっと根気詰めて頑張っていたものな。睡眠時間まで削って……」

「そ、そうですわね、お父様」


 そう。毎日八時間以上眠っていた、健康優良児だった私が、皇室に気に入られるために寝る間も惜しんで勉強しまくったのよ。

 皇子に気にいられるためじゃなく、皇帝と皇后に気に入られるために、だ。


 でも今回の件は睡眠不足とはまったく関係ない。

 の知らない場所にいて、いるはずのないメイドさんがいて──混乱しただけだから。


「お父様、まだ朝ですが、今日はこのまま休んでもよろしいですか?」

「もちろんだ。ゆっくりお眠り」


 穏やかに笑う父の隣で、心配そうに顔を覗かせる男の子がいる。

 父と同じ淡い色の金髪に、これまた父と同じ新緑の瞳をした愛らしい少年。私の可愛い弟、クリフトンだ。


「クリフ、心配しないで。ただの寝不足だから」

「はい、姉さま……いっぱい眠ってください。この一年間、ずっと姉さま頑張ってたから。起きたらあまーいお菓子を作って貰って、お庭でお茶をしましょう」

「いいわねぇ。うん、じゃあ約束」


 そう言って小指を差し出すと、クリフがそこに自分の小指を絡ませた。

 十二歳だけど、比較的小柄なのもあってもっと幼く見える。

 あぁ、マジ天使。


 父と弟、そしてメイドたち全員が出て行くと、この部屋には私ひとりになった。


 そぉっとベッドから抜け出し、ドアの前で聞き耳を立てる。

 足音が遠ざかって、完全に人がいなくなったのを確認してから──


「ほんとにルシアナになってんのおぉぉぉ!?」


 と、ちょっぴり声のトーンは押さえて叫んだ。


 ………………。

 落ち着こう。まずは状況の整理よ。


 机に座って引き出しから紙を取り出す。羽根ペンとインクは机の上。

 全てのモノがどこにあるのか知っているかのように、ごく自然な動作でそれらを用意した。


 私は知っている。この部屋の中のどこに何があるのかを。

 

 紙にペンを走らせた。


 1:私は木村楓。

 2:私は恋愛小説【祝福の乙女】に登場する悪役令嬢、ルシアナ・デュール・カイチェスター。

 3:ルシアナの過去の記憶もばっちりある。おかげで家族構成も分かった。

 4:帝国の皇太子とは既に婚約済み。

 5:ルシアナの記憶から計算して、今は初夏。原作のスタート時期でもある。

 6:悪役令嬢の実家は借金まみれ。没落の危機がある。


 1と2で混乱しそうになるわね。

 本屋さんで【祝福の乙女】の続編になる【祝福の乙女たち】を買って、家路に急いでいた。

 そこまではハッキリ覚えてるの。

 それで確か……信号待ちをしていたら、悲鳴が聞こえた気がして。

 もうそこから先の記憶は全くなし。

 気づいたら借金まみれの母親が死んだっていう夢を見て、目を覚ました的な奴よ。


「しっかし恋愛小説の世界に転生だか転移だか知らないけど、こういうのってテンプレな訳? 何番煎じよまったく」


 4が既に終わっているから、この先私には婚約破棄イベントが待っている。

 私が破棄される方ね。

 

 傾きかけた侯爵家を立て直すために、ようやく掴んだ皇太子妃の座。

 だけどヒロインと皇子が出会うことで、あっさり破棄されてしまう。

 最終的には皇子との婚約破棄が原因で社交界からも追放され、侯爵家は没落。

 小説では語られてないけど、没落の直接的な原因は膨らんだ借金を払えなかったからじゃなかろうか。


「じゃあ次に、これから起こる出来事の整理をしてみましょうかね」


 原作の流れはこう──


 主人公のエリーシャは母を亡くした翌日に、ラドグリン子爵家に招かれる。

 そこで彼女が子爵の婚外子であることを知らされ、今後は子爵令嬢として暮らすことになった。

 その後あれやこれやらあって、ベンジャミン皇子の誕生祭で彼と運命的な出会いを果たす。

 で、悪役令嬢ルシアナ侯爵令嬢の、ねちねちとした虐めを受けることになる。

 結果的に勝利するのはヒロインで、ルシアナは婚約破棄を言い渡されることに。

 

 でもそこでめげないのが悪訳令嬢ルシアナ。

 破棄されたあとも皇子とエリーシャの仲を引き裂こうと、あの手この手で嫌がらせをしまくる。

 しかし二人の仲は決して引き裂くことは出来ず、気づけばフェードアウトするキャラ。

 その後の悪役令嬢については下巻の後半で、金持ち男爵に金で買われたっていう描写が二行ほどあっただけだった。


 

 特に断罪されて死ぬなんてことはない。

 だけど、金持ち男爵ってのが問題なキャラなのよ。

 

 五五歳、独身。ぶくぶくと肥え太った肉体と、歪んだ性格の持ち主で、女は金で買うものだと思っている。

 悪役令嬢ルシアナ・デュール・カイチェスターもまた、そんな男爵に買われた女のひとりであった。


 こんな風に書かれてたんだよねぇ。

 五五歳とか、父親より歳食ってんですけど!?


 ぜっっっったい、ヤダ!

 悪役令嬢だからって、バッドエンドなんてまっぴらご免よ。


 それにね……。

 ルシアナの記憶があるから分かるの。


 ルシアナは──は、悪役令嬢なんかじゃない!


 本来ルシアナは、ちょっとお転婆な女の子。

 小さい頃はよく熱を出していたクリフの看病を、自ら進んでやるような弟想いのお姉さん。

 男勝りなところもあって、言いたいこともはっきり言ってしまう性格でもある。

 

 でも社交界でだってティーパーティーでだって、一方的に誰かの文句を言ったり蔑んだことは一度だってない!

 木村楓として見ても、ルシアナは悪役なんかじゃない。


 エリーシャを虐めた──いや、この時点ではまだ出会ってもいないんだけど、きっと彼女を虐めたのだって婚約者を取られる訳にいかなかったからよ。

 皇太子妃になれなかったら、侯爵家の借金は返済出来ないんだもん。

 そうしたら……アカデミーに通いたいという弟の願いも叶えてあげられない。

 侯爵家が没落すれば、父や弟に貧しい生活を送らせることになってしまう。

 それにお屋敷で働く人たちも、路頭に迷わせることに……。


「そうさせたくないから、婚約破棄は是が非でも回避しなきゃ」

 

 じゃあどうやって婚約破棄を回避するのか。

 婚約破棄されるのは、皇子がヒロインに一目惚れしたから。そしてルシアナがヒロインを虐めたからよ。

 じゃあ皇子とヒロインを出会わせなければいい。


 そう難しくはないわ。

 だって私、この物語の展開を全部覚えているもの。  


 まずはヒロインであるエリーシャの、社交界デビューの日ね。

 その日は皇子に侯爵家まで、私を迎えに来て貰おうっと。そして二人で寄り道せずに、パーティー会場まで行く。そうすれば、庭園で迷子になっているエリーシャとの遭遇イベントも発生しないでしょ?


「ふっふっふ。なーんだ、結構イージーモードじゃん」


 皇子の誕生日パーティーまで二カ月ちょっとはある。

 それまでにやれることをやっておかなきゃ。


 まずは──


「今月の利息、どうしよう……」


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