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12:俺の手は、人より冷たいとよく言われる

「お嬢様。謎の黒い御人がいらっしゃいました」


 ローラが満面の笑みを浮かべてそう言った後、ぷふっと噴き出した。


「あ、あぁ! 名前、伺ってなかった!」

「ご自身で『謎の黒い人だ』と名乗ったようですよ。ぷふっ」

「嘘!? え、やだ、その光景みたかった」

「わたくしもです」


 全身黒づくめの男が『おはようございます。謎の黒い人です』とか自己紹介するのよ。

 面白いに決まってるじゃん!


 あぁあ、見たかったなぁ。


 身支度は済んでいるので、さっさと外へ出る。

 あ、馬で来たのね。そりゃそうか。

 王都のすぐ傍だと言っても、馬車で三十分は掛かる道のりだ。徒歩だと数時間かかるでしょうね。


「おはようございます、謎の黒い人さん」


 にっこり笑って挨拶をすると、彼は頷いてすぐ視線を逸らした。

 謎の黒い人、と自分でそう言ったらしいけど、今頃になって恥ずかしくなってんのかな。


「馬車で行きます」

「馬で行く」

「はい、では参りましょう」


 会話、みっじかいなぁ。


 途中でラドグリン子爵家に寄って、エリーシャを拾う。

 少し目の下に隈が出来ているみたい。こっそり鑑定すると、睡眠不足と出た。


「エリーシャさん、ちゃんと寝ましたか?」

「ぁ……それがその……瞼を閉じても魔法陣が頭の中にこびり付いていて」

「え、それって祝福の魔法が!?」

「違うんですぅー。こびりついてるんですけど、うねうねしてるんですよぉ」


 あぁ、なるほど。

 受験前に夢の中でも数式解いてたりする、あんな感じね。

 ふっ。私は夢の中で絡まった釣り糸と悪戦苦闘する夢みたわ!






「ここがこうで……こっちに糸を通してぇ」

「うふふ。傍から見ていると、お嬢様がひとりで変な遊びをしているように見えますね」

「ぶふっ。ちょっと! 変なこと言わないでよっ。鑑定効果が切れちゃったじゃないっ」


 鑑定スキルを使って見える黒い糸は、他の人には見えない。

 糸の絡まりを解く作業だから、確かに手をわちゃわちゃ動かしている。

 そりゃあ他の人から見たら、変なことしている人に見えてしまうかもね。

 

「スキルが切れたのでしたら、ここらで一休みなさいますか? 直ぐに飲み物をお持ちいたしましょう」

「ありがとうございます、司祭様。エリーシャさんはどうですか?」


 今も彼女は、若い女性神官に手ほどきされながら祝福の魔法覚醒に向けて頑張っている。

 

「魔力の練り方は出来ているようです。昨日の今日だというのに、素晴らしい限りです」

「あとは魔法陣を覚えること、ですか」

「まぁこればかりは、なかなか難しいですからねぇ。わたしも『聖なる手』の魔法陣を覚えるのに、一カ月はかかりましたから」


 わぁお、意外と掛かるのね。

 しかも最初の頃は練った魔力で魔法陣を描くのに、結構時間がかかったらしい、

 練り始めて一分ぐらいとか。


 緊急時には、それじゃあ間に合わないわね。

 来年の初夏より少し前には、西の国境付近で隣国と小競り合いが生じる。

 戦争にまで発展しなかったのは、エリーシャの魔法があったから。彼女が祝福の魔法に覚醒したことで、隣国は攻め入るのを諦めたのだし。

 実際、彼女の魔法が覚醒するまでの間に、近隣の町や村で壊滅的なダメージを負ってる。

 

 もし小競り合いが起こる前にエリーシャが魔法に覚醒すれば──


 頑張ってエリーシャ。帝国の運命は、あなたに掛かっているの。

 重荷を背負わせるのはかわいそうだと思うけど、こればっかりは私にもどうしようも出来ないし。


「ルシアナ様、さぁどうぞ」


 神官さんが持って来てくれたのは、グラスにレモンの切り身と氷を浮かべた飲み物。


「氷!」

「あちらの方が、氷の魔法で」


 神官さんの言うあちらの人とは、もちろん謎の黒い人。

 視線が合うと、彼は背中を向けて自分もそれを飲んでいた。


「冷たい氷に感謝感謝。ん、はぁ、さっぱりしてて美味しい。これ、蜂蜜が?」

「はい。実は大神殿の裏手で、養蜂を行っておりまして」

「おぉ! じゃあ自家製なんですねっ」

「その通りです。このレモンもそうなのですよ」


 自給自足かぁ。

 神殿とかって、よく汚職の温床みたいな感じで描かれてる漫画とか多いけど、ここはそういうのがなさそう。

 司祭様も神官さんも、みんなイキイキとした笑顔を浮かべるもん。

 きっといい人に違いない。


 神様お願い。そうであってください。


「さぁて、冷たくて美味しいものも飲んだことだし、張り切って呪いの解除の続きいきますかー!」

「頑張ってください、お嬢様っ」


 ローラはレモンジュース片手に応援してくれた。

 よく見たらうちの護衛騎士の分まで用意してくれてたんだ。有難いなぁ。






 いったんお昼を食べたあと、午後から解呪を再開。

 暫くして、少しだけくらっとすることがあった。

 こんなに連続して鑑定したこともなかったし、少し疲れたかな?

 でももうちょっとで、きりのいい所まで終わるから頑張ろう。

 まぁそれでも今日中に解呪は出来なさそうだけど。


「んんーっ。よぉっし、ここまで来たらあともうちょっと──あ、れ?」


 ぐわんっと視界が揺れたと思ったら、何故か天井を見ていた。

 わー、大神殿の天井ってたかーい。しかも天井にびっしりと絵が描かれてるんだ。


 へー

 へー

 へー


「おいっ!?」


 天井に、謎の黒い人の顔が浮かぶ。

 次の瞬間、物凄い勢いで引き寄せられた。


「はひ?」


 何が起きたの? 体に力が入らない。

 あぁ、目がぐわんぐわん回ってる。それに気分も悪い。


「お嬢様!?」

「ルシアナ様っ。いかん、魔力切れを起こしたようです。こちらへお連れください」


 魔力……切れ。

 あぁ、なるほど。これが魔力切れってやつなのね。

 うっ。気持ち悪い。


 日陰になっている窓際のソファーに座らせられると、ローラが慌てて扇で仰いでくれた。


「ルシアナ様!? 倒れられたのですか? あぁ、ルシアナ様っ」

「エリーシャさん、大丈夫よ。ちょっと目が回ってるけど、魔力切れだそうだから」


 鑑定スキルも魔力を消費する。普段こんなに連続して使わないから、自分の限界も分からなかった。

 昨日は午後からだったけど、今日は午前中から作業をしていたもんね。

 消費量は昨日より多いはず。

 丸一日は耐えられないのかぁ。はぁ、私って雑魚だなぁ。


「お嬢様、井戸水でタオルを濡らして来ますね」

「あー、うん。おねがーい」


 冷たいタオル、気持ちよさそう。


「ルシアナ様。目を閉じられるとよろしいですよ。鑑定は目がお疲れになりやすいと聞いたことがありますので」

「司祭様、そうなんですね。スキル持ちなのに、よく分からなくって」

「仕方ありません。なかなかレアなスキルですので」


 司祭様の言う通り、目を閉じると少し楽になった。

 ぐるんぐるん目が回っていたし、それがなくなっただけでもありがたい。


 目を閉じていると、ひんやりとした感触が頬に触れた。


「はぁ、ほんのり冷たくて気持ちいぃ……ん?」


 ローラがタオルを持って来てくれたのかな?

 と思ったけど、タオルの感触じゃない。


 手?


 そぉっと目を開くと、私を見下ろす金色の瞳と視線が合った。


 つまりこのひんやりしているのは……。


「俺の手は、人より冷たいとよく言われる」


 謎の、黒い人さんの手、だった。



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