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10:実際、紙に描く。そして覚える

「ふぅ……」


 まぁたあの方にお礼を言えなかった。

 っていうか、パーティーの参列者だと思ったのに、どこ探しても見つからないんだもん。

 

「どうしたのだ、ルシアナ嬢」

「あ、殿下……申し訳ございません」

「先日の誘拐未遂事件のことか?」


 今日はお城でベンジャミン皇子とお茶会の日。

 特に和気あいあいとした雰囲気なんてものもなく、ただただ婚約者と定期的に顔を合わせるための行事でしかない。

 しかも今日はいつもより護衛の騎士の数が多かった。

 まぁそうよねぇ。誘拐されかけたんだし。


「あの時一緒にいたご令嬢が、社交界デビューだったのです。あんなことがあって、パーティーが怖くなったりしないか気がかりで」

「……自分の身より他人のことが気になるのか?」

「ちょっと予想外なところもありましたが、基本、誘拐しようとしているのなら殺される心配はないと思っていましたので」


 実際その通りで、あの時の奴らに私を殺す気はなかったと思う。

 予想外なのは怪我をさせても構わなかったという点。


「誘拐犯に心当たりは──とそなたに聞いても、分からぬだろうな」

「むしろ、第一皇子の婚約者ですから……誘拐されるだけの理由はありますわ」

「そうだな……しかし残念なことに、いったい誰が誘拐を依頼したのかは分からぬ。まったく殺すのはひとりにして、もう片方は生かしておけばよかったものを」


 結局、氷漬けにされた方も溶かしてみたら死んでいたそうな。

 ま、まぁそうよね。うん。

 犯人は死んでしまったけど、あの二人に私の誘拐を依頼した人物がいる。

 だって「傷つけてもいいと言われた」って、あの男の口から出たんだもの。

 依頼者がいなくて、あの二人が計画実行したなら、言われたなんて言うはずがない。


 さすがに皇子の婚約者が──というのもあって、王国でも調査をしてくれているようだけど。

 証拠が何もない。

 もちろんパーティーの主催者である伯爵は、なんの関係もなかった。


 原作にはない襲撃イベントだったし、私にも犯人が分からなかった。


「あまりこの話は楽しくないな。話題を変えよう。ん-、そういえば……侯爵家が所有する別荘を売りに出すそうだな」

「あ、殿下のお耳にも入ったのですか?」


 珍しく柔らかな笑みを浮かべて私を見る。

 お互いこういう身分だから、恋愛結婚なんて出来る訳がないと分かり切っている。

 だから殿下から恋人だとか、そういった感じの扱いは受けたことがない。

 だけどたまーに、こうして優しく微笑んでくれることがあった。

 ルシアナ(・・・・)にとっては、たったそれだけで満足だったみたい。


 は……原作の展開を知っているだけに、笑いかけられたぐらいじゃ絆されないけど。


「本宅以外でしたら、王室の方でお気に召す物件があれば、ご紹介いたします」

「はは。なかなか商魂たくましいな。ひとり心当たりがある。あまり仲がいい方ではないが、声を掛けてみよう」

「仲がよろしくないのですか?」

「……三番目の弟だ」


 三番目……ひえっ。

 それって確か、北部の悪魔と呼ばれている第三皇子のこと?

 原作ではこれまた描写の少ないキャラで、イラストはおろか名前すら出てこないのよね。


 分かっているのは、第一皇子とは腹違いで母親は平民。めちゃくちゃ魔力が高く、平気で人を傷つける狂暴性を持つ人物だって語られていた。

 幼い頃に前皇后──つまりベンジャミン皇子の母君に虐められて、怒りで魔力暴走させて後宮を半壊させたってことぐらい。

 後宮という場所柄、防御結界のおかげで人間は全員無事だったらしいけど。

 その後、第三皇子は王宮から追放されて北部を治めるリュグライド公爵が後継人として引き取った……という説明まではあった。


 ただ、続編は北部を中心にしたストーリーになっているから、もしかしてそっちでメインになるキャラなんじゃないかって噂はあった。

 そして私は、続編を読まずに死んじゃったから真相が分からない。

 うぅ、こんなことだったら表紙カバーを見とくんだったぁ。

 予約してたから、買う前から袋に入れられてて中身まったく見てないのよぉ。


「ルシアナ嬢、心配することはない。あいつは確かに不愛想で、顔色一つ変えずに魔物を葬るような奴だが、善良な者に手を上げるような奴ではない」

「ぜ、善良、が前提なのですね」

「はは、言い方が悪かったか。悪党以外には手を挙げることはない。たぶんな」


 最後のそのたぶんってなんっすか!?

 しかも私、原作通りに進んだら皇子にとって『悪党』になるんですけど?


「確か君の父上は北部にも別荘を持っていただろう? ならば弟の後継人でもあるリュグライド公爵が興味を持つかもしれない」

「北部のですか? 雪山を背景に、まるでお城のような別荘の絵が気に入った母が、その別荘を買ったものなのですが……もちろん、一度も訪れたことがないのです」

「はははは。君の父上は、本当に奥方を愛しておられたのだね」


 ふわっと笑みを零すベンジャミン皇子。

 恋愛小説の主人公と恋に落ちるキャラなだけあって、ベンジャミン皇子は当然イケメン。

 優しい面持ちで、年齢の割に幼く見えるところが人気だった。


 そんな人に微笑まれても、まったく胸がときめかない。

 

 だってこの人。

 こーんな優しそうな顔してても、一目惚れ癖があって速攻心変わりするんだもん!


 ふむ。北部の別荘かぁ。

 リュグライド公爵はきっとお金持ちだろうし、いい値段で買ってくれるかしら?

 プランBが現実味を帯びて来たわね。


 あとは、傾きかけている事業の立て直しよね。

 でもそっちは流石に私にもどうにもできないし。

 ふーむ。






「ってことで、王国でも調査をしてくれたらしいんだけど依頼者は分からず終い」


 皇子との茶会を終えた翌々日、今日はエリーシャと町でお茶をする約束をしていた。

 あんな社交界デビューになっちゃったし、大丈夫かなと思ってお手紙を出していたのよね。


 エリーシャには皇子との婚約話は伏せておいて、ただ王国の調査機関が調べてくれたとだけ伝えた。


「そう、ですか……でもそうなると、ルシアナ様がまた誘拐される可能性もあるのですね? こんな所で私と会っていても、よろしいのでしょうか?」

「んー、平気へいき。あの時は人から離れた場所にいたけど、町の中は人だらけでしょ」

「それに本日は護衛騎士の方も五人いらっしゃいますので」


 とローラが得意げに話す。


「え? アッシュ様はいらっしゃらないようですが?」

「うん。アッシュ卿含めて、少し離れた所で見守っているのよ」

「そうなのですか」

「アッシュ卿もだけど、今回は魔法を使える騎士を専属でつけてくださったので大丈夫ですよ」


 魔法を使える騎士はそう多くはないから、今回私に五人も付けてくださったのはお父さまがそれだけ心配してくれているからだろうな。

 本当は遊びに行っちゃダメだって言われてたんだけどね。


「魔法と言えば、先日の黒い方」

「黒い? ぷっ、エリーシャさんも第一印象は黒なんですね」

「え、あ、はい。じゃあルシアナ様も?」

「もちろん! だって上から下まで、ぜーんぶ黒なんですもの」


 言って私たちは笑う。


「ふふふ。それで私、魔法を始めて見たのですが。あの、青白く光ってた丸いあれはなんでしょうか?」

「丸い? 魔法陣のことかしら」

「そうだと思われます。エリーシャ様、魔法を使う際には必ず丸く光る模様を描く必要があるのです」

「描く、のですか? あんな細かな模様を、いったいどうやって?」


 エリーシャのその質問に、私もローラも答えられない。

 だって私たちは魔法が使えないから。


 うぅん、アッシュ卿が来て説明してくれないかしら。

 今どこにいるんだろう。そう思って視線を右に向けると、黒い壁が遮った。


 このデジャブ……。


「実際、紙に描く。そして覚える」


 そんな声が頭上で聞こえた。

 見上げるとそこには全身黒づくめで、瞳の色だけが金色の黒い人が立っていた。



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