1:ここはどこ、私はだぁれ?
お母さま。どうして死んでしまったの。
こんな……こんな……
「借金だけ残してさっさとくたばるなんて酷すぎ──え?」
ゆ……め?
うぅ、なんか凄く嫌な夢を見たわ。
金遣いの荒い母親が、もんの凄い額の借金を残して死んじゃった夢。
しかもその母親ってのが私の母じゃなくって……ん?
あの人、誰?
「お嬢様、おめざめでしょうか?」
「えぇ、起きてるわ。どうぞ」
「失礼いたします。お嬢様、お体の方はどうですか?」
「少し気怠いだけ。でもだいじょう──ん?」
私、誰と会話してるの?
声がした方に視線を送ると、メイドさんがいた。
ここはメイド喫茶ですか?
いやいや待って。
「ここ……どこですか?」
「え?」
「え?」
お互い首を傾げたまま暫く呆然。
先に動いたのはメイドさんのほう。
「お嬢様大丈夫ですか!? あぁぁ、どうしましょうっ。旦那さまっ、旦那さまぁーっ!」
メイドさん、ご乱心。
叫びながら部屋を出て行っちゃった。
ふっ。私がお嬢様? そういうプレイなの?
だいたいここ、どこなのよ。
あ、ベッドの上だった。
しっかしなんなの、このふりっふりの天幕付きベッド。これキングサイズっていうの?
いやぁ、お姫様みたいだねぇ。
「ってほんとここどこなの!? 何この部屋っ。ひろっ!」
高価そうなアンティーク家具ばっかり。部屋の雰囲気も今風じゃない。
私、ついさっきまで本屋さんにいたはずよ。【祝福の乙女】の続巻発売日で、それを買って急いで家に帰ろうとしていたのに。
なんで、どうやってここまで来たの?
「メイドさん、私のことお嬢様だって言ってた。はは、お嬢様、ねぇ」
ベッドから起き上がって、部屋に置かれたドレッサーに向かう。
大きな鏡に映っていたのは、私、ではない。
銀色のサラリと長い髪に、瞳の色は赤紫。
「……うそん」
鏡に映るのはこの人物だけ。
えぇーっと、誰ですか?
あ、そうそう。【祝福の乙女】の登場人物に、髪と瞳の色が合致するキャラいたっけ。
悪役令嬢ルシアナ・デュール・カイチェスター。
侯爵家のご令嬢で、【祝福の乙女】ではざまぁ対象になっている悪役キャラが銀髪に赤紫色だったはず。
かなりの美貌の持ち主って描写だけど、口絵も挿絵にも描かれていないからそれ以上は分からない。
あ、年齢は十七歳だったわね。
鏡に映ってるのはまさにそのお年頃。それに、すっごい美人。
「うそん」
本日二度目。
あぁ、これは夢。夢よきっと。
なのに……なのに記憶が流れ込んでくる。
悪役令嬢ルシアナのこの十七年間の記憶が。
そして知った。
「この家、没落寸前じゃない!?」
一年前に病で亡くなった母は、とんでもない浪費癖があった。
自分を着飾る宝石類やドレスはもちろん、家具や芸術品、はては別荘まで。
侯爵家だし、別荘を持っているのも当たり前な身分だけど、それでも三十軒って多すぎでしょ!?
元々侯爵家が所有していたのは四軒。
母が「これ欲しいぃ」で買ったのは二十六軒。
「私の……ルシアナの記憶だと、二十六軒のうち使ったことあるのって二、三軒じゃない!」
バカなのなんなの?
ルシアナが幼い頃は、それでも侯爵家の事業が上手くいっていたから良かった。
だけど五年前ぐらいから少しずつ経営が悪化していって、今では赤字ばかり。
膨らんだ借金を返済するためには、私が超超超大金持ちと結婚するしかないのよ!
侯爵家の没落回避も必須よ。可愛い弟のために、このカイチェスター家は残しておかないと。
それを可能にしてくれる旦那様と言ったら──
「次期皇帝であるベンジャミン・ローズ・フィアロス皇子ただひとり!」
そのベンジャミン皇子とは先日、無事に婚約が決まった。
これでルシアナの未来は──侯爵家の未来は安泰よ!!
とはいかないのよねトホホ。
この【祝福の乙女】の主人公であり、ヒロインのエリーシャと結ばれるのが、ベンジャミン皇子殿下。
「つまり私ことルシアナは、婚約破棄を言い渡されて没落する運命になってるんだよねぇ。ははん、ははははーん」
なんてこった。
はじめての異世界恋愛です。
いや書いたのは初めてではありません。途中で発狂してボツにしてばかりいただけです。