何でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?
冒険者ギルドを後にした一行は馬車で王都の門を潜り、目の前にある手近な森の前で降ろしてもらう。
「前衛がレオンとリリア嬢。残りは援護射撃でええか?」
「構わないよ」
「分かりました」
「ホーンラビットはそんな見つからないものでもないからな。すぐ帰れるだろう」
ホーンラビットはそんなに強い魔獣ではない上に珍しいものでもない。すぐに見つかる魔獣だ。
森に入ると早速ゴブリンが現れる。冬に生まれたゴブリン達が集団を作っている。基本的に前衛であるレオンとリリアで倒せるのだが、魔法の方が何かと戦いやすい。何しろゴブリンの血は匂いがエグい。返り血を浴びずに剣で倒すのは難しいのだ。よく考えればノリと勢いで依頼を受けて来たが、着ているのが制服だ。初日で匂いをこびりつかせたくはない。
「結構いるねぇ」
「そのせいかホーンラビットがおらへんな。もう少し深くにもぐろか?」
「そうだな。この調子ならもう少し深くてもいけそうだな」
「では行ってみましょうか。魔力の枯渇など、何かあったら言ってください。無理せずに撤退しましょう」
バルトの一言に全員が了承する。無理せずに撤退も視野に入れる。冒険者になりたての者が見落としがちな判断だ。生きていなければ金も稼げない。撤退は決して恥ではないのだが、若いとプライドが許さないのだろう。リリア達は命あってこそだと思うので撤退は考慮に入れるのだ。
少しすると森がざわざわしている事に気が付く。何者かを警戒している様な……
「この気配って……」
「何かありましたか?」
「……ブラックウルフ?」
「「「「!?」」」」
驚くのも無理はない。何しろ狼系の魔獣は狩猟系のため群れで襲って来る。まだギルドに登録したばかりの冒険者で太刀打ちできるものではない。
「……数は?」
「およそ10です。すでに囲まれていますね」
「マズイやん。どないするん?」
「一点集中で攻撃して無理に突破する考えもあるけど、無理そうだねぇ」
姿を現したブラックウルフは低く唸りながらジリジリと近づいて来る。バルト達は緊張している。
「【ダークバインド】」
リリアが言うとブラックウルフ達の足元にある影から黒い触手が現れてブラックウルフ達を捉えた。呆気にとられる一行。こんなに広範囲に魔法を使えるというのはよっぽどの魔法使い出なければ出来ないのだ。
「捕縛しました。攻撃どうぞ」
「……やりましょうか」
バルトの言葉で全員我に返った。各々1匹づつ討伐していく。抵抗も出来ず、どんどんとブラックウルフ達の首が落ちてゆく。こっちは何も問題はない。そう、『こっち』は。
「あとは……」
リリアの視線の先には一際大きなウルフがいた。
「これってまさか!」
「え、え、エンシェントウルフ!?」
「う、嘘やろ……」
「こんなところに何でいんだよ!?」
「知りませんけど、これを放ってはおけませんね」
こんなところにいるはずのないエンシェントウルフ。圧倒的な威圧感にリリア以外は動けずにいた。
リリアは懐の短剣を片手は逆手、反対は順手で握る。グルグルと唸るエンシェントウルフはどこか様子がおかしい。ウルフの種族は基本頭がいい。群れを統率するリーダーともなれば、相手の強さを把握し時には戦わず逃げると言う判断も出来る。しかしこのウルフは違う。目の前にいるリリアが己の強さ以上の殺気を放っているのに逃げようとしない。完全に理性がなくなっているのだ。
『アォォォォォォォォォン!』
「っ!」
エンシェントウルフが突っ込んできた。さっと避けると避けた先を読む様に後足で蹴ろうとして来る。流石はスピードの早いウルフだ。身体強化を使い速度を上げると、リリアはウルフの懐に飛び込む。横に避けようとするウルフの先に石壁が現れ、進行方向を塞がれる。一瞬だが隙が生まれる。そこを逃さず、首元目掛けて短剣を振り下ろす。刃が短いため、一発では仕留めきれなかった。血飛沫が舞う。エンシェントウルフの体をけって距離を取り、間髪を入れずにもう一撃、今度は風の刃。短剣で切った所に吸い込まれる様に入る。今度こそエンシェントウルフの首は切り離された。
「よし」
「リリア!怪我あらへんか!?」
ブラックウルフの大群も無事に討伐した様だ。慌ててメイベルが駆け寄って来る。
「ええ、問題ありません。あの土壁、メイベルですか?」
「せやで」
「ありがとうございます。助かりました」
「ええて。たまたまやさかいな」
メイベルは少し照れた様に言う。あの土壁のおかげでエンシェントウルフの動きが止まった。結果的に早く討伐できたのだから功労者だろう。
「しかし、ここでエンシェントウルフが出現するなんて……」
バルトは眉根を寄せる。確かにこの森はブラックウルフは出るが、エンシェントの報告はなかった。
「これはギルマスに報告だねぇ」
「一度撤収してギルドに報告しに行くか?」
「そのほうが良さそうだね。ホーンラビットは期限が2日になってるからね」
一同はブラックウルフとエンシェントウルフの素材を回収して森を抜けた。その道中で図らずもホーンラビットを発見して20匹と言う大量捕獲となった。普通こんなに固まって出てはこない。これも異常行動だと言う事でギルマスへの報告が一つ増えた。
ギルドに戻るとまっすぐ受付に向かった。
「あら、お帰りなさい」
「すいません。ギルマスいらっしゃいますか?」
「ギルマス、ですか?」
「少し問題が起きまして……ホーンラビットは討伐してきたんですがその行動の異常さもさりながら、あの森では出て来ないはずの魔獣がいたので」
「……!分かりました。すぐにお話しして参ります」
受付嬢はそう言って裏に向かう。すぐに執務室に通された。
「何だって!?エンシェントウルフが出た!?」
ギルマスは叫ぶ。当然だろう。エンシェントウルフは、この国でも特定の領地に出る魔獣だ。
「はい。正直言って、彼らの行動にも少々疑問がありました。明らかに理性がなく、私の殺気を浴びても襲いかかってきました」
「そうか。普通はそれで逃げるのか?」
「エンシェントのレベル以上にはなっていますので、本気で殺気を放ったのに逃げなかったのはおかしいです」
「100レベルの殺気だったら普通は逃げるわなぁ……」
「しかもホーンラビットが群れで出てきました。いつもは多くとも5匹なのに」
ホーンラビットは群れる魔獣ではない。5匹集まっていたら多いほうだ。それが20匹も集まっていたのだ。
「確かに20匹は前例がないな」
「とりあえず、今日の討伐で感じた違和感は以上です。ブラックウルフは討伐依頼は出てましたか?」
「一応出ているが、Dランクの依頼だぞ……」
「依頼達成、とは出来ないですよね」
「すまないな」
「まあ、前例もないでしょうから仕方がないですね」
リリアはため息を吐いた。普通、Gランクの冒険者がDランクの魔獣を討伐出来るなんて誰も想定していない。仕方がないだろう。
「第一、リリア嬢がいなければ私たちで討伐できませんでしたからね」
バルトは笑って言う。確かにリリアのダークバインドで拘束していたから安全に討伐できたのは事実だ。
「そらそやな。おかげさんでレベルがぎょうさん上がったわ」
「まさかあれで20まで上がるとはねぇ」
「そんなにあがったのか!?」
「まあ、ブラックウルフ10匹にホーンラビット20匹ですからね」
強制的にレベル上げにもなってよかったのではないだろうか。学園の一年生で10レベルあったら優秀らしいから、結構規格外レベルなのだろう。20なら卒業生のレベルだそうだ。
「今年一年で最低でも50までは上がって欲しいんですけどね」
「「「「「は!?」」」」」
「せめてCランクにまでは上がりたいんですよ」
「何でやねん!」
「受けられる依頼の報酬が桁違いですから」
「そらそやけど!」
「大丈夫ですよ。今日の様子を見た限り、出来なくはないなと判断しました」
「50ってどれくらい高いか知ってるか?俺も60なんだぞ?」
「え、そうなんですか?」
英雄視されてる元Sランクで60レベルだなんて。……弱すぎない?
「では、ギルマスの強化は後ほど考えるとして」
「お、おう」
英雄ギルマスのレベルを聞いて『強化する』と言い切った学園の一年生。ギルマスも反論は出来なかった。
「うちのパーティーは今年中に50レベルまで行きましょう。そして今年中にCランクに上がります」
「いや、無理やて!」
「安心してください。私が鍛えてあげます」
「そうやないて!」
「私がレベル100にまでなった訓練方法を伝授しますよ」
「それは興味あるな」
「ギルマス!」
「確かに50になるかはともかく、強くなる方法には興味あるねぇ」
「んなアホな!」
「今日のリリア嬢の戦闘を見る限り、私達が足手まといにならない程度には鍛えないといけませんからね」
「嘘やろ!みんな毒されすぎや!」
「メイベル」
「なんや!」
「……諦めろ」
「何でやぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
かくしてパーティーメンバー全員はレベル50とCランクを、ギルマスはレベル80をそれぞれ目指す事となった。……メイベルの悲痛な叫びはギルマスと仲間達には届かなかったのである。
ごめんね、メイベル……強く生きて……!
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