慶事
冬がやってきた。エルドラン領の改革も落ち着き、商人達が行き交う領地となっている。帝国との架け橋となり国王から褒美も賜り、帰国すると同時にリリア達から発破をかけられたフィアンが花屋のシャリーにプロポーズをして結婚。仕事も一段落といった所でリリアに変化が起こった。
「妊娠したっぽい……」
ある日突然、それこそ執務中に突然リリアからそう言われたバルトの気持ちを考えて欲しい。『何故今?』という突っ込みが誰からも入る事だろう。
「いや、確証なかったから……」
「にしても……今か?」
「魔力が制御できない事に気がついたから、もしかしてって……」
「……そうか」
リリアの様子を見て『ああ、動揺してるのか』と気がついたバルトはリリアの手を握る。
「大丈夫だ。とりあえず第三者に見てもらおう」
「第三者って……」
「フィン様に相談しようか」
いつもの調子が出ないリリア。きっと初めてだし、不安もあるのだろう。メイベルを呼び、たまたま領地に来ていたフィンに相談をした。
「……うん。妊娠だね。おめでとうございます」
「よかったやん!」
「う、うん……」
「何や、びっくりしとるんか?」
「初めてですからね。何かわからない事があったら言ってください」
「ありがとうございます」
リリアは微笑んで答える。メイベルは首を傾げた。何だかいつものリリアと違う気がする。使用人達が慌ててお祝いの準備をしている中、バルトは他のパーティメンバーに連絡をしに行く。メイベルはリリアに付き添う事になった。
「どないしたん?」
「ん?」
「いや、何や悩んどる感じしたから」
リリアは妊婦でも飲めるという紅茶を飲んで一言。
「……メイベル。母親って何だろうね」
「……はい?」
実にシンプルな問いだった。いや、母親って……母親でしょう。メイベルはそう言いたくなったが、そうではないのだろう。
「母上は2歳で亡くなってるし、前世の母も私を産んですぐ亡くなったし……」
「あ〜……そういう事かいな」
つまり、母親像がないのだ。来年の夏には母になるリリア。しかし実感が湧かない。初めての事だから不安もあるだろう。そうなると小さな事でも気になり出す。ある意味で異常な育てられ方をしたリリアにとって、『親からの愛って何だろう』という根本的な疑問が浮かんでいるのだろう。
「もっとシンプルでええんとちゃうか?」
「シンプル?」
「例えば今、こうやって『母親って何だろう』って悩んどる」
「うん」
「それは子供に対して愛情がないと浮かばへん疑問や」
「そうかな……?」
「そうやって!アンタは自分が受けてきた教育とか親から与えられた環境は異常やって分かっとるやろ?」
「そうだね」
「それが折檻やったんやっちゅー事も分かっとる訳や」
「うん」
「それを受け継ぎたくはないんやろ?」
「絶対やだ」
あの環境でなくても、前世の記憶がある私は魔力操作はやってただろうし、魔物討伐もやってたかもしれない。でも、上級魔獣を討伐するために身体強化を使い野宿を強要して森を移動させるなんて、自分の子供にはさせたくない。絶対に。たとえ好き好んで自分の意思でやったとしても、危険だから止めさせる。最悪せめて誰かと行かせる。……いや、自分の意思で好き好んでやる様な子はきっと生まれない。前世の記憶がない限りそんな規格外思考にはならないだろうから。
「それがすでに『愛情』や。もう母親になっとるんや」
「……そうかな」
「そうや。……まあ、知らんけどな」
「ちょっ!」
「せやかて、アタシやって産んでへんもん!」
「そうだけどさ!」
思わずリリアは笑った。少しは気が楽になった様だ。メイベルはほっとする。リリアのらしくない様子を見ると気が気でなくなる。天然暴走は困るが、そのくらいでないと心配になるのは毒されているという事なのだろうか。
しかし、今世はともかく前世でも母が亡くなっているとは……。妊娠に動揺するのも無理ない。こうなると前世の父親にも興味が湧いてくる。それを聞こうとしたと同時にドアが開いた。
「おう!聞いたぞ!妊娠したんだってな!」
フィアンが入ってきた。フィアンが結婚後、シャリーと共にエルドラン領に来て商人達の宿泊施設を管理している。
「早いね、フィアン」
「執務が一段落して外に出た途端にバルトが来てな」
「そっか」
「妊娠中は魔法が使えないからな。色々考えないとな」
「そうだね。全体会議の時に話そうか」
「そうだな!とりあえず、今日はお祝いだな!酒飲めるぞー!」
「アンタ、そればっかりやな。飲みすぎてシャリーに怒られへん様にせーや」
「おう!気を付ける!」
成人してから少なくとも一度は酒を飲んでいる。バルトとレオンは人並みに飲める程度。楽しく飲める程度の量を把握しているので、それ以上になりそうになると紅茶に変えたりしている。フィアンは飲めるし好きだが、飲み過ぎる癖もある。それでシャリーから怒られる事もしばしばだ。リリアとメイベルは所謂うわばみ。いくら飲んでも素面と変わらない。例の酒飲み侍に付き合うのはリリアとメイベルの担当になる。アメリアとトウヤ先生の結婚報告でも2人が下戸のトウヤ先生の防波堤となっていた。
夕方から領主邸で祝いの宴会が開かれた。ジェイコブはもちろん、話を聞きつけたロベルト侯爵、トウヤ先生とアメリアも来てくれた。本当は陛下夫妻も来ると言っていたのだが、流石にリリア達はともかくジェイコブやアメリア、トウヤ先生の胃を痛めてしまうから全力で説得してご遠慮いただいた。その代わり、後日王妃とお茶会をする事にはなったが。
「これで少しは『天使公爵』の割合が増えるかな?」
ジェイコブは笑っていう。彼もお酒はそこまで強くないので乾杯以外は紅茶を飲んでいる。
「魔法は使えへんからな。少しは大人しくなるやろ」
「酷いなぁ。まあ、その間は教会と書庫を行き来するだろうけど」
「教会は分かる。子供達と戯れるんやな。でも書庫って何や?」
「ほら、私のスキルに『聖女』ってあるでしょ?あれがどういう効果があるのかとか、よく分かってないからね」
「なるほど。無理せずに過ごせそうだね」
「はい。妊娠中に王妃様のお茶会の回数も増えるだろうし、城の書庫の出入りも自由になってるしね」
「城の書庫の方が情報はありそうやな」
城の書庫には国中の情報が詰まっている。SSSクラス魔法使いとしても陛下お抱えの冒険者として書庫の出入りを自由にできるため、よくお邪魔している。
「聖女って回復魔法に特化してるんじゃなかったのか?」
バルトが会話に入ってきた。
「ええ。でも、伝承を見ると過去の聖女様は広範囲に回復魔法を使えたみたいなの。そんな事、流石に出来ないからどういう事なのかなって思って。あと、聖騎士の話しも気になるし」
「リリアにも出来へんことはあるんやな」
「試しては見たんだけどね」
回復魔法を広範囲にかけるというのは昔試したが、どうしても魔力の消費がえげつなかった。しかも効果範囲と人数に制約がある様で、伝説の様にはいかなかったのだ。やはり伝説は伝説かとも思ったのだが、それにしては脚色し過ぎな気もして気になっているのだ。しかも、その時に近くの騎士達が聖女の騎士、聖騎士になったと言われているのだ。その話しも御伽噺とは思えないのだ。何かしらのモデルはあるだろうし。
「知的好奇心的に『天然暴走公爵』になりそうだねぇ」
「自重する気はなさそうだな」
レオンもフィアンも来た。
「メイベル。悪いが、リリアが王都に行く時は一緒に行って欲しい」
「ストッパー代行やな。承知や」
「酷い!」
流石に妊娠中に無茶する気はない。胎児に何かあったら困るもの。
「なんかあったら自衛出来ないだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「妊娠中は護衛が必要だろ?」
「……まあね」
「俺は動けない事が多いし、男より同性の方が何かと良いだろ」
ぽふんと頭を撫でられると何も言えずプゥと膨れるしかない。本当にこの男は……
「……飼い馴らされてるな」
「アメリア。兄上に落雷させて良いよ」
「ちょ!リリア!」
「え?よろしいのですか?」
「良い訳ないだろう!?」
ジェイコブは慌てて言う。アメリアの雷を生身で受けたら無事ではいられない。
「アメリア。ジェイコブ殿には雷を落とさない方が良いだろう」
トウヤ先生が助け舟を出す。
「何故ですの?」
「ジェイコブ殿の魔法はCランクだ。アメリアの雷を受けたら怪我では済まなくなる」
「……お姉さま?」
「死なない程度の護身魔道具は持ってるから大丈夫よ」
「だそうですよ!旦那様!」
「うむ……リリア殿が作った魔道具だからな。死にはせぬだろうが……」
「お姉さまが大丈夫だとおっしゃっているなら大丈夫ですよ!」
トウヤ先生陥落。マジ天使のキラキラした目で見られて陥落しない者はいないだろう。しかし話を反らせることには成功した様で、アメリアは『お姉さま最強説』に夢中になっていた。ある意味、トウヤ先生はアメリアをうまく操縦している。
「ほっ……。リリア……痛っ!」
「大丈夫ですか?兄上」
「……リリア?」
「何もしてませんよ?」
リリアは何もしていない。ただ、静電気を発生させる魔道具が『たまたま』発動しただけで。この程度なら今のリリアでも使えるのだ。
「お姉さま!今の何ですか?」
「うん?護身用の魔道具として作った物よ。触れると静電気が発生するの」
「掴まれる心配がないのは良いですわね!」
「通した魔力で威力は変わるけど、物によっては魔力量に関係なく一定の電気を流すのもあるよ」
「牽制に使うには便利ですわね!欲しいですわ!」
「アメリアには必要ないんじゃないの?」
「以前に冒険者さんに執念くされた時に感電させたのですが、ちょっと威力が強過ぎて死にそうだったんです」
「「よくやった」」
トウヤ先生とリリアがほぼ同時に言う。むしろアメリアに執念く言い寄るような冒険者は許さん。誰の許可を得て声をかけたんだ、全く。
「あそこまで強いと衛兵さんが大変ですから」
「それが仕事なんだから良いんじゃない?」
「冒険者さんってとても鍛えていらっしゃるでしょう?」
「そうでないと冒険者家業は務まらんからな」
「とても体が大きな方が多いではないですか」
「まあね。筋骨隆々な人も多いよね」
「声をかけて来てくださる冒険者さんって何故かそういった方が多いんです」
「不良冒険者かな?多いよね、そう言う人」
「そういった方が失神されると、防具も付けていらっしゃるので重たそうなんですの」
「肥満よりも筋肉質な方が重たいからな」
「私はお手伝い出来ませんし、衛兵さんに申し訳ないのです……」
「雷魔法はそこまで繊細には出来ないからね」
「それに抱えられないので、引きずられる形になる冒険者さんも可哀想ですし……」
「「「「「……」」」」」
この子、本当にマジ天使だわ。迷惑な不良冒険者に『さん』を付けるところも、引きずられるのだって罰の一つだと私達は思うが彼女は『可哀想だ』と言うし、衛兵にも気を遣っているし……。全員ノックアウトだった。トウヤ先生は少し微笑んで頭を撫でている。
「もうやだ……この妹達……」
ジェイコブはそう言って頭をかかえた。色々な意味でジェイコブの味方がいなくなったのだった。
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