浄化
皇帝陛下はここ半年ほどで錯乱の症状が出ていたそうだ。そこでまだ生まれて半年も経たない第1皇子を皇太子とし、その補佐に結婚している第1皇女ステラを任命したそうだ。このステラ皇女の夫というのがあのエロ親父の息子だそうで、執務は夫が引き受けているそうだ。つまりここ半年の実権はハーン宰相とその息子で握っているという事だ。
「錯乱の症状と言うと……」
「幻覚症状ですね。いないものが見えると言って暴れてしまい、そうなると手を付けられなくて……」
ステラは困り顔だ。
「錯乱の症状が出る前は何か兆候などは?手が動かしづらいとか、転びやすかったとか……」
「ありませんでした。昔から元気が取り柄だと笑っていた人ですから」
病気ではないのか?だとしたら……
「錯乱時の発言は?」
「魔獣がいるとか……寝室に魔獣が侵入して襲われる、とか……」
「魔獣……」
バルトはボソッと言う。確かに引っかかる。ここには確かに魔獣が帝都を跋扈していて討伐をお願いしたいという事だった。しかし来てみたら魔獣どころか人さえまばらな状態だった。
ふとベッド脇の棚を見ると水タバコが置いてあった。
「こちらは水タバコなんですね」
「ここ1年ほどで流行り始めたのです。陛下もお好きでよく嗜まれておりました」
側に置かれたタバコの葉を手に取る。紙に包まれたそれを摘み少し香ってみて眉根を寄せる。
「どうしたん?」
メイベルに聞かれたリリアは黙ってメイベルに見せた。
「……これってガジャの葉ちゃうか!?」
調べたメイベルの言葉に全員が動揺した。ガジャとは雑草の様にどこにでも自生する白い花を咲かせる植物で、その花は香料として重宝されているが、葉はいわゆるドラックになる。幻覚症状を引き起こす事からこの世界では葉の流通は禁止されている。
「で、では陛下は……」
「ガジャの葉による中毒を起こしていらっしゃるのでしょう。メイベル、解毒するよ」
「はいな」
メイベルとリリアで両手を握る。
「メイベルは回復魔法で陛下の体力をお願い。私が解毒する」
「わかった」
「お小水が出るので、貯めるものをお願いします」
近くのメイドが慌ててガラスの容器を用意してまたぐらに持っていく。水魔法で清潔な水を精製。それを陛下の体内で循環させる。当然、お小水は見慣れているものとは違う状態になっている。
「何だか濁ってますわ……」
「体内の毒素をお小水に溶かして流してます。その濁りがなくなるまでは続けますよ」
リリアはそう言ってバルト達を見る。
「帝都の中を調べて。多分、帝都民にすでに回っているわ」
「分かった」
「では、騎士達に案内させましょう」
ステラの一言に彼女の夫とハーン宰相は頭を下げたが、ハーン宰相が舌打ちしたのを見逃さなかった。リリアはバルトを見る。バルトは頷き、すぐに部屋を出た。後を追うようにレオンとレオールとフィアン、そしてハーン宰相親子が出ていった。
リリアはひたすら水を循環させる。顔色も良くなってきた。お小水も透明になってきた。
「お顔が穏やかになってきてますわ!」
「お小水は透明になりましたので、この位にしましょうか。あとは体力を回復させましょう。消耗も激しいと思いますので」
すると、陛下が身動ぎをする。
「父上!」
「お……おぉ……」
ゆっくりと目を開け、抱きついてきた娘に少し驚いた様だ。
「父上……2日前から昏睡状態だったんですよ……!」
「そうだったのか……心配かけたな。……して、彼女達は?」
「アトラント王国より派遣されました、リリア・フォン・エルドラン公爵です。今回は『エンシェント☆キラーズ』のリーダーとして来ております」
「ザック商会エルドラン支店の店長で『エンシェント☆キラーズ』のメンバーのメイベル・フォン・エルドランどす。お頼もうします」
自己紹介をすると、皇帝陛下は慌てて起き上がった。
「こ、これは済まない!まさかあの『天使公爵』に来て頂けたとは……っ!」
「あ、まだ起きたら駄目ですよ。体力がお戻りになっていらっしゃらないのですから。……こちらは白米はございますか?」
「いえ、コメの文化が根付かず……パン文化です」
「では、煮融けた野菜のスープにパンの柔らかい部分を入れて溶かしてください。陛下にお召し上がりいただきますから」
メイドに言うと、直ぐに出ていった。ここ最近は食べる事すら億劫になっていたようで、寝ても醒めても水タバコを吸い錯乱して失神するようにして寝るを繰り返していたそうだ。まずは食べねば体力が戻らない。幸いなのはフランク王子とは違い、食べていない期間が短い所だ。
「陛下。今うちのメンバーが帝都を回って最近流行の水タバコの葉を回収しています。このタバコはガジャの葉で、陛下は中毒症状を起こして昏睡状態になっていました。これと同じものが帝都に出回っているとすると……」
「帝都民が皆中毒に……!?」
すると外からそこそこの魔力を感じた。そして尋常ではない殺気。最初の魔力をあっという間に飲み込む殺気だ。外を見ると、殺気のする所には騎士が集まっている。
「……珍しいな。バルトが殺気出しよるなんて」
「全く……バルトを怒らせるなんてね。何したんだか」
「あ、誰か死によった」
「魔力を出した方だね。あの魔力だとハーン宰相かな?陛下をお助けする事にも不満を持てたみたいだし。バルト達に帝都に出回ってるガジャの葉を回収する様に言った時も舌打ちしてたしね」
「え……」
ステラは動揺している。
「ステラ皇女様。今帝国の実権を握っているのはハーン宰相でしょう?皇女様のご主人様がハーン宰相の息子様なんですから」
「それは……」
「私は理解しかねますが、一つの国の実権を握る事というのはとても魅力的なのです。一度はその権力を手にしたいものなのですよ。私は理解しかねますが」
「二度もいいなや」
「公爵でさえ忙しくて過労になりそうなんだよ?一国の長なんて死んじゃうよ」
「……まあ、ジェイコブ見とったら分かるけどな」
兄上は公爵ではなく代官だ。それでも倒れそうになっているのだ。それを側で見ているメイベルは遠い目をしている。
「ははは!なんとも欲のない公爵殿だ!」
「あら、私は欲深いですよ?少なくとも夫を逃す気はないですし、うちのパーティメンバーは抜けたいと言っても絶対抜けさせてあげませんし」
「そうかそうか!それは強欲だ!」
まだ本調子ではないものの、体調はいい様だ。これなら大丈夫そうだ。
すると部屋にバルト達が戻ってきた。バルトの手には髪を掴まれ引きずられる形のハーン宰相がいた。息子も怯えた様に下着姿の亀甲縛り状態でついて来ている。
「帝国内にガジャを流通させたのを認めた。抵抗したから『平和的解決』をした」
「『平和的解決』ね」
リリアは苦笑する。少なくとも、引きずっているモノを見る限りはどこにも『平和』な要素はないのだが。表情は穏やかだが、うちに秘めたモノが恐すぎる。
「もう悠長なことは言っていられなかった。だから『少々強引な方法』を取った」
「どんな方法や?」
「ターゲットは分かってるんだ。だったら帝都中に魔力を広げて索敵をする。そこで引っかかったターゲットに “ だけ ” 破壊魔法をかければいい」
「アンタ……」
メイベルは頭を抱えた。普通は出来ない。魔力が無限だから出来るのだ。規格外になると発想も規格外になるらしい。
「ガジャの魔力なんてよく分かったね」
「一度見たからな」
この世界の植物は魔力を帯びている。しかし時間経過と共に魔力は薄くなる。乾燥させた物もそうだ。一度見ただけでその魔力を記憶出来るとは、その記憶力は羨ましい。
「さて、じゃあその『少々強引な方法』に私も便乗しようかしら」
そう言ってリリアは魔力を薄く薄く帝都中に広げる。ターゲットは帝都民全員。陛下にやった事と同じ事を、今度は水を全て回収する形で行う。精製水を帝都民に。そしてそれで体内を洗浄。洗浄に使った精製水は回収、浄化して精製水に戻して再利用。それを繰り返して洗浄が終わると浄化した水を使って上空に雨雲を作る。それはすぐに雨となって降り注いだ。そして空気中の毒霧を雨水で回収。それを浄化して完了だ。
「これで空気も浄化できるし、帝都民も回復して全て解決!」
「……アカン、この規格外夫婦……」
「バルトの沸点がわかったぜ。リリアだ」
「あ?」
「リリアをバカにされて一瞬でブチギレやがった」
「あれは凄かったねぇ。ハーン宰相の魔力も確かに大した事はなかったけど、それを飲み込む殺気ってなかなかないよ」
「バルトのあんな殺気は初めてだったな」
フィアン、レオン、レオールの呆れた笑いが全てを物語っている。殺気は収まっているが、機嫌はまだ悪い様だ。これは後でご機嫌を取らないといけない。
「……手紙でアルが言っていた “ 規格外 ” の意味が分かったな。これは尋常ではない」
皇帝は唖然としていう。
「国王と仲がよろしいのですね」
「留学した時に世話になってな」
「なるほど」
「だから王国の魔法レベルも知っている。アル、アルベルト国王の魔法とて帝国からしたら皇帝お抱えレベルだ。そんな彼に “ 規格外 ” と言わせたのだ。どんなご令嬢なのかと思ったが……」
「もはや神の領域ですわ……」
どうも、神族です。そうは言えないので、笑うだけにしておいた。
「とにかく助かった。私は少し休む必要がありそうだ。あと、ハーン宰相の件も調べないといけぬ。できるだけ早く謁見ができる様にはしよう」
「お心遣い、感謝いたします。どうかお体を優先でお願いいたします」
「ありがとう。それまではステラに任せる」
「はい、父上」
ステラは頭を下げる。とりあえず解決かな。あ、まだ後ろで不機嫌になっている男を宥め終わってなかった。このあと、一晩かけてバルトの機嫌を直すリリアであった。……別に意味深じゃないよ?
バルドはキレると怖いです
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