スタンピード
エルドラン領のダンジョンは難易度としてもそんなに高くはなく、スタンピードを起こしても脅威度としては低いとされている。
ダンジョンに入ると確かにいつもより魔獣は多かった。そんなに強くない初級の魔獣しかいないが数が多いとそれだけ面倒臭くもある。
「あぁもう!ちょこまかと邪魔や!」
「メイベル、イライラするなよ」
「せやかてちっこいのがうじゃうじゃおるさかい!」
洞窟故にコウモリの魔獣が多く生息している。さして強くはない。しかし量も量だし色々と邪魔なのだ。
「確かにこれはちょっと面倒だね」
「バルト!ちょっとそこの細い道に向かってデカイの打ち込めないか!」
「おう!」
バルトが放ったのは火炎放射だ。炎が細い道で一直線に飛んできたら魔獣達も逃げ場がない。本当は洞窟で炎はまずいのだが、そこはリリアの空調魔法で支援しているから問題ない。あっという間に魔獣はいなくなっていた。
リリアは黙ってダンジョン内を見回した。まだ時間がかかる筈だったスタンピード。でもこれは確実にスタンピードだ。どうしてこんなに早く起きたのか……
「ちょっとダンジョンコアに行ってみようか」
「ダンジョンコア?」
「ダンジョンマスターに何か起きてないかを見ておきたいの。ここのダンジョンマスターは健在だから」
「そうか。確かに時期外れのスタンピードの理由もわかるかもしれないしな」
ダンジョンコアはダンジョンを維持するためのエネルギーを蓄えているものだ。ダンジョンマスターは、そんなダンジョンコアを守っている存在なのだ。ダンジョンの奥に暮らすダンジョンマスターは最初のレベル上げで随分お世話になった。時々お茶をしたりする仲だ。
「ダンジョンマスター。おはようございます」
返事がない。代わりに微かな呻き声が聞こえる。
「ダンジョンマスター!何処ですか!」
索敵魔法を使うとかすかに魔力が引っかかる。しかし弱々しい。いるのはダンジョンマスターのいわゆるプライベートルーム。ダンジョンコアを保管している部屋だ。
「ダンジョンマスター!入りますよ!」
「入るって……」
レオールは眉根を寄せる。本来ダンジョンコアの部屋は誰も入れない。しかしリリアは違う。
「オープン」
岩肌に触れるとゴゴゴゴゴッと音を立てて岩が動いた。奥には広間があった。そして黒ずくめの不審者がいた。顔もマスクで隠している。足元には黒髪の女性が倒れていた。
「マスター!」
「チッ!」
不審者が襲いかかって来た。咄嗟に短剣を出して迎え撃った。スピードはリリアの方が上だ。あっという間に不審者の首は飛んだ。その隙にバルト達はダンジョンマスターの元に走っていく。
「ダンジョンマスター!」
「メイベル、魔力回復ポーションは?」
「初級しかあらへんで?」
「十分だ。生命維持にはなる」
メイベルは持っていたウェストポーチから薬瓶を取り出す。倒れているダンジョンマスターをバルトが抱き起こし、メイベルが薬を飲ませる。意識がないのでゆっくりと少しづつ。
リリアは短剣を仕舞いダンジョンコアを見る。それを置く台座の下には魔石が落ちていた。魔力はもう残っていない。ダンジョンコアは無事の様だが、こちらも魔力が弱くなっている。
「魔石を使ってダンジョンコアを暴走させたか……」
ダンジョンコアを暴走させればスタンピードは起こる。理屈はわかるがどうして……。ダンジョンマスターはまだ意識が戻らないようだ。
「マスターは私が見てる。悪いけど、この不審者を調べてくれる?」
「分かった。バルトとレオンは顔晒してくれ。レオールと俺で服ひっぺがして、メイベルは荷物を調べてくれ」
「はいな〜」
「お顔拝見しますよ」
「止血してからにしようか」
「素っ裸にするか?」
「その方がいいだろうな」
ほかの人たちがどうするのかは分からないが、リリア達は暗器を隠し持っている場合もあるため、捕縛であろうと討伐であろうと一度は素っ裸にするのだ。もちろん捕縛の場合は、荷物を改めた後は下着だけは付けさせる。公序良俗に反するからだ。ちなみに、捕縛した際に縛り上げる時は亀甲縛りをしている。リリアが全員に教えた。手足の自由を奪う効率のいい縛り方を考えた結果、前世の記憶がある人にとっては『この縛り方が最も公序良俗に反するのではないか』と突っ込まれかねない縛り方に行き着いた。効率もいいため衛兵達にも評判で、盗賊捕縛には定番となった。これ、後発の転生組が見たら引かれるんだろうなぁ……
そんなことを思いながらダンジョンマスターを膝枕して休ませていると、身動ぎしていることに気がついた。
「ダンジョンマスター?」
「ア、リリア……?」
「お加減はいかがですか?」
「ダイジョウブ……助ケテクレタノ?」
「ええ。スタンピードが起きてましたから」
「ソウ……アリガトウ……」
ここのダンジョンマスターは穏やかな人なのだが、その分闘争本能も薄い。それでもダンジョンそのものがあまり狙われる危険性の薄い場所だったためそれでも良かったのだ。それでもダンジョンマスターだ。やはり戦えばそこそこ強い。それがこうもあっさりと倒されてしまうとは。
「この部屋を維持出来ないくらいにダメージを受けてたみたいですからね。今はゆっくり休んでください」
「エエ、ソウネ」
「ただ一つだけ伺ってもいいでしょうか」
「ナニ?」
「このスタンピードは、人為的なものだったと解釈してよろしいんですね?」
「エエ、ソウヨ。魔石ノ魔力ヲダンジョンコアニ流シ込マレテ.......」
「分かりました。しばらくダンジョンは私の結界で封じておきます。ゆっくり休んでください。落ち着いたらお話を伺いに来ますから」
「ゴメンナサイネ……迷惑ヲカケテ……」
「大丈夫ですよ」
アイテムボックスから簡易のベッドを出す。
「これを置いていきますから、この上で休んでください。自力では出せないでしょう?」
「アリガトウ……」
ダンジョンマスターはリリアの介添でベッドまで行き横たわった。魔力の消耗が激しい。ダンジョンマスターは魔力の権化と言っても過言ではない。魔力の枯渇は消滅に直結する。
「ダンジョンマスターはん、大丈夫?」
「ええ。ポーションってあとどの位ある?」
「5本やな。人数分は持ってきたさかい」
「じゃあ、3本置いていこうか」
「ほいな」
「良イノ?」
「ええねん。ウチは商家や。リリアがポーションはウチから仕入れてくれとるさかい、もうけさせてもろうとるんや」
「ア、ソウイウ……」
「初級のポーションだから補助程度だけどね。ないよりは回復早いでしょ?」
「ソウネ……」
ダンジョンマスターは面白そうにクスクスと笑う。
「不審者の荷物やけど、めぼしいモンはあらへんかった。アイテムボックスの中やろうな」
「だが、腕に隷属の呪紋が入ってた。闇ギルドのメンバーだな」
闇ギルドとは非合法な商品の運搬や売買、殺人などを請け負うギルドだ。ギルドが何処にあるのかも謎で、解決していない事件の裏には闇ギルドが関わっていると言われている。隷属の呪紋は、恐らくギルドマスターが入れており、捕縛された時や闇ギルドの場所を話そうとする時などに発動し命を失う。奴隷に付けられるものと同じだ。
呪紋を入れられるのは呪霊師だけ。奴隷商にいる呪霊師は国に登録されているが、闇ギルドにいる呪霊師は未登録だろう。未登録の呪霊師は違法だ。はるか昔に呪霊師によって国を滅ぼされかけた事から、呪霊師は登録制となった。
「指名手配はされてないな。この顔は知らない」
「こう言う大きな仕事は初めてだったのかな?」
「ソウダト思ウワ。コレデ昇進デキルッテ言ッテタカラ」
なるほど。ランク昇進をかけた任務だったのか。
「じゃあ、王都の衛兵さんに連れていくか。ダンジョンマスター、お大事に」
リリアは不審者の死体をアイテムボックスに収納して、バルト達とダンジョンを後にした。ダンジョンには結界を貼る。
「これが王都近くのダンジョンで起きたら大変だよ。すぐに報告書を出して陛下からの指示を仰ごう」
「分かった。報告書は俺が担当しよう」
「ありがとう、バルト。メイベルはポーションの在庫チェックと補充。レオンとレオールは『例の馬車』の準備。フィアンは今回留守番ね」
「「「「「はい(な)」」」」」
『例の馬車』とは自分達用に作った特注のもので、そのスペックは色々と規格外だった。
「まさかヒュージディアで移動ができるとはねぇ」
「スピードは馬より少し遅いし飛べねえが、雪の上でそり引けるし便利だよな」
「そのそりが規格外だからねぇ」
「確かに」
レオンの契約獣であるヒュージディアに装着したそりの上には小さな小屋が乗っている。馬車よりも小型で軽く、大きさのほとんどが扉状態。しかし中はリリアの空間魔法で拡張済みだ。そこには執務室と男女別室の寝室があった。シャワー室とトイレもある。キッチンはついていないが『必要だと感じたらつける』と言っていた。しかも雪道じゃなくても浮遊魔法がかけられているため走行出来る。
「これで旅ができるもんな」
「リリアの発想力には脱帽だねぇ」
これで移動すると王都まで大体半日だ。今出発したら夕方には到着出来る。
「おまたせやで」
「こっちは今終わった」
「じゃあ乗るか」
「ディー、頼んだよ」
レオンはヒュージディアの鼻先を撫でる。色々悩んだ結果、この子はディーと名付けたらしい。安直だが『エンシェント☆キラーズ』よりはマシだった。
このそりはディーが引きやすい様にどれだけ乗っても重さが増える事がない上、走っている時の揺れも吸収し快適そのものだった。
「執務室があるから道中で仕事が出来るのも便利だよな」
「ええのか悪いのかは分からへんな。仕事を休めんさかい」
「陛下に提案しないのはそれが理由なんだよ」
「そうなのか?」
「道中くらい休ませてあげたいじゃない」
「それもそうか」
「俺を休ませてくれてもいいんだぞ?」
「それは緊急性の高い報告書だから」
バルトの言葉にリリアは平然と答える。バルトはため息を吐いて報告書作成に戻った。
「バルト、今からリリアの尻に敷かれとるな……」
「まあ、どちらかと言うと尻の下に滑り込んでるけどねぇ」
「俺はマゾじゃねぇ!」
「似た様なもんだろ」
学園を卒業する15歳で婚約する事になったリリアとバルト。リリアが公爵であるため、バルトは婿養子となる。冒険者ギルドエルドラン支部のギルマスは最初リリアが推薦されていた。しかしリリア達は冒険者も兼任し、王室お抱えの史上初SSランク冒険者にもなっている。リリアには公爵としての仕事もあるので、少しでも代行すると言うことでバルトがギルマスに内定している。これは抱え込み癖のあるリリアを少しでも支えるために、バルトが言い出した事だった。今回の事案は冒険者ギルドの次期マスターとして作成するべきだろう。
「到着するまでに書き上がるんか?」
「書き上がらないと困るわよ」
「……頑張れ」
「僕達は何も出来ないからねぇ。不審者の死体を衛兵に渡して、報告書をセバスに渡して、謁見まで屋敷で待機かな」
「そうなるね」
公務の合間を縫っての謁見なので、いつになるかは分からない。
「久しぶりに実家に帰れるわ」
「たまには顔を出さへんとやな」
「うちはまた手合わせを頼まれるかもねぇ……」
「騎士団長だもんな」
そんな話をしながら過ごしているうちに王都の門まで到着した。衛兵の詰所は門にある。衛兵とは主に盗賊討伐でお世話になっており、もう顔見知りである。『また盗賊か』と言われ手続きをする。今回は闇ギルドの人間のため少し報酬が高い。
そうして手続きが終わるとその足で城に向かう。迎えに出てくれたセバスに報告書を手渡し謁見を申し込むと『皆様はすぐにお通ししろとのお達しですので』とすぐに通された。夜に足がかかっている時間なのに申し訳ない。
「おお、リリア」
「こんな時間に申し訳ありません」
「よいよい。緊急なのだろう?」
陛下はそういってセバスから報告書を受け取った。
「ふむ……人為的なスタンピードか」
「はい。うちの領地のダンジョンはそこまで強くはないので大事にはなりませんでしたが……」
「“ 深淵の森 ” や “ 洞窟迷宮 ” でスタンピードが起きると王都が危険か」
“ 深淵の森 ” と “ 洞窟迷宮 ” は王都の近くの森のダンジョンで、そこでスタンピードが起きると溢れ出した魔獣達は王都に向かってくるのだ。
「冒険者ギルドにも注意喚起をしておきます」
「そうだな。すまんが頼んでよいか?」
「はい。お任せください」
「しかし、魔石を使ってスタンピードを誘発するとは……ブラッディージャイアントコングの一件もあるからな」
「何が目的なんでしょうね」
犯人の目的が分からない。なぜこんなことをするのだろうか。
「スタンピードが起きれば王都は混乱します。冒険者ギルドはほぼ全員招集されるでしょう。規模によっては城の騎士も派遣されるかもしれません」
レオールは少し考えながら言う。
「大規模になればそれだけ城の警備が手薄になる可能性もあります」
「うむ。王家を狙う何者かという可能性があるか」
「陛下。現在の過激派はどういった感じでしょうか」
この国の貴族には穏健派と過激派がいる。エルドラン公爵家が寄親となっている派閥はやや保守派寄りの穏健派だった。今はリリアが公爵になった事で少し改革寄りだ。元々、現在のロベルト侯爵は改革寄り穏健派なのだ。そのためリリアとも話が合い、様々な改革を行っている陛下ともよくお話をさせていただくのだ。……ちなみにドミニク王太子は保守寄りの過激派がバックにいる様だ。彼自身も割とその思想だ。
現在の過激派は、目立った事はしていないという報告は受けているという。
「とりあえず、君たちも十分注意するのだぞ」
「はい」
今夜はもう遅いと言う事でお開きとなった。
「もう遅いし、うちに泊まる?」
「良いのか?」
「スティーブが多分待ってると思う。人数分の夕食を用意して」
「ありがたいやん」
「お言葉に甘えよう」
そんな訳で、今日はリリアの屋敷に泊まる事になった。スティーブはいまや遅しと待ってくれていた。
「すぐに夕食になさいますか?」
「そうだね」
「では食堂にご案内いたします」
食堂ではすでにジェイコブが待っていた。
「リリア!久しぶり!」
「兄上、ご無沙汰いたしておりました」
「相変わらず忙しそうだね。バルトも久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「さぁ!まず食べよう!」
すっかりスティーブに胃袋を掴まれている兄上は待ちきれないといった感じだ。これは領地の執事であるガッツのハードルが上がってしまうな。まあ、美味しいし大丈夫だろうけど。
「本日はハイオークのステーキです」
「へぇ。ハイオークか。久しぶりだね」
「はい。先日、集団で出没した様で市場にもかなりの数が出回っていました」
「討伐隊は大丈夫なんやろか」
「冒険者ギルドからハイランクの冒険者が派遣され、怪我人も出ているそうですが死人も出ずに討伐されたそうです」
「死人が出なかったのは朗報だねぇ」
「騎士でもハイオークなら死人も出るからな」
「……」
「リリア?」
「……ん。なんでもない。とりあえず食べよう!」
「いただきます!」
リリアの一言で兄上はスタートダッシュよろしく、ステーキにかぶりついた。流石にリリアもスティーブも苦笑い。
「そんなに焦らなくても誰も取りませんよ?」
スティーブに言われ兄上は恥ずかしそうに笑った。確かに柔らかいハイオークのステーキにしょうゆベースのソースがよくあっている。前世で一時期流行ったトンテキみたいだ。
「スティーブは料理が上手いな」
「ありがとうございます」
「このままこの屋敷に勤めるのかい?」
「はい。先日、正式にこちらの屋敷にお仕えすることが決まりました」
「よかったやん。ジェイコブはスティーブがおらんと可哀想や」
「この屋敷の勤務だから、領地に行ったらガッツさんじゃないのか?」
「ガッツ殿も料理の腕は高いですから大丈夫ですよ」
あからさまにショボンとした兄上にスティーブは言う。
「彼の料理の腕は保証しますよ、兄上」
「そうか。なら安心だ」
3食の食事はとても大切だ。しっかりとした食事を取り始めてから兄上はすらっと背が高くなり、学園の女子生徒達に人気が高くなった。妹が公爵を継いで兄上が代官をすることが決まっているのも大きい。将来的には城で宰相として仕事をする事もありえる。要は金の卵なのだ。メイベルのおかげで少し落ち着いたが、それでも声はかけられる様だ。
「兄上の婚約者も大変ですね」
「そうですね。いろいろな方面からお見合いのお話が届いております」
「どうせリリアと懇意にしたい人達だろう?」
「本気度は怪しいかもしれませんね」
「学園にはいらっしゃらないのですか?」
「みんな同じだよ。親に言われてリリアと懇意にしたいのが見え見えなんだもん」
どこの世界も同じだ。特にリリアは陛下のお抱え冒険者だから。
「バルトとリリアみたいな事はそんな簡単には起こらないよ」
「ご令嬢は怖いですからね」
「リリアもご令嬢や」
「だから怖いでしょ?」
「いや、認めるんかい!」
自分が鬼嫁になりかけているのは気がついている。そのくらいじゃないとバルトにすり寄ってくるご令嬢を追い払えないのだ。この国では重婚が出来る。婿養子も妻を何人か持つ事は可能だ。ただリリアを娘の様に思っている国王夫婦の覚えが悪くなってしまうだろう。陛下も王妃様一筋だから余計に。
「バルトも大変だな」
「鬱陶しいご令嬢達が逃げるからありがたいけどな」
「私は魔除けか何かかしら?」
「そんな事はないよ」
ブゥと剥れたリリアにバルトは笑って頭を撫でる。何度でも言うがリリアはショタコンではない。
「……まぁ、2人を見ていると羨ましくはあるんだけどね」
兄上は笑ってステーキを頬張った。その後、公式の場には護衛も兼ねてメイベルが一緒に行こうという事になった。メイベル、マジで頑張れ。
この馬車をどうしても登場させたかったのです。
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