未来のために
次の日、生徒たちは各班1〜2名でゴブリンの処分を行う事になった。これも実地研修の一つだ。残りの生徒も十分に注意しながら狩りに出たりしている。とはいえ何かが起きたら大変なのでリリアの契約したフェンリル一族を召集した。各班に2匹づつ護衛を頼んだのだ。神獣を護衛とする何とも贅沢な狩りとなった。
リリアはバルトと先生達のキャンプに向かった。歩かせるのが心配だったのか、アルガがリリアを背中に乗せて移動する。先生達は昨日の事後処理で右往左往している。それでも中止にしないのはこれも経験になるだろうという判断だそうだ。
「リリア、すまんな。昨日の今日で。体は大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました」
「そうか。なら良かった」
ライオネル先生はキャンプで留守番組に入っていた。昨日の活躍で生徒達にとっても先生達にとっても英雄の戦闘を目の前で見ることが出来て盛り上がっていたらしい。そんな英雄が育て上げた生徒達も流石だとキャンプに来た途端に絶賛されてしまった。……ライオネル先生はほぼ何もしていないのだが。
「ほら、コーヒーだ」
「ありがとうございます。……持ち込んだんですか?」
「いや、現地調達だ。豆は自生してるからな。それを魔法でローストした」
「流石ですね」
「お前達もこのくらい出来るだろう?」
「ポポの根っこで作る事はしましたけど」
「あれも美味いな。この森にはないが」
「ですね」
ポポは前世で言うタンポポだ。領地にいた時に何度か作ったが割と手軽で美味しい。ライオネル先生ののコーヒーは苦目の深煎り。香りも良くローストが上手くいっている証拠だ。
「今朝、救護室にいるフェルデールを見に行ってきた。ゴブリンに袋叩きにあったせいか眠れなかった様でな。ぐったりしてた」
「無理もありませんね」
「安眠のお香を焚いてもう少し休ませる。明日には動けるだろう。で、だ。レオールだが……」
空気がピリッとする。
「……やはり手首から下は再生出来なかった。急遽俺の元パーティメンバーにきてもらったんだがな」
「フィン様ですね?」
「ああ。あいつでも再生は出来なかった。直後ならいけるという可能性をリリアが示してくれたからな。賭けたんだが流石に無理だった」
フィン様も直後ならと来てくださったという事は、リリアと同じ回復魔法を使えるという事だろうか。
「いや、あいつも『無理言うな!』って怒ってたんだがな。リリアレベルの回復魔導士なんてあいつ以外に思い当たらなかったんでな」
出来ないのに呼んだんだ……まあ、あの回復魔法は特殊だからな。
「現場の調査に行ったのもフィンでな。あの切り落とされた腕を拾って来たんだ。『回復魔法で再生なんて何の冗談かと思った』と言っていた辺り、やはりお前のやった事は奇跡だったんだな」
「100レベルの回復魔法でゴリ押しですからね。理屈を知っていたら出来ない事はないですが、私の魔力量でやると出来ない事はないという程度です。それも断面が残っていればですし」
そう、前世の記憶がある私だからこそ出来たのだ。細胞や筋肉組織などの基本的な知識があれば後は断面がきれいに残っていれば再生できるのだが、集中力と再生するためのイメージ力が半端ではなく、断面を放置してしまうと出血を止められないので危険だとも言える。今回は状況が状況だったためじっくりと治療をなんて悠長にはしていられず、クロックアップで集中力とイメージ力をサポートしたのだが、脳みそがその負荷に耐えきれず途中でフリーズしてしまい、体だけが回復魔法を続けていたために断面が塞がってしまった。塞がってしまうとその方法も取れない。
「ちなみに切断した腕は?」
「一応、保管はしてある。……使うのか?」
「出来うる限りのことはしようと思います。それで剣が握れる様になるかどうかはわかりませんけど」
「……そこまでするのか?」
横に座っていたバルトが眉根を寄せる。ライオネル先生も思うところがある様でバルトと同じ意見の様だ。
「剣士にとって剣を握れなくなるという事は殺される事と同義だと思うからね」
殿下の護衛を続ける事は不可能だろう。殿下命だったレオールにとってそれは地獄だ。せめて剣が握れる程度にはしてあげたい。
「初めての挫折だろうから、せっかく助けたのに自殺されるの嫌だし」
「そういうものか?」
「そういうものです」
「……そうか。今持って来る」
ライオネル先生は立ち上がってテントを出て行った。
「何をするんだ?」
「うん?魔道具を作れるかなと思って」
「魔道具?」
前世で言う義手だ。前世では自分の意思で動かせる義手は無理だった。しかしこの世界は魔道具がある。出来るかもしれない。
「そこまでして助けるのか?リリアの用意した魔道具を班の奴らから没収してまで邪険にしていた奴なのに?」
「……お人好しだよね。知ってる」
そう答えたリリアの横顔を見てバルトはグッと詰まった。どこか傷ついた様な、苦しんでいる様な、どうしたら良いのかわからないと言った様な。色々な感情を全て抱え込んだ様なそんな表情だった。
「嫌がらせにしかならないと思うけどね。結局、作れたとしても騎士には戻れないだろうし。でも、せめて冒険者として生きていける様にしてあげたいから」
「それは嫌がらせになるな」
ライオネル先生が戻ってきた。
「ドール伯爵家は妙にプライドが高いんだ。ドール伯爵自身はそんなんでもないんだがな。殿下の護衛でもない限り、冒険者になるなんて言ったら親族から袋叩きになるだろうな」
「でも騎士にもなれませんよね?」
「だな。伯爵を継ぐにしても殿下の護衛を終えないと箔がつかない。つまりアイツは八方塞がりなわけだ。だから落ち込み方も普通ではない」
「それはまた……」
親戚達は脳みその代わりにおがくずでも詰まってるのかな。伯爵位だって現在のドール伯爵が陞爵しただけで、親戚達の功績ではないだろうに。
「ますます、彼の手を再生させてあげないと」
「うん?」
「その親戚達をギャフンと言わせてやろうと思いまして」
「ギャフン?」
「……先生が言っても意味ないんですよ?」
「……そうだな」
ライオネル先生は苦笑いをする。『ギャフン』と言う言葉そのものがこの世界では通用していないだけなのだが、総天然色系暴走令嬢には伝わっていない。
「では、これはリリアに預ける。……頼んだぞ」
「はい」
リリアは時間停止魔法のかかった木箱をライオネル先生から受け取った。バルトは一抹の不安を感じたのだが、その不安が的中するまでにはそう時間は掛からなかった。
生きていくためには働かないと食っていけませんからね。
予約投稿です。誤字脱字がありましたら連絡お願いします。